第百四話:というわけで、あの緑は
二人の決闘の行く末を見守ったサンダルがカフェに戻ってくると、ナディアは一人パフェを食べていた。
カフェの壁に立てかけたままの斧をナディアに任せっぱなしだったので何かされるのではという懸念も多少あったのだが、そんなことは何もなく美味しそうにパフェを食べている。
「なかなか似合うな、魔女様」
「あら、食べたいなら自分で注文してくださいね」
「そうしよう」
そのまま、同じものを注文する。
しばらくしてたっぷりの苺に生クリーム、そしてチョコレートの積み重なったそれを、無精髭を生やしたガタイの良いイケメンの前に女性店員が運んでくる。何故だか、店員は何やらうっとりとそれを眺めていた。
「あなたこそお似合いですね」
そんな女性店員を見て、ナディアはため息を吐く様に言い放つ。
「これは昔からだ」
「女誑しの勇者ですか。汚らしい」
ナディアにとって容姿は大した問題ではない。
サンダルの強さはそれなりに認めているものの、ウアカリでもないのにサンダルの見た目だけでテンションを上げる女性というものにどうしても違和感を感じる。
もちろん、ウアカリに連れていけばほぼ全ての国民がサンダルを奪い合うことは目に見えているものの、それは顔を見てではない。見ただけで強さを測れる彼女達ならではだ。
「最近では私を見た目で判断しない人が増えてきてるけどな。まあ、街に入れば今だにこうなるみたいだ」
気にもしていなかった周囲を見渡すと、女性店員だけでなく、その存在に気づいた大半の女性がサンダルを見つめている。
「はあ、まあ、見ただけで力が分かってしまうウアカリも、見た目だけで見とれてしまうそこらの女どもも、みんな同じようなものですか」
呆れを隠しもせずに言う。
「私からしたら、本当の魅力を持った女性は皆レインに惚れている様だが……」
それは、サンダルも同じだ。
「あなたがレインさんと同格だったり上回ってると思ってるなら本気で殺しますよ」
とは言え、それを伝えた相手の反応はまるで違う。
ナディアはパフェの苺を潰しながら、不機嫌を露わにする。
「……。あいつのどこがそんなに良いんだ。いや、魔女様の意見は言わなくとも分かって――」
「もちろん強さです」
被せる様に即答のナディア。
「ああ、君以外の、例えばあのお姫様。そしてエリーゼ様の護衛のライラ君。彼女達もまた、そうだろう?」
狛の村の一件についての反応だけで察したのだろう。
サンダルは最早その状況を見抜いている。
「全く、女となると本当によく見てますね気持ち悪い……。オリヴィアは話に聞いていた憧れの相手。それが師匠になってしまったものだから止まらない。ライラ、あの女はいつまでも夢見る乙女で居たいんですよ。嘆かわしい」
そうして、ナディアは聞いている二人の生い立ちを簡単に説明した。
ライラに関しては偏見が多分に入っているものの、その中でも正確な情報だけを見抜くことはサンダルにとってはさほど難しくはない。
……。
「というわけで、あの緑はレインさんを王子様か何かだと勘違いしてるんですよ」
「……なるほどな。生まれた瞬間から定められた運命に突如現れた、やる気の素、ね」
「あなたがとっとと呪いにかかってアレの元に現れていれば解決だったんですよ」
既に解決していると言っても良い問題について、ナディアは歯噛みをしながら言う。
そんなライラへの態度がなんだか自分に対してのものと似ている様で、サンダルはむしろ微笑ましく思えてくる。
「ははは、まあ、彼女にも今はエリーゼ様がいるだろう。彼女達は本当の信頼関係を築けたのがレインのおかげだと考えれば、悪くはないんじゃないか?」
「あなたはレインさんが嫌いなんじゃないんですか?」
突然レインを庇う様な言い方をするサンダルに、ナディアはまだ訝しげな視線を向ける。
結局どの様に言っても気に入らないらしい。
とは言え、サンダルがしたのはレインの味方ではない。
「ああ、嫌いだ。でも、今私は君の味方だ。君を納得させるためならレインのことも水に流すさ」
「吐きそう」
「……」
そんなやりとりを見ていた周囲の女性客が、ナディアに殺気を向けようとして止めたのを、サンダルは知っている。
どこから見てもウアカリのナディアを、背中に二本、腰に二本の剣を差すナディアを、聖女と全く同じ顔をしているナディアを、【あの魔女】だと知らない者は、この大陸には最早居なかった。
【魔女】の機嫌が悪い時に出会った魔物は、生きたまま手足をもぎ取られ、内蔵を撒き散らされながら囮にされる。それに群がった魔物達もまた同じ様に、毒で動けない体にされてからじっくりと嬲られる。
実際にナディアがやってきた奇行を知らない者は、この大陸には存在しない。
そんなナディアに平然と声をかけられる男は、きっとこのサンダル位のものだ。
「……ライラ君も素敵だが、私は君の味方だ」
「そうですか。それなら私は余計とあなたを殺さないといけませんね」
わけのわからない理屈と共に突き刺そうとしてくるフォークを避けながら、サンダルは思う。
先ほどから口の横につけたままのクリームが、これまた中々似合っているものだ、と。流石にかつてプロポーズした聖女と同じ顔をしているだけあって、大人しくしていれば可愛い女性なのにと。
レインの弟子達の戦いが終わってしばらく、すっきりした表情の二人が戻ってくるまで、サンダルはそれを指摘しなかった。