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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第三章:王国最強の騎士と王
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第三十八話:小さな名前

 王城内の一室、ババ様と呼ばれる予言者の住まう部屋の一部はグレーズを守る為の作戦会議室としても使用されている。高齢の為侍女達が常にその世話をしているが、あまり長距離を移動するわけにもいかずこの様な生活となっている。


「早速だがババ様、魔物の出現状況は?」

 王国の地図を広げながら王が尋ねる。

「ああ、今はまだじゃが東の、200km程のところ、デーモンロードじゃな。少し弱いのが二体」

 ぽんぽんと駒を置きながら、ババ様は絶望を口にする。

「二体か……」


 デーモンロードは本来『死の山』に5年に一度しか生まれない災厄だ。

 鬼神曰く60m級のドラゴンと近しい力を持つ化け物。通常であれば狛の村の住人達が倒してしまうので被害は殆ど出ることがないのだが、その知能の高さから気まぐれなドラゴンと違い、単純に人類を敵とみなす化け物中の化け物。

 これが2体となれば、王都は陥落する。しかし、それだけでは終わらない。


「西は雑多な魔物の大群、2000。一匹でかいのが……キマイラじゃ」

「なるほど。確かに最悪の災厄だ。ふむ」

 ディエゴが悩む。しかし、王はケロッとした表情で言った。

「確かに最悪だ。しかし、魔王には全く及ばない。そして、9年前のアレ程でもない。世界トップクラスが3人も揃ってこれを乗り越えられなければ、次の魔王に世界は滅ぼされるな」

「ええ、お父様の言う通りですわね」

 そういうオリヴィアの表情も冷静そのもの。

 エリーに至っては、うずうずしている様にすら見える。

 そんなみんなを心配そうに眺めるアーツに、王は言った。


「アーツ、王とは決断する者だ。時には苦しいこともある。しかし、国を守る為には大切な人を殺さねばならん時すらある。オリヴィア、エリー、二人で二体のデーモンロードを頼む。進路上には街がある。守ってくれ」


 デーモンロードは、60m級のドラゴンに近しい化け物だ。それが少し弱いとは言え二体。

 そこに、最高戦力の二人を放り込む。

 未だ魔物を見たことがないアーツにとってそれがどれほど大変なことなのか想像はつかないが、心配だけは膨れ上がる。


「もう、お父様は言い方が下手過ぎますわ。それではわたくし達に死ねと言っているようなものではないですか」

 そんな風に父を叱るオリヴィアを見て、エリーもアーツの頭をぐしゃぐしゃと撫でながら言う。

「アーツ、私達は鬼神の後継者『血染めの鬼姫』と『小さな守護神』よ。ちょっと強い位の魔物に負けたりはしないわ」

 その瞬間、シーンと静まり返る空間。

「はっ、聞いたことがある! ドラゴンを倒したんですよね!?」

「え、なんですのそれ」


 王都では、二人の新しい英雄の名前が知れ渡っていた。

 砂漠にてドラゴンを倒した王女様と少女。

『サンダープリンセス』とか『雷姫』の正体はオリヴィアだと今は知られている王都に、そのドラゴン戦での戦い方より大きく伝わることになった。

 当然その噂は、少しだけ王城にも伝わっていた。

 エリーは訓練場までの道中で、それが広まっていることを既に確認していた。

 心を読む力というのは便利なものだ。

 騒ぎにならないようにとオリヴィアが変装していたおかげで、オリヴィアは偶然それに気がついていなかったらしいのだが……。


「姉上はあの『鬼神レイン』を継ぐ『血染めの鬼姫』と呼ばれ始めているそうです! 格好良い!!」

「……」


 オリヴィアは、聖女が付けた『サンダープリンセス』とかいうダサい通り名を気に入っていた。

 少なくとも、自分からそれを名乗る位には。

 仮面を付けたままこっそり勇者活動していた8年間、ずっとそれを名乗ってきたのだ。

 それを、関係者の全員が知っていた。だから、それが知れ渡っているということを皆が口に出さなかったのだ。オリヴィアの機嫌を無駄に損ねない様に。

 まだ子どもなアーツと、いたずら好きのエリーを除いては。


「私の『小さな守護神』は?」

「エリーさんにぴったりです! 鬼神レインって狛の村では守護神って呼ばれてたんですよね?」

「そうよ。そして守るのが私の戦い。だから、師匠を継ぐものとしてデーモンロードからもきっちり街を守ってあげるね」

「お願いします! エリーさん、姉上!」

「任せて!」

「……」

「姉上?」


 先程から喋らないオリヴィアに、アーツは心配そうな顔を向ける。

 ディエゴも王も、ババ様も喋らない。オリヴィアが何を考えているのか分からない。

 王は聖女のネーミングセンスは大好きなのだが、『サンダープリンセス』だけは安易すぎやしないかと思っていたので何も言えない。


「『鬼神レイン』を継ぐから『血染めの鬼姫』と言いました?」

「そうです。最強に相応しい二つ名はそれしかないと僕は思います!」


 純粋なアーツは皆が押し黙る中そう答える。


「……」


 そして、エリーだけが知っている。

 今、オリヴィアは凄まじい葛藤の中にいる。

 サンダーなんとかは大好きなお姉様が付けてくれた二つ名。それに対して血染めのなんとかは師匠を継ぐ二つ名だ。その犯人は確実にエリーだと分かってはいても、アーツが喜んでいる。この場でエリーを叱ってしまえばアーツは悲しんでしまうだろうし、師匠を継ぐ二つ名は正直憧れる。

 心を読めるというのはなんと卑怯な力なのだろう。しかし……。

 そんな風に葛藤している。

 そして結論は、再びアーツが泣きそうになった所で出たようだ。


「そう! 最強の英雄『鬼神レイン』を継ぐのはわたくし『血染めの鬼姫』オリヴィアですわ! 『小さな守護神』みたいな小さな名前ではなくわたくし! さあ行って参ります!」

「……やけくそになったわね…………姫って付いてる時点で神より小さいでしょうに……」

「おだまり! 行きますわよエリーさん!」

「はーい」

【ああもう! どっちも捨てがたい!!】

 

 オリヴィアの妙な心の声を聞きながら、エリーは手を引かれ早速走り出すのだった。

 目的地は転移可能地域とは違う為、走ったほうが早い。全力で走れば普通に間に合う見込みだ。

 

「姉上は僕のせいで怒ってしまったのでしょうか」

「いや、あれはエリー君と仲が良いだけでしょう。さて、私と騎士団が西部防衛をします。キマイラは私が討伐するので陛下、騎士団の指揮はお任せしても?」

「……俺も出――」

「ダメに決まってるだろ馬鹿」


 結局ババ様に「こっちも仲が良いのさね」と頭を撫でられ、アーツは不安を感じながらも魔物達の襲撃に備えるのだった。

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