第百三十三話:私は多分もっと強くなれる
どうしても、納得できないことがある。
グレーズの国王を殺す様な行為が、何故正しき道だと示さるのだろうか。
どう考えてもオリヴィアにとっては悲哀しか与えない行為が、何故正しき道なのだろうか。
オリヴィアが動けない今、何故その力は問題無しと示しているのだろうか。
アリエルは今、自分の力の余りの非情さに頭を悩ませていた。
英雄候補達は酷くショックを受けていたオリヴィアに対して、ディエゴが戦死したことを隠していた。その後に起こった王の無謀な突撃についても、隠していた。
しかし魔王が生まれて10日もしたころ、オリヴィアは流石に気がついたらしい。
そしてどこからその情報を得たのか、王が死んだことすら知っていて、エリーが近くに居なければ悪夢で眠れない程に落ち込み始めてしまっていた。
世界最高戦力であるオリヴィアが動けない。
それがアリエルの力にとっては一切問題がないと出ているのだ。
これはどういうことなのかと悩み始めたアリエルが居て、英雄候補達の中には暗い雰囲気が漂い始めていた。
その中で元気を保っていたのは魔法使いの二人とライラ、そしてエリーだった。
その四名は積極的に修行を続け、部屋に残ったアリエルとオリヴィアを言霊で落ち着かせるイリス、そして現場に残った者達を心配するサンダルとクーリアという状況。サンダルとクーリアも訓練はするものの、どうしても身が入らない様子。
これが、アリエルの力にとっては魔王が生まれ、ディエゴとナディアが残ってしまった今現在、最善の状況だと言うのだ。
誰一人死なずに魔王討伐を。
そんなスローガンは、結果的にアリエルを苦しめる結果にもなってしまっていた。
――。
「ライラさん、無理しなくても良いからね。師匠は私が必ずなんとかする」
エリーは共に走り込みをしながらもしばしばライラにそう声をかける。
ライラが色々な葛藤があって無理をしていることくらい分かっている。
「ん、心配ありがと。でも大丈夫。アリエルちゃんの為にも、レイン様の為にも頑張らないと」
こう気丈に振舞って頑張るライラが、エリーにはいつしかのオリヴィアに重なって見えた。
このまま突き進んでは危険だと思いながらも、それを止められない理由も分かっていた。
「それに、あの馬鹿を救わないとね」
オリヴィアとは明確に違う点。
ナディアというライバルに対して抱いている怒りの気持ちがライラの心を保っている。
それがある間はライラの心は安心だ。
更には幸いにも、レインが魔王になったことへのショックはそれほど抱いていないことがライラの強さの様だった。
「そうだね。ライラさん、私、多分もうライラさんより強いよ」
「ははは、そっか。じゃあ何でもアリで戦ってみよっか」
そんな様子で今はまだ元気な勇者二人は修行を続けるのだった。
……。
「いやあ、完敗ねエリー……」
ライラは悔しさを隠しながら言う。その瞳には少しの涙が見えるが、同時に素直な感動をも覚えた様に。
今まで2位だと言われていたライラが、本当に全力を尽くした結果が完敗だ。
素手での戦いで負けて以来、ライラはライラで血の滲む様な、いや、実際に血が滲む努力を続けてきた。それで今回はエリーを怪我どころか、最終的には殺してしまっても仕方が無いというレベルで全力で戦ったにも関わらず、まるで勝てないという結果。
確実に強くはなったはずだった。
少し前までのオリヴィアには対抗出来るのではないか、もしくは上回るのではないかと思っていた。
エリーの成長は、それを上回った。
嬉しさの反面、どうしても悔しさがこみ上げて来て、ライラはそのまま涙を堪えることが出来ず、泣いてしまう。
「ライラさん、私達ならきっとナディアさんを救える。最初、私は一人で師匠を引き付けるから、ナディアさんを救って欲しい」
「うん」
「一体一で師匠と戦う秘策があるの。通じるかは分からないけれど、私は多分もっと強くなれる」
「うん、そっか」
「だからナディアさんを救ったあと、師匠に勝ってアリエルちゃんとオリ姉を一緒に守ろう」
ライラは、その言葉で前を向く。
ライラの世界は非常に狭い。生きていてもつまらなかった世界を変えてくれた何人かの人。
姉の様に慕ってくれたアリエルに、生きる楽しみを与えてくれたレイン。ライバルになってくれたサニィに、迷惑なナディア。強さの指標オリヴィアに、いつも追いかけてきていたエリー。
ライラの世界は、そのくらい。
だから、エリーの言葉にライラが返した言葉は、彼女にとってとても自然な言葉だった。
「うん。我が物顔でレイン様の隣に居るって言う女狐もぶっ飛ばさないとね。サニィの杖なんか持って生意気な」
ライラにとって大切なことは、大方それくらい。
しかしそれも、似た価値観のエリーにとっては深く響いた様で。
「あははは。そうだね。たまちゃんだかなんだか知らないけど、師匠の隣はお姉ちゃんのものだもんね」
そう二人で笑い合うのだった。