第八十一話:俺が村長として、人としての
狛の村が不可侵となってから1週間、宿屋『漣』には鬼神と聖女が直々に選んだ魔王討伐隊の面々が集まっていた。
集まった場所は創立した二人がいつも泊っていた部屋。二人が亡くなって以来、誰も泊めずにそのまま残してある一室だ。
従業員であるアリスや女将は一切手を付けず、時折オリヴィアやエリーが片付けをしたり祈りを捧げたりしている部屋で、魔王討伐隊が集まる為の場所。
「皆さんお集まりいただいてありがとうございます」
いつもの様に、まずはオリヴィアが挨拶をする。
このメンバーで集まった場合は、彼女が代表となっている。誰よりも最初にメンバーに選ばれた人物で、誰しもが認める実力者。指揮を取る女王アリエルすらも敬意を持っている人物といえば、オリヴィアだけ。
ところが今回はそこに新顔があった。
「ほら、挨拶して下さいよ新入り」
そうそうたるメンバーを値踏みする様に見ていた一人の男の尻を、ナディアが蹴って前へと押し出す。
鉄板の入った靴に尻を蹴られ、飛ぶように前に出た男はなんとか大勢を立て直しつつ、皆を向き直る。
「初めまして。七英雄ヘルメスが子孫、サンダル。流石にあの二人が集めただけあって、凄まじいメンバーだね。……修行で一人勝手をさせてもらっていたが、これからは私も戦線に加わろう。よろしく頼む」
無精髭を撫でながら、やはり見定めるような目を向けながら、サンダルはそんな挨拶をした。
しかしそんな挑戦的な眼差しに、不満気な顔をする者は一人を除いて居ない。
ここにいるのはアリエルを除き歴戦の勇士のみ。
一目見た瞬間からサンダルも英雄候補達も、皆が皆、実力を理解し合っていた。だからこそ、逆に一人だけは不満気な言葉を飛ばす。
「ほら、格好付けてないで勇者の力と戦績を話しなさい」
もちろん、それはナディアだ。
名だたる英雄候補達を前に、小物のボスの様な発言をする。
皆が知り合いでさえなければ大した実力も無いのに偉そうな奴に見えたことだろう。
しかしそれこそが彼女の作戦。
まあ、知り合いであるサンダルにそんなことをしても意味はないのだが、普段から染み付いたスタイルがつい出てしまったのだろう。
彼女のスタイルに油断して痛い目をした者は数多くいるが、流石に最近行動を共にしていたサンダルはそれを分かっている。
「痛い目を見る前にやめておこう。先程は失礼した。私の力は『加速』、限度はあるが走るほどに速くなる。小型のドラゴンをなんとか倒せる程度……と言いたい所だが、最近はもう少し強くなっている」
「曖昧ですね……、私が本気で殺そうとしなければ殺せないくらいは強いですよ」
「今は修行中に出会った占い師と通信師の姉弟に大陸東部の情報を貰って、魔物の処分をしている」
一々茶々を入れるナディアにも慣れているのか、それを受け流しながら自己紹介を続ける。
最初から受け入れる体勢を整えていた面々は穏やかなものだった。
オリヴィアの「歓迎いたしますわ、レイン様のご親友ですものね」という一言で、拍手と共に迎え入れられようとしていた時だった。
「うーん、師匠から聞いてたより格好良いおじさんだね、オリ姉」
14歳のそんな純真無垢な言葉で場が凍る。
サンダルは27歳。生きていればエリーの大好きな師匠やお姉ちゃんと同い年。
【アリスさんが若すぎるせいで麻痺してるのですわ……】
そんな声が聞こえてきたことでそれがタブーだと気づくと、それを誤魔化すかの様に言うのだった。
「ま、まあよろしくね、サンダルさん。私はレインの一番弟子エリー。……負けないよ」
それを始めとして、一人ひとり自己紹介を続けていく。
そしてその誰しもが、サンダルに対して負けないという顔を見せる。
それを見て、なるほど、自分が見せた値踏みの視線等ここでは日常茶飯事なのかと、皆が皆真剣に競い合っているんだとサンダルは妙に嬉しく思う。
そして実に6年の時を経て魔王討伐隊のメンバーが、遂に一堂に会したのだった。
……。
そして、少々の幸福の時間も同時にここまで。
此度の本題、『狛の村消滅の可能性』についての会議が開かれることとなる。
――。
狛の村では、現在前代未聞の事件が起きている。
聖女サニィの分析、そしてここで生まれた外部の赤ん坊が凶暴性を見せた事件、その二つからもしかしたらという可能性を考える者も存在していた。
しかしながら、狛の村というものが生まれて既に728年、たったの一度すらそんな事件は起きていない。
それどころか『拒魔』の本来の意味すら正確に伝わらないほどに平和な歴史を経てきている。
「いや、そもそも狛の村というものはどこから来たのだ……」
村長リシンはその原因を探るべく資料を探していた。
しかし、どれだけ文献を探そうとも何一つ分からない。狛の村は、728年前のある日、突然その場に存在し始めていた。
その始まりはこうだ。
――我々の村を、拒魔の村と名付ける。
いつか生まれるこの世界を変える者の為に、我々は存在する。
その者さえ生むことが出来るのならば、我々の役割も終わりと言って良いだろう。
そんなたった三行から、この村は始まっていた。
……。
村が騒がしい。最早時間も無く、確実なタイムリミットが迫っている。
リシンは一つの決意をして、村長宅を出ると、力の限り叫んだ。
「限界の者は俺の下へ来い!! 俺が村長として、人としての最期を迎えさせてやる!!」