第九十三話:その姿はいつまでも
大事な話
本日は21時と23時に投稿します。
勇者の持つ武器として、しばしば宝剣というものが用いられる。
一般的に、希少金属と魔物の素材、そして時には勇者の遺骨を利用して作られるこれらには、始まりの、偶然生まれたとされる三種類が存在する。
一つは一対の双剣。一本の剣を作ろうとした所、完成した途端に割れたと言われる、所在能力不明の逸品。
一つは一本の輝くショートソード。あらゆる魔を滅ぼす絶対の攻撃手段。
そして、一つは一本の黒い長剣。何があろうと決して壊れることのない最硬の一振り。
この三つの奇跡だけは、魔物の素材も、勇者の遺骨も、何も使われていない。
それらの製法は一切不明。
この三つの宝剣を、最上位の極宝剣としている。
そしてこれらの特性を真似て作られたのが、魔物達や勇者の遺骨を素材に作られた、通常宝剣と呼ばれる武器達だ。
その為、凡ゆる武具を同じ製法で作った場合、いかな形状であろうと、例え弓や盾、鎧であろうと、それらは宝剣と呼ばれる様になった。
かつてオリヴィアがあらゆる文献を調べ、手に入れた情報はこんなところだった。
今、彼女は狛の村に残っていた文献を改めて当たっていた。そこには、728年前からの狛の村の歴史が600年分記されており、三つの極宝剣のことに関しての記述が、少しだけ載っていた。
「一対の双剣、これが生まれた時期は不明。その力は、……読めませんわね。
破魔のショートソード、これが生まれたのは300年前、……英雄ベルナールの時代。失敗作、世界を滅ぼす強き魔王を殺す役目を終え、すぐに破損。
失敗作、強き魔王、魔王の強さは一定だというレイン様の言から、この宝剣はそれに対抗する為に生まれたということだと予想出来ますわね……。
そして、月光の制作時期は狛の村が出来てから600年。今から130年程前……」
何故そんな記述が載っているのかは不明だが、狛の村にはそんな文献が残っていた。
それがあった場所は、レインの祖父であったクラーレの屋敷の一室。厳重なからくりを開けた先に、それが保管されていた。
「この時期から、拒魔という記述が、狛に変化している……。そして、それが出来たとされてから1ヶ月、その先の記述は一切なしの空白……。……ううん、難しいですわ」
130年前、何かがあっただろうかと考える。すると、その時期に程近い120年程前、狛の村がグレーズと手を結んだのはその頃だったことを思い出す。
「王女としての知識がこんな所で役に立つとは思いませんでしたわ。月光が作られて、拒魔の村が狛になって、文献が途絶え、我が国と手を結んだ。でも、だからと言って何が分かるわけでもありませんけれど……」
そう呟きながら、思考を巡らせる。
もしかしたら相談すれば、これだけのヒントでルークやイリスならば答えを導き出してしまうかもしれない。
しかしそれでも、オリヴィアはそれをせず、自ら考えていた。
イリスからそれは二人の後継者のものだ、月光を指して言われた時を思い出す。
「ふう、後継者の責任、もしくは挑戦状。そんな気がしてなりませんもの」
月光を手に取り、その黒い刀身に浮かぶ金色のダマスカス紋様を見つめる。
究極の一振り。
そうは言われているものの、普通の人が扱えば、ただの重い、どれだけ乱暴に扱っても壊れないだけの剣。
しかし、師匠である最強の英雄、鬼神レインが使えば、それは空間すら切り裂く最強の剣となる。
それをオリヴィア自身、託されてから6年近くが経過して尚、使いこなせているとはまるで思っていなかったのに……。
「今はもう、わたくし達の剣……。その力を正確に表すと、『決して元の姿を忘れない』だから、その姿はいつまでも作られた当時のまま……」
次第とぼんやりと、この剣について過去に調べた情報を整理する。
この一振りは、紛れもなく師匠から託されたもの。間違いなく、その英雄が使っていた逸品。そして、疑いようもなく、お姉様が名付けたレイン様の愛剣であるはずなのに。
「手垢すら、残らない。レイン様の使った跡が、全く残っていない……」
手入れの必要すらないそれを、オリヴィアはいつもの様に手入れする。かつて師匠がやっていた様に、まるで意味のない行為を反復する。
「はぁ、やっぱり、寂しいですわね」
そして、先程までは必死に考えていたことを放棄して、感情のままに、そんなことを呟いてみる。
最愛だった二人が居なくなって、もうすぐ5年が経過する。
決して変わらないこの剣と、常に成長して行く魔王討伐隊の面々、そして、なくなってしまった二人の故郷。二人が残した筈のその三つのあまりに違う結果に、オリヴィアは複雑な気持ちを隠せない。
「でも、わたくし達は前に進まなければ。それが残された者の務め……」
そんな風に呟いた時だった。
「ま、たまにはそういう風に落ち込む日も良いんじゃない?」
ふと、背後からそんな声が聞こえる。
いつもの様に丸聞こえの心の声を聞きつけて来たのだろう、エリーが腕を組んで書斎の入り口に立って笑っていた。
言われてみれば、最近は落ち込む暇もない程に必死だった。だからだろう、いつもは気づくはずのその気配に、全く気付かなかった。
「エリーさん、いつのまに」
「今来たとこよ。で、月光、私にくれるんだっけ?」
今オリヴィアが何を考えていたのかを分かっている癖に、エリーはそんなことを聞く。
その表情は柔らかく、誰かに少し似ていて、安堵を覚える。
「これは毎月の決闘で勝った方のもの。今はエリーさんをレイン様代わりの抱き枕にしようと考えていた所ですわ」
そんな軽口を叩ける程度には、エリーの出現によってオリヴィアの心は楽になっていた。
エリーは、認めざるを得ない、英雄レインが残した最高傑作。
今は自分の方が強いけれど、5年後、10年後はきっと違う。
そして5歳から大切に、大切に鍛えられた一番弟子にして、娘の様なもの。
それがこんな風に笑っているのならば、自分もまた大丈夫。
「だから、今日は一緒に寝ましょうか」
「考えてることが恥ずかしいからやだ」
そう言うエリーを見て、オリヴィアは彼女と初めて出会った時のことを思い出していた。
あの時もまた、拒否されていたな、と、もう10年近くも前になる、その時のことを思い出していた。
その少女は僅か5歳にして、ドラゴンを前に立ちはだかった。
まだ出会う前、レインがそう言っていたのを聞いて、負けたと思った時のことを思い出す。
そして同時に今、この月光を渡したくないという欲求に対して、早く奪われたいという欲求、相反する二つ目の欲求が芽生えていることも、また自覚していた。
「やっぱり気持ち悪いからやだ」
そして渋々一緒に寝ることを了承したエリーが、その心を読んでそう言いだすのは、またいつも通りのことだったかもしれない。