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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第八章:ほんの僅かの前進
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第百八話:クーリア姉白目剥いてるよ白目!

「イリス君はそのままで良い」


 過去の英雄は、改めて言う。


「このウアカリは戦士の国だ。戦場に死に場所を求める兵達の国。そんな中で、君は唯一の常識人だ」


 今まで何度の致命傷を負ったのか分からない英雄は言う。

 ウアカリは戦う。食う。寝る。そんな女だけの国。

 片方は男に対して。しかし、もう片方は本当の命のやり取り。


 そんな国で、イリスだけはウアカリの力を持っていない。

 それは戦う。食う。寝る。だけのウアカリに於いて、それらを冷静に見られる唯一の存在だということ。


「つまり、戦士達を殺さない様に指揮を取れるのはきっと君だけだ」


 何度も何度も死に続けた英雄は言う。

 此度の戦いで、イリスの役割は完全な中衛。大きな盾と鉈の様な剣を持ち、詠唱で魔法を扱う、戦場の司令塔だ。

 前線には一切出られないアリエルと違い、イリスにはそれが可能。

 今のイリスならば、アリエルが発した言霊を、遠く離れた戦いの場ですら聞き届けることが出来るだろう。


 つまり、イリスが冷静で居られると言うことは戦士達の生存に大きく関わってくるということ。

 ウアカリの他の戦士達の様に感情的に動いてしまえば指揮系統は崩壊し、戦士達は文字通り戦場で戦死してしまう。


 それを、マルスは知っている。


 マルスの必死の戦いによってマナの尽きた魔王。その魔王に対し、功を焦り最初に突撃した数名は、一瞬のうちに肉塊に変わった。

 それに怯え逃げ出そうとした者達は次に、微力なマナを取り戻した魔王に殺された。

 生き残った者達は、マルスの不老不死を冷静に利用した者達。


「だから、イリス君は自制心をしっかりと持った、今のままで良い」


 馴染めなくとも、彼女達を大切思っていればこそ、今彼女は首長という座に就いているはず。気に入らなければ、ナディアの様に投げ出したところで構いやしないのがこの国だ。

 そんな中で律儀に首長を引き継いだ彼女はきっと、今のウアカリに必要な人材。


「おっと、なんだか話が逸れてしまった様だね。どうにも歳をとると説教臭くていかんな」


 元は下ネタで爆笑するオリヴィアとクーリアの会話についていくのが難しいといった話だったはずだった。

 それがついつい、白熱してしまったと反省する。


「そんなことはないです、ありがとうマルスさん」


 そんなマルスに、イリスは素直な感想を述べる。先日戦い方を工夫してからというもの、以前よりも積極的に消極的になった。

 矛盾しているようだが、威圧感のある盾と武器は、言わば警告的な役割を果たしている。

 以前の小さい盾とショートソードの堅実な戦いの時には張り詰めていた意識を、あえて自分に近づくと危ないぞと言った風貌をすることで心に余裕を持たせてくれる。

 張り詰めていた時にはそれを気取られ苦戦していた相手にも、余裕を持って見ることが出来るようになった。

 それからは、堂々と後ろに下がることが出来る様になった。


『戦士で有りたい』


 そんな欲求を、その風貌だけで満たしてくれるのだ。それを一番深く理解してくれたのは、誰よりもマルスだった。


 普通であれば弱者が取る強者の様なポーズを、あえて戦士であり続けたイリスが取る。

 それによって得られた彼女の心の平穏は、歴戦の弱者であるマルスにはとても理解しやすいものだった。


 虫が毒があるから食べないでと警戒色を持つのとはまた違う、ライオンのオスがタテガミを持つ様に、派手な武器を持つ。

 強者が強者の様に着飾る行為を、マルスはウアカリ的だと捉えた。


 勇者の身体能力は体格に依存しない。

 肉体を鍛える程に伸びはするが、限界は筋肉量に依存しているわけではない。

 それでも、ウアカリの女戦士達は細身で160cm程しかないイリスを除き、皆大柄で筋肉質だ。それはつまり、自分達は強いのだと、自然と着飾っているに他ならない。


 要するに、強さを主張することで平穏を保てるイリスは、紛れもなくウアカリの女戦士なのだ。


 イリスはマルスの言葉の真意をそう読み取っていた。

 そして、感謝の意を持ってマルスを見る。


 そんな様子を見ていたクーリアは、悩んだ後に口を開く。


「いくら妹とは言え、マルスは……いや、イリスなら逆に有りだ。部屋にイぐっ……」


 ドスッという鈍い音と、膝から崩れ落ちるクーリア。

 途中でそんな余裕のあるイリスに気絶させられ、白目を剥いた。


「全く。オリヴィアさんはともかくエリーちゃんはまだ成人してないんだからあんまそういうこと言っちゃだめだよお姉ちゃん」


 そんな風に憤慨するイリスを見て、オリヴィアとエリーは全く違う感想を持つのはだった。


「ともかくってわたくしはレイン様専門なんですけれど……」

「イリス姉も実の姉相手に手を上げるとはやる様になったね! クーリア姉白目剥いてるよ白目!」


 全くあの師匠の弟子なだけあって二人とも何処かズレたものだと思いながら、イリスは倒れたクーリアをソファに寝かせるのだった。


「ねえオリヴィアさんエリーちゃん。お姉ちゃんが寝ちゃったからちょっと手合わせしない? 装備の最終確認をしたいの。お姉ちゃんとマルスさんじゃ、それはもう出来なくて……」


 考え方以外の成長が完全に止まってしまったクーリアに対し、今も尚成長を続けるイリスは、もしかしたら姉にショックを与えないように配慮して寝かせたのかもしれない。

 エリーがそう感じる程度には、その顔は自信に満ちていた。


 そんなイリスを見守るマルスの心理が娘を見守る父親の様で面白かったが、それをなんとかこらえると、エリーは「私も本気を見せてあげる」等と意気込んで庭へと出て行く。

 以前イリスは、レインに対魔物への実戦経験が不足していることを指摘された。

 しかしそれを幾度もの実践を超え、狛の村の事件をも乗り越えることでスタイルと気持ちを新規一転した今、彼女がどれほど強くなっているのか、もはや戦闘狂と言っても良い一番弟子はとても楽しみにしている様だ。


 狛の村の事件をを乗り越えたイリスにとって本当の戦士とは、今やウアカリの英雄ヴィクトリアやフィリオナ、姉の様に勇敢に戦う者だけでなく、狛の村村長リシンのような人物のこと。自身が魔物になってまで村人の人間としての尊厳を守ろうとしたリシンの様になりたい。

 そんな強い覚悟を、エリーは誰よりも感じ取っていた。

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