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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第二章:聖女を継ぐ者達
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第三十三話:はあぁ、溜息が出そうだよ

 エレナは雪崩の中、身体強化で丸まってそれに流されていた。半分賭けではあったものの、イメージの力が異常に強い彼女はそれでなんとか耐えられた。

 地面の土を纏うなどの方法も考えたが、ノームに油断を誘う映像を見せたいことが理由で間に合わなかったし、流されない様に地面を持ち上げ耐えてしまえばノームとの距離を縮められない。

 全身に痛みは走るものの、周囲の雪を溶かしながら地上へと飛び出ると、丁度作りかけのストーンゴーレム、地面から生えた岩の上半身の下で雪崩から身を守っているノームと目が合う。

 ノームは死んだと思っていたエレナが生きていたことによりその目を見開き驚愕の表情で、隙を露わにする。


「あら、運が良かったわ。あなたにとっては最悪ね。おやすみ」


 言って、得意の幻術をかける。すると、恍惚の表情を浮かべ、作りかけのゴーレムに叩き潰される。

 世界で最も戦いたくない魔法使い、且つ最強の魔法使いの一人とされるエレナと思考力を持つ者が目を合わせるということは、つまりそういうことだ。アンデッドですら、生前を思いだし自ら命を絶つ幻術。

 彼女以上の力を持つ者が、彼女よりも強い意志を持たない以上、彼女に逆らうことなど出来はしない。

 上半身だけのその拳の端からは大量の血が滲んで、エレナの戦いは終わりを告げた。


(ルー君、終わったよ。後片付けだけ手伝ってくれる?)


 そんなことを甘えた声で言ってみれば、当然の様に頼れる婚約者はこの様に答える。


(ストーンゴーレムが十四か。了解。取り敢えず引き寄せるから動かないでね)


 未だ、たったの一体もゴーレムは倒せていない。雪崩で何処かに流されはしたはずだが、岩で出来たそれが一度の雪崩で簡単に活動を停止することはない。

 バサっという音と共にエレナがルークの手元に現れる。エレナのいた場所には代わりに赤い宝石が。大体等価の物を交換する様に位置を入れ替えるのが、ルークにとっては一番簡単だ。

 もちろんエレナに代わる物など存在しないので、手元にあった一番大きいルビーを使う。以前アルカナウィンド王都に行った際、エレナが気に入ったという理由で購入していた物。常にこれを持ち歩いては後で回収に行く。それがルークのスタイルだ。


 しばらく重力の操作で空に留まっていると、もりもりとゴーレムが様々な場所で動き始めるのが見える。

 それらをルークの丁寧なウォーターカッターで分解して、今回の襲撃は遂に完全な終わりを迎えた。


 村の方は幸いにも、オークとオーガのみ。今のマナスルの魔法使いであれば、遅れをとることなど有り得なかった。


 ――。


 エイミーが呪いに罹った。

 一先ずそれをエレナに伝えると彼女も気になると言うので、山頂に向かう。


「この本が普及すれば世界の識字率も大幅に増えるわ。現在は魔法使い以外は読めなくとも大したことはないかもしれないけれど、将来的には教科書のようにも使えるはず。なんとしてでも聖女様の教えを説かなくては。あら、ルーク、エレナ、どうしたの? 騒動が済んだのだから他の所に行かなくて良いの? 私はまだまだやることがあるのだからあなた達にかまっている暇はあまりないわよ? でもどうしてもと言うのならパシ、聖書の配布を手伝わせてあげても良いわ。南の大陸はまだ普及率5割というところだし、配ってきてくれない?」


 着いた途端、こうだった。

 エレナはいつもの先生じゃん、といった顔でルークを眺めると、ルークも胡乱な眼差しでエイミーを見つめる。現状呪いの有無を確認する方法はないのが悔やまれるところ。


「いえ、僕達は先生の呪いが気になって来たんだけど……」


 そう訪ねて、返って来た言葉に酷い頭痛を覚えるのだった。


「私は聖女様の為に死のうと思ったのであって、聖女様が死ぬなと言ったのだからもう死ぬつもりはないわ。だからこの呪いはほぼ無意味なのよ。胸を刺せなくなっただけで手足なら傷付けられることはさっき試したし。それに邪教徒共に信仰の素晴らしさを説くために今まであんな戦い方をして来ただけなのよ。それが禁止されたとなったらますます真剣にこの本を増やすしかないじゃない。ってことで、私は魔王戦には参加出来ません。魔王との戦いはきっと恐怖で足でまといになるだけだからね。だから私はこの聖域マナスルを命を懸けて守るわ。死ぬのが怖くてもそれくらいなら聖女様の為にやり遂げてみせるから。はい」


 いや、はいじゃないが。

 そう、ルークは深く溜息を吐く。本当にどうしようもない先生だが、確かにこの場所はこの場所で、守らなければならない。自分とエレナの第二の故郷であって、聖女と鬼神に出会った場所。

 それをこのキチ……狂信者が守ってくれるというのなら、ある意味頼もしい、の、かもしれない。


「はあぁ、溜息が出そうだよ」

「何度も出てるよルー君。まあ、先生は先生の噂が立った瞬間から先生で先生を信仰しちゃってるから、最初から魔王と戦う気はあんまりなかったからね……。まあ、ヴァンパイアロードも無駄な呪いご苦労さまってところ?」


 その通り、魔王が生まれたら現在マナスル最強の魔法使いとしてその討伐軍に加わるということに、エイミーは嫌な顔をしていた。

 聖域を離れたくない。

 魔王討伐軍を主導するのが聖女であれば別だが、それを作ったのは鬼神だと聞いている。

 鬼神には大して興味がない。聖女様の伴侶として認めてはいるものの、それだけだ。

 だから今回の呪いは体よく討伐軍参加を断る口実を見つけたという所だろう。

 

 彼女の信仰は、それはもう、最初から狂っていた。


「まあ、先生だし良いか」

「そうね、先生だし仕方ないわ」

「村で防衛しても同じってのは、結局ここを守らなきゃって言い始めるってことだよね……」


 そうやって二人で溜息を吐いている間も、エイミーは本を増やす呪文を唱え続けているのだった。

 そして仕方ないなと下山しようとした時、先生は言う。


「ルーク、エレナ、必ず生きて帰ってきなさいよ。聖女様の教え子が負けたなんて、あってはいけないことだから」


 ……。


 全く、本当に仕方のない先生だ。


 ――。


 極西の島国、一人の女が一冊の本を読み耽っている。

 河豚料理『海豚亭』の、その一室。

 貸し与えられた部屋の中で、女は本の虫とばかりにそれを読み続ける。

 

 その本には、聖女の知る全てが書かれている。

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