第三十一話:未だ気づかぬ可能性
レインの作った道は、60km先のジャングルの出口まで続いていた。
それよりも先まで届いている様だったが、その先は荒れ野原。いかにも最近出来たばかりですよと言わんばかりの荒野地帯になっていた。
半径3km程だろうか。
明らかに、自然に出来たものではないその荒地はジャングルよりも温度が高く、いくつもあるクレーターからは蒸気が立ち昇っている。
「あの、ここってアレですよね。レインさんが暴れた所ですよね」
「いや、ドラゴンが暴れた所だ。俺はこんな無駄な破壊はしてない」
「それはどっちでも良いんですけど、やっぱり本当にドラゴンなんだ……」
別にサニィはレインを疑っていたわけではない。人外の人外であるこの男は何をするか分からないと言うのがサニィの中ではある意味で常識となっていた。
これは単純にそうでなければ良かったのに、という希望に過ぎない。
しかし、もう本当にドラゴンなのだと信じざるを得なかった。
何故ならこの荒野のいたる所に、エメラルドグリーンに輝く掌大の鱗が落ちているのだ。
そしてこのクレーターに熱気、これはドラゴンのブレスの残滓。
明らかに、これはドラゴンがレインに”虐められた”跡なのだと理解せざるを得ない。
どう見ても今までのサニィにこの余波を防ぐ能力は備わってはいない。
しかしこれを見ても、彼女にあまり動揺はなかった。これくらいの余波なら、後少しでなんとかなる気がする。
ドラゴンがまた襲ってくるかもしれないと知った時にはあれほど焦っていたにも関わらず、実際の破壊跡を目にしたら意外とこんなもの。
そのような感覚だった。
「取り敢えずここの跡地は騒ぎになりそうですし、綺麗にしちゃいますね」
そのくらいなら、簡単に出来る気がしていた。
理由は分からない。ただ、先日感じた蛇口の違和感のせいだろうか。
サニィは杖を地面に突き立てると、荒野全体を見渡しイメージする。
この土地を少し冷まし、均し、見える範囲全てを花畑にする。そんなことがいとも簡単にできる。
そんな風に思った。
今はジャングルで遊んでいたら自然と鍛えられた探知の魔法で、この荒野の地形を隅々まで把握出来る。
そして始めてから一日たりとも休まなかった開花の魔法。
この二つは今、現実離れした多くの体験を通し、不可能というイメージの殻を破って世界のマナを動かした。
「おお、やるもんだな」
そう無邪気に呟くレインの目の前に現れたのは、うごめき平らに均された荒野と、その全てを覆うほどの苗木。
それはすくすくと3m程に成長すると、真っ黄色の巨大な花を咲かせる。
半径3km程もある歪な荒野は、一瞬にして美しい巨大な向日葵畑へと変貌を遂げた。
「ふう。ついでに鱗も回収出来ました。探知の魔法のおかげですね」
サニィはこの魔法の異常さに気づいていなかった。
ただ、自分には必ずできる。なんとなくそう確信していたから、やってみたら出来た。
ただそれだけのこと。
探知を使いながら土地を冷やすことと、均すことと、開花、ついでに鱗の回収を同時にやっただけ。
それがただ、それだけと言う話で収まり切る訳などないことを、強大な魔法を使って興奮状態になっていたサニィは気づいていなかった。
しかもそれを見ていた相手は言ってみれば、【人外の中でも異常な奴】だ。
凄いな、という感想は出るものの、それが普通に考えたら勇者ですら不可能なことに気がついていない。
天才のサニィにはそのうち出来るだろう。その程度に思っていたのだった。
「はふぅ。さすがに疲れました。尻拭いしてあげたんですから今日は何か美味しいもの作ってくださいね」
サニィはその場に座り込みながらそんなことを言うと、「魚が良いです」と追加の要求をする。
レインはそれに「了解。少し休んでいろ」と答え、ジャングルに戻って行った。
「それにしても、あれだけの魔法を使ってもマナ切れ起こさないなぁ」
レインに探知をかけてみると、まだまだ場所が分かる。今はジャングルの中にあった幅200m程もあった川に飛び込み、魚とワニを素手で捕まえている。見ていると、5mを超えるワニすらもレインが水に飛び込んだ瞬間から逃げ始めているのが面白い。
それにしても、動物はあんなに可愛いのに怖がられて触れ合えないのは可哀想だ。
サニィはそんな同情をレインに向けると、レインが動物と触れ合う為の魔法を考え始めた。
――。
しばらくすると、レインは大量の魚と2m程のワニを抱えて戻ってきた。
サニィがその濡れた体を魔法で洗い流して乾かすと、そのまま今日はそこでキャンプをすることになり、レインが調理を開始する。
