第六十一話:……タンバリン?
現在南極にいる1匹の狐は、遂にそれを発見した。
『聖女の魔法書』を読んで以来、知らなかった魔法技術に感心すると共に、強く心を惹かれた一つのもの。旅に出なければいけないと思った理由の一つにして、なんとしても手に入れたいと強く願ったもの。
それは、南極点に突き立っていた。
聖女サニィが使っていたとされるホワイトバーチとルビーで作られた長さ1.8m程の大きな杖。
「これがあの魔法使いが使っていた……」
一度だけ見たことがあるそれを引き抜いて、狐はまじまじとそれを見つめる。
「あの時は気付かなかったけれど、美しい。これが、……『ふらわあ2号』。名前はともかく、聖女と呼ばれた彼女の想いの詰まった魔法の杖……」
聖女の両親が聖女に贈った最高級の一品にして、聖女自身の宝物であるこの杖は鬼神の剣月光と違い、最後の最後まで聖女自身が使い続けていた。
その杖には聖女の力の残滓なのだろうか、魅了の魔法を無意識に使い続けてしまう妖狐たまきを以ってしても抗いきれない魅力があるように感じてしまう。
思わず頰を擦りよせた所で、隣に鞄が置いてあることに気づく。
凍り付いてしまっているものの、それは聖女の私物が詰め込んであるものだろうと予想が出来る。そんな、女性向けのデザイン。
「……タンバリン?」
思わずそれを開けると、中にはタンバリンが入っている。よくよく調べてみると『たまらんタマリン』等という謎の文字が記されている。
そして、それ以外には何一つ見当たらない。
「何かしら……。たまらんタマリンと書かれたタンバリン……」
口に出して、そこではっと気付く。
この妙なセンスは、何度も聖女の魔法書に出てきた彼女のセンスと同じだ。
彼女は何故か自分の死に場所に、謎の名前を付けたタンバリンを持ってきていたのだ。
「……変な人」
思わずふっと笑みが漏れる。
かつては恐怖しか感じなかったあの魔法使いも、愛してしまった勇者レインが好いていたということさえ認めることが出来てしまえば、途端に可愛らしいものに感じてくる。
南極に来るのに大切な杖は分かるが、何故かタンバリン。
その意味の分からなさは、魔物である自分は持ち合わせていない。
人間にだけある特有の魅力というもの。
魅了が無くとも人と人が愛し合う理由の一つにはそんな魅力があるのだろうと改めて感じる。ついつい海豚亭の面々を思い浮かべて、更に頰を緩めた。
「アリスは元気にしてるかしら。ただの人なのに魅了の効かなかった人」
何かに阻害される様に魅了の力が働かなかった彼女を思い出す。
その娘が心を読む力を持つ勇者でレインの弟子だと聞いた時には大いに納得したものだったが、不思議と嫉妬心は湧かなかった、たった半年だけの小さな友人。
「人間は面白い種族。八百年以上の時を生きて、今更こんなことを感じるとは」
しみじみとそう言いながら、たまきは聖女の鞄を肩にかける。魔法書を聖女の鞄に移し替えて、今迄持っていた鞄を地面に置く。鞄の中にはタンバリンと魔法書、手には聖女の杖『フラワー2号』を持って、歩き出す。
目的地は特に決めていないけれど、赴くままに。何かに導かれる様に。もしくは、寒い場所から離れる様に。
聖女の物を手に入れた狐は、少しだけ旅をする。
そんな妖狐たまきの力は、きっと今やドラゴンをも上回っている。
幸いにも、彼女は現在人に危害を加えるつもりがない。それだけは確実で、アリエル達に補足されない理由。
とは言え、単体でオリヴィアを軽く上回るかもしれない魔物がここに存在していると言うのも、また事実だ。
サニィが最後の一年で手に入れたタンバリンがここに来て活きて……きません