第五十話:あの白くて柔らかくてふわふわの髪の毛を
世界最強と呼ばれる四人の勇者がいる。
以前は『鬼神レイン』一人だけが圧倒的に頭抜けており、それに次ぐ『聖女サニィ』も人が到達出来る領域にないとされていた為に、そんなものが作られることすらなかったが、少なくとも現在ではデーモンロードを個人で討伐出来る強さを持つ者、という基準をクリアした者が何人かいる。
その中で、以前から名前が知られていたのが『騎士団長ディエゴ』、『怪物ライラ』、『魔女ナディア』、そして『サンダープリンセス』だ。
聖女と鬼神がいなくなって以降四年半の間、彼らが世界最強の勇者だと言われてきた。
当然その四人の誰が一番強いか、などという話も、毎度議論されてきたことではあるが、今までは一位ライラ、二位ナディア、三位ディエゴとなっていた。
しかし『サンダープリンセス』が『血染めの鬼姫』だと知られて以来、きっちりと名前を挙げて順位付けされる様になった。
それを誰がランキングしているのかは分からず、しかし妙な説得力を持ったランク付けに、人々は熱狂していた。世界の何処かには、そんな妙な力を持った者がいるのだろう。
魔法使いであるルークとエレナが入らない辺り、勇者にしか機能しない能力の様だ。
ともかく、サニィの残した転移の魔法によって、今では大抵の情報が一瞬で世界に広まることとなっている。
ある日発表された最新ランキングには、二つの名前が増えていた。
第一位『血染めの鬼姫オリヴィア』
第二位『怪物ライラ』
第三位『魔女ナディア』
第四位『サンダル』
第五位『騎士団長ディエゴ』
第六位『小さな守護神エリー』
これが現在の暫定ランキングだ。
誰も知らない名前がそこに入っていることに、世界は大いに沸き始めた。
『騎士団長ディエゴ、最強ベスト4から外れる』
『ディエゴ四天王陥落』
そんな見出しの新聞が、謎の勇者サンダルの台頭と共に、面白おかしく掲載され始めた。
「なんじゃこりゃ、いやらしいわね」
新聞をばしばしと机に叩きつけながら、エリーはカフェで不満気に言う。
「サンダルさんと言えばレイン様のご友人。強いとは聞いていましたがそれなりとしか、随分と鍛錬なさったのですわね……」
オリヴィアは逆にサンダルの台頭を少しばかり嬉しそうに言う。
今まで連絡すら取れなかったレインの友人がそれだけの鍛錬を続けているというだけで、単純に喜ばしい様だ。
「いやいや、それはどうでも良いけどディエゴさんを叩くようなこと書かなくてもさ」
「そうですわね、エリーさんのことももっと書いて下さっても」
相変わらず不満そうなエリーに、オリヴィアはあえて的外れに答える。
メディアの考える下らない有名人いじりのネタには既に慣れている。あの手の者はどの様に反応したところで、反応した時点で思うツボなのだ。
そもそも彼を知っている人間で彼を馬鹿に出来る者など、彼の努力すら恨めしく思ってしまう可哀想な愚か者位だ。
王女ともなれば流石にそれを理解している。もちろん、ディエゴ自身も知っているだろう。
オリヴィアも一部では、引きこもり姫が裏では云々と書かれたものだった。
彼女の場合はその美貌から大多数に好かれていた為に、そんな意見は王が関与するまでもなく市民に封殺されていたようだったが……。
「いや、私はどうでも良いから。すぐ一位になるから」
「一位はわたくしですわ。王女ですもの」
「23歳の独身王女なんて何処にいるのよ……」
「ここですわ! やりますの!?」
オリヴィアの心理を読んでも、納得をしきれない14歳は、ついつい喧嘩をしてしまう。
今日のエリーは、少しだけ虫の居所が悪い。
「あーうるさい。それよりディエゴさんだよー。あの人がどれだけの努力をしてあそこまでの達人になったのかも知らずに好き勝手言ってさ」
「そうですわね。身体能力で言えばわたくし達より三段階位落ちますものね……」
「それでも私勝てないんだよ。オリ姉には勝てるのに」
エリーにとって、ディエゴは異常な人物だ。
流石に師匠のライバルと言った所か、どれだけ努力しても師匠に勝てる訳などない、身体能力も高くないのに諦めることを知らないのだ。
オリヴィアに何度負けても、それでも目標はレインだと鍛錬を続けている。
自分の様に優しい師匠や姉の様な人達に支えられることすらなく、騎士団を率いながらもただ一人で努力を続けている。
それは十分に、異常の域と言えた。
世界で一番尊敬している人物が師匠、二番目は第二の実家、宿屋『漣』の女将と騎士団長ディエゴというのがエリーだ。ちなみに三番目が聖女サニィとお母さんだ。
それは置いておいて、会話は続く。
「まぐれで一度だけ、負けたことは認めますわ。まぐれで一度だけ」
「まぐれでも一度でもオリ姉にここ3年で勝ったの私だけじゃん」