「それにしても、あんな出力をよく出せたもんだな」
「あの時は何か確信があって。夢中だったから今もう一度やれって言われても難しいかもしれません」
サニィはまだ気付いていない。あれをやったのは、正確にはサニィであってサニィではない。
「まあでも、この間お前が言った通り、一度出来たことは出来るからな。何か思い出すことがあれば口に出して見たらどうだ?」
しかし、レインの言った通り、一度出来たことだ。サニィはその体の異常さにさえ気付けば、それを何度でも行うことが出来るだろう。
サニィの体もまた、レインと同様に非常識の塊であると言うことは、二人はまだ知らない。
「えーと、そうですね。とりあえず、絶対に出来る気がしてました。そして、マナは切れませんでしたね。うーん。今思い当たるのはそれくらい」
「なるほど。全く分からん。そもそも俺にはマナってのが何なのかすら分からんからな……」
「マナの正体 は私にも分かりませんけど、それは世界に溢れていて、常に魔法使いの体に流れ込んで来てるって言いますね。空になった時が特にタンクに流れ込む感じが分かりやすいって聞きますけど、私には全然……。ただ、使う時にはなんとなく感じますけど」
サニィはその膨大すぎるマナタンク故だろうか。マナが自分の体に入り込む感覚と言うものを体験したことがない。
魔法を行使する時にイメージとマナが混ざり合う感覚を感じるが、マナを感じるのはその時だけ。
自分の体の中のマナを放出するイメージはするものの、放出する感覚すらも持っていない。
魔法の才能が抜群に高いのと同時に、彼女は体内のマナを感じることができないと言う欠点を持っていた。
「なるほど。こればかりはお前が気付くべきことなのかもしれんな。少なくとも、マナを体内に感じることが出来ないって発言は、お前の隙ではない」
魔法使いにとって、自分のマナの残量を知ることはとても重要なこと。それが一般常識だった。
しかし、レイン曰くそれは隙ではない。
と言うことは、やはりマナは無限にあると見て間違いないのだろうか。
そもそもマナタンクなど存在しなくて、蛇口しかないんだろうか。
その可能性も考えるべきだろう。
サニィは目の前の非常識を相手に、そんなあり得ない想像も、もしかしたら現実に起こり得るのではと思うことが出来ていた。
何と言っても、目の前の非常識は一太刀で60kmの道を作る男。隙を見る能力と身体能力だけでどうやってそんなことが出来るのか想像すらつかない。
「あの、レインさんはどうやってジャングルを切り開いたんですか? 斬撃を飛ばしたりしたんですか?」
「いや、そんなに飛ぶ斬撃は流石に出せん。あれは世界を少し斬っただけだ。直線的に何も存在出来ない一帯を作り出す様に、世界の隙間を斬ったわけだ」
「……?」
正直、レインが何を言っているのかいまいち理解ができない。
あり得ない想像も、もしかしたら起こり得るのかもとか思ったが、少し言っていることのスケールが違い過ぎる。
無限のマナタンクの話をしてたのに世界を斬ったとか、ここは神話の世界だったしら。
そんなことを思いながらサニィは目の前の非常識を見つめた。
どう見ても、見た目はただの人間だ。
かなり、いや、凄まじく好みの見た目をした青年に過ぎない。どう見ても、神とかそう言った神々しさは持っていない。
しかし、起こす事象はどれもこれも理解を超えている。
何より見た目が好みに過ぎる。
更にドラゴンすら倒してしまう英雄だ。
そして何より、居ないと凄く寂しかった。
正直ちょっと、有り得ないことが続き過ぎている。少なくともどれかは現実ではないだろう。
そんな風にパニックに陥ったサニィは、遂に現実逃避を始める。
「はっ、もしかしてレインさんの存在すら私の妄想が生み出した幻影!? 私は既に死んでて、夢を見ているのでは!?」
私はきっと、夢を見ているのだろう。
少女の頭の中ではそんな結論に至った。
頭の中がパンクしたとも言える。
それならば見た目の好みなレインに、最後のひと時位は甘えても罰は当たらないだろう。
その夜、サニィは母親のルームメイトだったおばちゃんに密かに渡されていた積極的になれる薬を飲み干すと、不思議とふわふわと心地よくなった気分に任せ、レインにベタベタと纏わり付いた。
勿論、その心の内が読めてしまった紳士レインは拒否などできまいが、かと言って襲うこともできない。一人大変だったことは言うまでもなかった。
残り【1807→1800日】
翌朝、目が覚めたサニィは真横に寝ている青年の顔を見て再びパニックに陥った。