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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第八章:ほんの僅かの前進
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第百十八話:あんまり好きな言い方じゃないけど、運命ってのは分からないものね

本日魔王誕生まで更新します。

20、22、23、そして24時になります。


「ただいまオリ姉ー」

「おかえりなさい。なんだか嬉しそうですわね」


 王城内オリヴィアの私室。

 その日のエリーは誰が見ても分かるほどに笑顔だった。

 港町ブロンセンとアリエルの王城位が自分の居場所だと思っているエリーが、このグレーズ王都で笑顔でいることは珍しい。

 エリーにとってこの城は、オリヴィアの私室を除けば修行の場に等しい。王がアーツと結婚させようと目論んでいることが伝わっているからか、親切に接されようともそれほど落ち着く場所ではない。それよりも好き勝手すれば捉えようとしてくるアリエルの城の方が、ある意味では居心地が良いものだと感じていた。

 笑顔になる時と言えば、それなりにお気に入りの中庭で鼻歌を歌いながら宝剣を手入れしている時位。

 そんな彼女が、珍しく笑顔でオリヴィアの部屋に帰って来た。


「そう? そうかも。なんだかアーツも男の子なんだなあって思って」

「あら、何かありましたの?」

「告白されちゃってね」


 笑顔のエリーは、なんの恥ずかしげもなくそう答える。

 別に恋する乙女の様になっているわけではなく、単純に良いことがあったといった様子。


「ふふ、その様子でしたら、わたくしの弟は脈ありですのね」


 それでもオリヴィアはそれを良い傾向だと捉えていた。

 今まではただの小さい子としか見ていなかったはずのアーツを、男の子だと言ったのは初めてだ。


「まだ歳が離れ過ぎだからね。今後に期待」


 そんなことを言うエリーには、やはり今までとは少しだけ違うものを感じる。

 アーツは上手くやった様だと我が弟ながら少し誇らしく感じたオリヴィアは言う。


「ふふふ、わたくしの弟ですもの。容姿はサンダルさんにも負けませんわよ」


 絶世の美女であるオリヴィアの弟だ。

 今の時点でもアーツは既に、将来が期待できる美少年ぶりを発揮している。

 とは言え、その例えはあまり良くなかった。


「サンダルさんより師匠の方が良いなぁ」


 エリーにとって格好良い男と言えば師匠だ。

 ギリギリの所で母を助け、盗賊を殲滅し、ドラゴンをバラバラに切り裂いた挙句に住む場所まで幸せな場所をくれた恩人。更には、戦い方まで教えてくれた師匠が、エリーにとっては格好良いの基準となっていた。

 見た目は確かにサンダルの方が良いかもしれない。しかしそれでも師匠から聞いていたサンダルの女をとっかえひっかえしているという情報は、エリーにとってかなりのマイナスだった。実際に会って見たら今はそうでもなさそうだったが、師匠の言っていたサンダルの様な男はダメだという言葉は、エリーの中に教訓として生きていた……。


 オリヴィアはその一言でしまったという顔に変わる。

 確かにエリーは、人の顔を殆ど見ていない。心を読めるその力の影響か、顔の良し悪しよりも心の良し悪しのみで判断する傾向だ。

 それでも、何故かオリヴィアは続けた。


「……よ、容姿だけならレイン様にも負けませんわよ!」

「なんでそんな必死なのよ」


 アーツは勇者ではない。強さはエリーが才能が無いと言う通り、全く期待出来ない。

 頭が良いというのはエリーにとってどれほど有用な情報かは分からない上に、自分で自分の弟の心が綺麗と言うのは気が引けたのか、オリヴィアはそんなことを口走ったのだ。

 見た目に関してのことは、流石にオリヴィアもこの24年間で随分と把握している。

 今や世界に広がったメディアの情報網が、先月発表した世界で最も美しい女性の第一位にオリヴィアを選んでいたのだ。オリヴィアを超える美女と噂されていたたまきという謎の女性の居場所は不明。と小さく記されていたのが少しばかり気になったが、ともかく、オリヴィアが自身の容姿を否定する理由は一切無かった。


 そして、必死にそんなことを口走るオリヴィアの、その理由は一つだ。


「それは、十五も離れてたら可愛くて仕方ありませんもの」


 この世界では、場合によっては子どもを産める年齢で出来た弟。

 グレーズでは成人は十八歳となっているが、成人しなければ子どもを作ってはいけないという法はない。小さな村等では少しでも魔物に対する人口を確保する為に若い頃に多く生むというパターンもまた多く存在する。