「うぐ、でもでも」
悔しそうに言う。まぐれとは言いたいものの、そのまぐれすら掴まさなかったこの三年間、オリヴィアは確かに無敵だった。それをようやく破ったのがエリーであることは嬉しいことでもあり、悔しいことでもあり。しかし、それも今のエリーにとっては大したことではない。
今のエリーは、少しだけ虫の居所が悪い。
「いや、オリ姉が強いのも良いからさ、ディエゴさんだよ。この新聞書いた所に殴り込み行こう?」
これだ。
割とエリーは手が早い。以前の『母親アリス海豚亭修行事件』の時もそうだったが、瞬時にルークを殴りかけていた。それをオリヴィアは、少しだけ心配している。
もちろん、本当に誰かを殴り飛ばしたことはほぼ無いにしろ、ストレスを誰かに当たって解消するタイプであることは少し問題だ。
「あなたは毎回武力に訴えたがりますわね……。誰が教えましたのそんなこと……」
「師匠」
「えーと、レイン様そんなこと言いましたの?」
その答えに少しだけ疑わしいような、あながち間違いもない様な目を向ける。
「なるべく人の心を折れって言ってたよ。こんかいはなるべくを超えてるから滅ぼして良いはず」
「どんなシチュエーションで言われたのかしら……」
「……まあ、ディエゴさんを馬鹿にする奴は滅ぼして良いでしょう」
「……マイケルと呼んでたレイン様やわたくしは?」
「師匠はセーフ。オリ姉は後で倒す」
ここまで来て、オリヴィアは少しだけ分かった様な顔をする。
彼女は単純に、寂しいらしい。
だからこそ、少し冗談を混ぜてこう尋ねる。
「…………それ、もしかして全てわたくしと戦いたいが為に言ってません?」
「そりゃ、戦う為なら手段は選ばないけど、一先ずはディエゴさんだよー。ね、新聞社潰そう?」
「なんでそんなバイオレンスなんですの今日は……」
理由はわかっているものの、あえて聞く。
その答えは、やはり想像通りだ。
「そりゃ、アリエルちゃんがお休みで会えなかったからだよおおおおおぉぉぉぉ!」
「そんなことだろうと思いましたわ……」
以前の事件から人を余り信用できないエリーは、大切な人に対する執着は人一倍だ。
どうしても、唯一無二と言える友人が恋しいのだ。つい先日は母親が恋しくなったところ、オリヴィアではない大切な誰かと触れ合いたいのだろう。
その触れ合いたいという感情が、少しばかりエスカレートして新聞社襲撃という発想に繋がっているのだと、ようやく全てを理解した。
「体調崩す程働かせてるこの国を滅ぼしてやりたい」
今度はそんなことを言う。
「働かせてるわけじゃないはずですから。落ち着きなさいな」
この国はあくまで『女王エリーゼ』を中心として造られた国だ。
誰よりも大切なのは現女王であるアリエル・エリーゼ16歳。
彼女に過労を課すことなど、この国では有り得ない。
『アリエル』を過剰に働かせることなど、『アリエナイ』
「なんか下らないこと考えてなかった?」
「考えてませんわ」
「まあ、それはともかくだってだって、久しぶりのアリエルちゃんが、あの白くて柔らかくてふわふわの髪の毛をもふもふしたかったのに。二の腕だってぷにぷになのに」
「倒れる程に努力してる女王様にぷにぷにって言ったらダメですわよ?」
女王アリエルは常人を少しだけ超える程度の身体能力しか持たない勇者だ。
その特殊な力故に現在でも既に優秀な指導者である彼女は、他の英雄候補に迷惑をかけない様にと日々努力している。
ディエゴに少しだけ似たその努力も、しかし常人並みの心の彼女にとっては大変なことだ。
たまに体調を崩すのだということは聞き及んでいる。
「んんん、あ、イリス姉呼んで治してあげよう」
提案しておいて間違ったと思いつつ、少し顔色を変えたオリヴィアに向き直る。
「今日位は休ませてあげなさいな。治療はこの国では完璧な筈ですから。疲労もライラさんが引き受けてるはずですし。単純なお休みも必要ですわ」
アリエルは、女王だ。優秀な宰相が居るとはいえ、自由に動き回れるエリーとは違う。
柵もある。今回もエリーが何者かを知っている侍女に、頭を下げられて面会を断られたことを思い出した。
「……そっか。私みたいに村人Aじゃないもんね。女王様なの忘れてた」
「まあ、お友達ですものね」
「うん。私が行ったら無理にでも起きちゃうのがアリエルちゃんだから、今日は大人しくしよう」
「そうしましょう」
まだ少し子どもなエリーのわがままをなんとかたしなめ終えたとオリヴィアははあ、と安堵のため息を漏らすのだった。
「うん、新聞社何処だっけ?」
この言葉を聞くまでは。
「大人しくしましょう?」
「……うん」
本気で師匠を思い出させる圧力を感じたエリーは、流石にその日一日大人しく過ごしたのだった。