第百五話:ずいぶん違うのだと理解できる気がするよ
「お、二人してパフェなんてお洒落だね。オリ姉、私達も食べよう」
「そうですわね」
カフェに戻ってきたエリーとオリヴィアは、そんなことを言いながら席に着いた。
戦いの結果には満足したのか、頭の中は既に甘い物へと移行しているらしい。
例の黒剣は、相変わらずオリヴィアの腰に差さっている。
横目でそれを見たナディアが言う。
「あら、そろそろ金星が出ても良い頃合いかと思ってましたけど、結果は順当でしたか」
「ほう、魔女様はそんな予測を立てていたのか」
ナディアの意見に食いついたのはサンダルだ。
サンダルから見て、二人の戦いは終始オリヴィアが圧倒していた。それこそ、全く危なげない様子で勝利していた様に見えたものだった。
「ええ、そろそろそんな時期かと思ったんですが」
しかしナディアは、オリヴィアを見てそんなことを言いながら微笑む。
「まだまだ負けませんわ」
オリヴィアもまた、そう微笑み返した。
女同士の戦いが勃発するのではと、周囲の客達は冷や冷やしていたが、それに気付いたのかどうなのか、エリーがため息混じりに言う。
「オリ姉こないだブロンセンの兵隊さん達の戦いを見て覚悟を決めたのか、更に強くなっちゃってね」
「へえ。覚悟、ですか」
ナディアの見立てでは、オリヴィアの力はピークを迎えている。
才能の無い彼女は、これから先強くなることはまずない。そう考えていた。
その証拠に、オリヴィアだけは、勇者の力が一切成長していない。
必中の力。その上が、オリヴィアには存在しない。いや、必中こそがオリヴィアの中で最高の才能なのかもしれない。
同じく才能に乏しい、努力だけでのし上がってきたと思われていたディエゴには、絶対回避の上があった。見切りのレインをしてようやく回避出来る様な変幻自在の二重斬撃。
エリーならば、心に介入出来る様になった。ライラは反射を覚え、ナディアは失意によって力を飛躍的に伸ばし、イリスは言葉の深意までをも読み取ることが出来る様になっていた。
そしてサンダルも、どんな速度の中でも周囲を把握できる圧倒的な動体視力を手に入れていた。それは少なくとも、ナディアがどんな不意打ちをしても回避出来る程度には、優秀な動体視力。
だからこそ、ナディアはそろそろだと考えていた。
現在男の力を七桁で正確に数値化出来るナディアには、男性同士の戦いであればどちらが勝つのか完全に予測出来る。その影響で、女性であってもある程度は見抜けるようになっていた。
ウアカリの才能の無い者と同程度以下の精度でしかないものの、相性や素質などが、なんとなく分かる。
そんなナディアが付けた予測を、オリヴィアは打ち破ったのだと言う。
それも鍛錬ではなく、覚悟一つで。
「面白いこともあるものですね」
そんな風に返すナディアはまた、パフェに向かって微笑んでいた。
何かを考える様に。
……。
「ナディアさんは今、少しだけ行き詰まってるみたい」
三人の会話に一人ついて行けなかったサンダルに、エリーは耳打ちをする。
意識操作が理由か、誰もそれを気にした様子はない。
ナディアがそろそろ逆転だと言った理由は、何もオリヴィアに嫌味を言いたかったわけではない。
彼女を自分と重ねてしまった為だ。
80m級のドラゴンを一人で倒すことが出来ずウアカリを飛び出したものの、現状良い成長方法は見つかっていない。更に強くなろうとするライバルライラと、順調に強さを増しているエリー、そして、新たに現れたレインの友人サンダルを見て、少しだけ心中穏やかでない。
ただ、それだけの話。
そんな詳細を、簡潔に伝える。
「なるほど。ライバルはタイタンを二発で倒し、自分はドラゴンに敗北。それは確かに、穏やかではいられないかもしれないな」
ここに来てようやく、ナディアが執拗に暗殺を目論む理由が見えてくる。
日々の鍛錬、武器の手入れ、毒薬の研究、より良い道具の開発、魔物の解剖による分析、魔物の行動原理の研究。
ナディアが強くなるためにあらゆる行動を起こしていることを、サンダルは今まで同行して見てきている。
「なんで解剖なんてするんだ?」
以前そう訪ねた際、「より効率的に殺すには体の構造を理解した方が良い。心臓の位置は魔物によって違います。ただ全てを潰せばいい等と言うあなたの戦い方は無駄な体力を消費するだけです」と、言われて納得したことを思い出す。
とは言えその成果がどうなのか、ナディアはいつも表情には出さない。
それがサンダルという男の前だからなのか、ほかの理由があるのかは分からないが、それが芳しくないのだとしたら、なるほど。隣にいる気に入らない男に八つ当たりの一つもしたくなるというものかもしれない。
「ありがとうエリー君。ナディアという女性が、ようやく聖女様とずいぶん違うのだと理解できる気がするよ」
サンダルは一言そう礼を言うと、そろそろ胸焼けしそうな量のパフェを、頑張って口に運ぶのだった。
パッと見では聖女にしか見えないその女性は、聖女よりも遥かに弱い。
それは、あらゆる面で。
それがなんだか自分とレインを見比べている様に思えて、無性に親近感が湧くのを感じた。