 そんな年の離れた弟が、子どもを作れない体のオリヴィアにとって可愛くないわけがない。

 修行の関係上この城に多く留まることは出来ていないが、小さい頃はよくアーツに、レインとサニィのエリー救出英雄譚を話して聞かせたものだった。 


「それはそうかもね。私からしたら、今お母さんが子ども産むみたいなものだもんね。…………私のお母さんと子ども作るって結構危ない人じゃない?」


 一旦納得したものの、今は母の容姿が幼いことをしっかりと把握しているエリーが突然素に帰った。


「エリーさん…………、そういう反応に困ることは言わないで欲しいですわ」


 エリーが存在するということは、そういう危ない人が居たという事だ。

 それが誰だかは、エリーは一切聞いていない。恐らく、盗賊の襲撃の時に死んでいるのだろう。

 アリスもそれを話そうとしない為に、今あるのは全く別の感情。


「まあ、そんな過ちから鬼神の娘が生まれたんだから結果オーライよ」


 だからこそ、エリーにとっての父は師匠レインだと言える。

 一度失いかけた命を救ってくれたレインを、実の娘の様に可愛がってくれたレインを、時には父だと言って慕っている。


「……それはなんというか、素直に羨ましいですわ」


 そんな、ある意味で両思いのエリーとレインの関係を、オリヴィアは少しだけ歯噛み笑いながらそう纏めた。

 凄まじく複雑な想いを、やはりエリーには筒抜けにしたまま。


「私とオリ姉じゃ師匠に対する想いは違うもんね。でも、オリ姉はオリ姉で月光もあるしアレもあるし、ちゃんと師匠から託されてるじゃん」


 親子の様に思っているエリーと、結婚を夢見ていたオリヴィア。

 互いに形こそ違えど、何かを残されていると言うエリー。


「アレはお姉様が内緒でって下さったものですけれどね……」

「それも結果オーライだよ。お姉ちゃんの優しさ。もしくは陰謀!」


 月光は直接レインから授けられたもの。

 先日の決闘でも、遂にオリヴィアはエリーからその宝剣を守り抜いた。

 そしてアレというものは、聖女がレインの許可なく勝手に渡したものだ。


「ふふ、確かに陰謀かもしれませんわね。レイン様は本当に知らないことみたいでしたもの」


 しかしそれを肌身離さず持っているオリヴィアにとっては、紛れもない宝物だった。


「お姉ちゃんは案外腹黒い所あったもんね。聖女サニィは普通に自分の幸せを望む女の人、なんて言っても誰も信じないと思うけどさ」


 それが渡された経緯は、オリヴィアが皆に相談したことで魔王討伐隊のナディアとサンダル以外の全員が知っていた。

 今はもう忘れている者もいる様だが、全員の意見一致でオリヴィアのものだと判断されている。

 それは、それを渡した聖女本人の性格を皆が知っているからこそのそんな選択だった。


 聖女の本性は、世界中の殆どの人が誤解している。

 自らの命を顧みずにドラゴンを倒し、魔法を発展させ、そして魔王の呪いを消して暗い世界を終わらせた救世主。そんな彼女は自身の力に溺れることなく無差別の慈愛に満ちている。

 そんな風に、思われている。

 しかし実際はそうではない。


「そうですわね。きっと世が世なら、お姉様は普通に幸せな家庭を築こうとする普通の幸せを望む方だったんですわ」


 そう。聖女サニィは、無条件の世界平和を望んだというわけではない。

 ただ、大切な人の為に、自身の幸せの為に必死だっただけ。

 その結果として彼女は、聖女になってしまっただけだ。


 魔王討伐隊の面々は、それを知っている。

 彼女の直接の被害者であるナディアなどは、特に知っているだろう。


「あんまり好きな言い方じゃないけど、運命ってのは分からないものね」


 エリーはそう纏める。エリーは運命という言葉はあまり好きではない。

 もしも自分がもっと大きくて、もっとしっかりと心を読めたのなら、もしかしたら二人を救えたかもしれない。根拠も何もないけれど、きっと救えないのだろうけれど、そう思わずにはいられなかった。

 運命と言う言葉は、そんな可能性を全て台無しにしてしまう言葉だ。

 そうは思っていたが、都合よく使えば都合の良い言葉でもある。


「そうですわね。もしもお姉様が呪いに罹らなかったら……、なんて考えると、間違いなく呪われたからこその幸せを手に入れられてるわけですもの」

「呪いがなければ、オーガの襲撃で死んじゃってた、か……」

「ええ、ですからわたくしは、お姉様のそういう腹黒い所まで含めて大好きなのですわ。お姉様はいつだって、誰よりも必死に生きてたんですもの」

「そうだね。……でも、結局呪いまで消しちゃうんだから、本物の救世主ってのは間違いないんだけどね」


 ナディア曰く魔女、世界曰く聖女。

 結局のところ彼女は救世主だ。

 エリーにとっては母の命を救った大恩人。そしてその他多くの人々にも希望をもたらした英雄。

 サニィ本人がどんな性格で何を考えていたのかに関わらず、その事実だけは決して変わらない。

 

 エリーとオリヴィアは、久しぶりにそんな師匠夫婦を懐かしんでいた。

 アーツの話はどこへやら。しかしそれでも、確実に皆は成長していた。

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