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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第八章:ほんの僅かの前進
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第九十五話:ということで、あなたのこれまでを聞いてあげましょう

「ところで、あなたはなんで魔王討伐隊のメンバーに選ばれながらずっと単独行動を取ってたんですか?」


 南の大陸東部。キャンプで食事をしながらもいつもの様に暗殺を目論みつつ、ナディアはサンダルにそんなことを尋ねた。

 最早なんで殺そうとしてるのかも曖昧になっているものの手は勝手に動く様で、それに対するサンダルの動きも次第に慣れたものとなっていた。


「理由は色々あるんだがね、一番の理由は、呪いに罹ったことさ」


 目を狙ったフォークをナイフでなんなく受け止めながらサンダルは答える。


 110年ほど前、黒の魔王が世界にばら撒き、二人の英雄が消し去った死の呪いにして不死の呪い。死に対する凄まじい恐怖心が芽生えるその呪いに罹って戦えなくなる戦士は、ウアカリでも少なくはなかった。


「ふーん、それはレインさんに感謝しないといけないですね」


 ナディアは大した興味も無さそうに言う。


「レインと、聖女様にね」

「ということはつまり、呪いに罹って怖くて戦えないよーって泣いてたから合流しなかった、そしてそのままなあなあに、ということですか」


 サンダルは訂正するものの、そんな話などまるで聞いていない様にナディアは言う。

 興味はなくともほぼ正確なその言葉に、流石のサンダルも苦い顔をして自嘲気味に笑い出す。


「相変わらずの毒舌だね魔女様は……。まあ、はっきり否定出来ない所が悔しい所だけれど」


 いくらその後復帰出来たとはいえ、当時の情けない姿を思い出すと、そう言われるのも仕方がない。

 あの鬼神と聖女様の様な異常者と自分は余りにも違うんだと、思い知ったのがその時だ。


 しかし、そう思って渋い顔をしているサンダルにナディアがかけた言葉は、意外なものだった。


「ま、それでもこの位強くなってるなら良いんですけどね」


 つい先ほどまでもののついでに殺そうとしてきた相手が、突然そんなことを言ってきたことに唖然としてしまう。

 なにか思うところがあるのだろうとは予測できるものの、それを聞くことを、サンダルはあえてしなかった。


「……そう言いながら殺そうとするのをやめてくれるともう少し嬉しいんだけどな」


 再度の苦笑いをしながら、ナディアが飛ばしてきた針を捕まえる。


「レインさんに聞いてた話のままだと、この位で死んでるはずですもんね」


 そう言うナディアの顔は、少しだけ寂しそうで、それでも、サンダルは彼女を元気づける言葉を持たない。

 彼女の心残りは間違いなく、あの最悪の友人であるレインのこと。

 最初の出会いの時から、なにか思うことがあって仕掛けてきた来たことは分かっている。

 それでも、まるで聖女の様だと勘違いしてしまう彼女の容姿を見て、男は、そこに踏み込めない。


「……まあ、何度も死んだ経験があるからね。どうすれば死なないのか、それなりに知ってるつもりだ」


 いつもならば、落ち込んでいる様に見える女性には手を差し伸べる。

 それでも、今のサンダルにはそれが出来なかった。


「そうですね。呪いにかかっている状態でドラゴンを倒した。一人でそれだけ強くなれたことだけは、まあ、それなりに認めてあげなくもありません」


 そう。

 聖女の顔でそんなことを言う彼女の言葉に、どうしても幸福を感じてしまう。

 何度も何度も死にながら、ドラゴンを倒した時のことを思い出す。

 あれほどの苦痛を受け続けながら必死に頑張ったことを聖女の顔に認められたことを、どうしても嬉しいと思ってしまう。

 ずっと感じていたレインに対する劣等感。あの呪いに罹っていて尚も進み続けるあの男に比べて、自分はどれだけ小さい人間なのだと悩んだ日々を思い出して、サンダルは思わず涙しそうになるのを堪える。

 彼女がなにか思うところがあってこんなことを言い始めたことが分かっているのに、それでも聖女の面影に甘えてしまう。


「は、はは。あなたに褒められるなんて嬉しい限りだ」


 結局その幸福に抗うことなどできず、泣き出しそうになるのを我慢するのに留まるのだった。


 ――。


「ということで、あなたのこれまでを聞いてあげましょう」


 ナディアは寂しそうにしていたその顔を明るく作り変えると、そんなことを言い始める。

 今までは全く興味を持とうとしなかった、サンダルの過去。


「あんまり面白い話でもないと思うが」


 サンダルはやはり、そこに踏み込めない。

 作り変えた笑顔に違和感を感じたことに。作られた笑顔にすら、やはり聖女の面影を感じてしまったから。


「話せってことですよ。レインさんとの出会いから、レインさんのことを中心に」

 

 作り変えた笑顔が急激に不満の顔へと変わっていく。

 それが、いつもの表情であることに、どこか安心してしまう。


「……そうだな、出会いは最悪だった」


 だからサンダルは、またいつもの様に話し出す。

 不機嫌そうな顔に、聖女ではない彼女らしい顔を感じて。


「最高でしょう?」

「いや、そこは普通に話させて下さい……」

「チッ、早く話して下さい、聞いてあげませんよ?」

「本当に、君みたいな女性は初めてだ……。まあ、続けるよ。あいつとの出会いは、最悪だった」


 結局のところ、サンダルはナディアに対して踏み込めない。

 レインのことしか見えていない彼女が不意に見せた少しの淋しげな顔。

 この時の対応がもっとナディアの為に寄っていたのならば、もしかしたらあんな風にはならなかったのかもしれない。

 サンダルはこの先、一生それを後悔し続けることになる。

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