第百三十話:ごめん、急いでるから
「アーツ、王様がどこいるか分かる?」
一人グレーズ王城に向かったエリーは城に入るなり、嬉しそうな顔を向けてきたアーツに尋ねる。
嬉しそうな顔をしている所申し訳ないが、現在は緊急事態。
挨拶も無しにそう尋ねたことから何かしらを察したのか、アーツは顔には出さずにしゅんとして答える。
「父上なら騎士団の訓練場に――」
「ありがとう」
答えを聞き終わる前に振り返り、駆け出す。
後ろでアーツが寂しそうにしているが、それどころではない。
事は一刻を争う。
アリエルの力が一体何を正しいとしているのか全く分からないが、ルークの予想が正しいとするのならば、最悪の事態が起こる可能性が高い。
「もしもそうなったのならば、今度こそオリ姉は……」
――。
騎士団の訓練場に辿り着くと、そこに居たのは若い騎士達ばかり。
ディエゴの留守を支えていた副団長以下の上位騎士達が一人も居ない。
「王様が来なかった?」
「陛下なら副団長達を連れて会議室に向かっ――」
「ありがとう」
「ちょっとエリーちゃん?」
「ごめん、急いでるから」
若手騎士達は何も知っている様子がなく、素直に王の居場所を教えてくれる。
彼らが尊敬している筈の騎士団長が戦死したことすら知らずにぬくぬくと訓練していることに腹すら立ってくるが、それどころでもない。心を読む力なんてものは世界中を探しても例を見ない力らしいので仕方ないと自分を宥めつつ会議室へと走り出す。
「人の心って、そんなに読めないものなのかな……」
思わず呟いてしまう言葉を、自分でも上手く解せないままに走る。
しかし考えてみれば、自分自身も隠そうとしていることは分からない。
かつて師匠とお姉ちゃんとお母さんは、呪いのことを全て隠しながらエリーと接してきた。そうだ、自分自身も心を読めると言っても、たかが知れている。
もしも心が完全に分かるのならば、師匠の魔王化を完全に止められたのだろうか。
そんな無意味な問答を繰り返している内に、会議室へと辿り着く。
ドアをバンと勢い良く開けて中を見ると、そこに居たのは副団長を含めた20名程の騎士達。
王の姿は、そこに無かった。
「王様は?」
「陛下は――」
そこから先は、聞かなくても理解出来た。
そこに居た全ての騎士達が言っている。
口に出さず、心の中でだけだけれど、明確に。
――。
かつて、このグレーズ王国にはレイニー・フォクスチャームと言う騎士が居た。
正義に厚く、悪を見抜くと言う力を持った騎士。国中を常に駆け回り、人に擬態する魔物達を屠ってきた実力者。
騎士団の中でも10人に数えられる強さを持ち、少しだけ憂いを帯びた甘いマスクに長身で、スタイルも抜群。
藍色の髪と合わせ、【哀愁の騎士】、【雨の騎士】などと呼ばれていた。
市井に人気の騎士隊長で、竜殺しの英雄レインと同一視され、オリヴィアとの結婚を期待されていた騎士だった。
実際にレイニーの実力は非常に高く、ディエゴの技術を踏襲したその剣で騎士団の中でもいつかは必ず騎士団長になるだろうと言われていた。
【しかしそんな騎士隊長レイニーは、国家を転覆させようとする大犯罪者だった為に処刑された】
市民を納得させるには充分な様々な証拠が挙がっており、これが現在市井に浸透している一般論。
事件から数年経過した今では、その様な騎士も居たな、程度の認識をされている。
もちろんそれは市井だけの話だ。
【その現実はレインを魔王だと勘違いして返り討ちに合った、絶望的に不運な騎士だ】
真実を知っている騎士達は今でも彼の早まった行動を悔やみ、犯罪者として処分しなければならなかったことに罪悪感を覚えている。
当然だ。
レイニーは運さえ悪くなければ、今でも最前線で活躍していただろう。
今でも市井で人気のカリスマ騎士だっただろう。
今では、ディエゴに次ぐ実力者に成長していただろう。
誰よりも正義に燃えていたその好青年は、きっと、大活躍を続けていたことだろう。
――。
【レインが魔王なら、レイニーを犯罪者に等する必要は無かったのに……】
【レイニーどころか、団長まで……。クソッ、あの悪魔め】
そんな心の声が聞こえてくる。
その事件のことは、師匠が居なくなってから聞いていた。
思い返せば、師匠が「人はなるべく殺すな」と言っていた時期は、ちょうどその事件が起きた頃と重なる。あの時の師匠はどこか後悔している様子だったのを覚えている。
そしてエリーには分かってしまう。
実際に師匠であるレインが魔王になってしまった以上、その時のレインの心境など話しても何も意味は無い。
騎士団達が強くなった理由の一つにレインの技術、時雨流が含まれているとしても、実際共に汗水を流した仲間であるのはレイニーだ。
彼らにとって、今、裏切り者は明確にレインである。
それが、どうしようもなく心から漏れ出てきていた。
同時に王の居場所も伝わってくる。
【どうか、二人の仇を取ってください、陛下】
そんな手遅れの心の声が、エリーの頭に虚しく響くのだった。
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