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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第二章:聖女を継ぐ者達
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第二十五話:たまちゃんがまた馬鹿な男を取り押さえたぞ

 ある島国の港街、現在この街で一二を争う河豚料亭『海豚亭』に一人の女がいる。

 見事なさらさらの黒髪を靡かせ、店内を忙しなく動き回っている。

 この世で一番と言っても良いほどの美貌を持つ彼女は、客からも店員からの信頼も厚い。


「たまちゃん、今日は領主様が見えるからいつも通りお願いね」

 大将も笑顔で彼女の肩を叩く。

「はい。お任せ下さい」

 女はいつも通りの清楚な微笑を湛えて答える。


 領主はこの海豚亭を贔屓しており、毎月必ず食べにくる。その目的の一つが、彼女と話すことでもあるらしいが、一切手は出さない。

 そこを弁えている辺り、女の方も相手をするのに抵抗はない。

 女はその美貌故、しばしば男性客に絡まれては不快な思いをさせられていた。

 少なくとも、周囲から見れば明らかに迷惑な客は彼女が来てから増えている。それでもこの店の評判は落ちないどころか、むしろ鰻上りとなっているのは、ある一件を堺に彼女自身がそういった客を上手くはじき出せる様になったからだ。


 ある男に襲われ憲兵まで出張る事件になった日以来、女はそういった場合の対処の方法を考えに考えた。


 昔は適当に殺してしまえば全て解決していたが、街で暮らす様になってからは力を振るうことを恐れた。

 もしも殺しなどしてしまえば、きっと一瞬で勘付かれ殺されてしまう。

 しかし、何もしなければそれはそれで、襲われるような事態に陥ってしまう。

 生来の、魅了の力によってそれは避けられなかった。


 本日も、領主の前哨戦とばかりにそんな面倒な客がやって来た。


「たまきちゃん、今日は何時に上がり? 遊びに行こうよ」


 店に入ってくるなり、男はそんなことを言い始める。

 腰には大きな剣を佩き、手にできたマメはそれなりに経験を積んでいるのだと理解できるが、大した事はない。精々街の冒険者で上位5%といった所。

 上位5%となれば一流と言っても差し支えないレベルではあるのだが、こんな微かな魅了に釣られてしまう時点で底が知れているというもの。あの方に比べれば、と考えれば溜息が出そうな程に低レベルだ。

 漏れ出てしまう魅了の力はどうやっても女を求める馬鹿な男には届いてしまうのが困りもの。


「あら、わたくしを誘うならもう少しお強くなられてからの方がよろしいのでは?」

「んん? 俺だってこないだ鬼を60匹も倒したんだぞ。この街じゃ知らない者は居ない冒険者なはずだ。たまきちゃんも知ってるだろ?」

「いえ、存じませんね」


 冷静にそう言えば、男は当然激昂する。

 しかし、事は簡単だ。

 男が暴れる寸前で押さえつけてしまえば良い。

 未遂だから、等という言葉はここでは通用しない。

 あの聖女すらも気にしない程度の魅了に5年間浸かったこの店の従業員は、全員が女の味方。

 ただの簡単な体術で手早く男を取り押さえると、男はそれっきり自信を折られ、店には近づかなくなる。

 何より、周囲の全てが女の味方で男の敵だ。一度これをされた者は常に彼らの視線に晒されることになる。


 強い力を行使しなければ、様々な意味で危険は起こらない。


 流石に初めての時は死を覚悟してやったものだったが、結果は「大丈夫」だった。

 つまり、今現在では。


「おー、たまちゃんがまた馬鹿な男を取り押さえたぞ」

「おら、お前なんぞがたまちゃんに手を出そうなんざ許されねえんだよ」

「せめてもっと強くなって出直してきなさい」

「あのグレーズの騎士団長ディエゴ様位にね」


 そんな風に、見世物として好評を博している。

 そして毎回女は言うのだ。


「わたくしは鬼神レイン様のものですから、下手に近づくと彼が来ちゃいますよ?」

 

 そんなハッタリめいたことを。

 しかし、それはその場の全ての人を納得させる一言だった。

 自分を手に入れたかったらドラゴンの一匹くらい一人で倒しなさい。

 そんな傲慢を誰もが許さざるを得ない程に、たまきの美貌は人の限界を超えている。


 女は、『妖狐たまき』はそんな存在だ。


 ――。


「しかし、今月で辞めちゃうのか。寂しくなるな」

 領主は本当に寂しそうに言う。

 嫌味のない、人の良さそうな男だ。

「すみません」

 たまきも少しばかり寂しそうにそう答える。

「いやいや、どうしてもやらないといけないことがあるんだろう?」

「ええ、とっても大切なことがあります。元々、この街にこんなに長くお世話になるとは思ってなかったもので」

 領主は現在のたまきにとって殆ど本音で話せる数少ない人物。以前の憲兵騒ぎの際に、海豚亭に残ることを全面的に支援してくれたのは領主だった。

「そうか、外ならぬたまちゃんの事だからね。私は応援するよ」

「ありがとうございます。必ず成し遂げてみせますね」

「ああ、またこの街が恋しくなったらいつでもおいでよ。いつでもここの料理をご馳走する」

 そんな暖かい話をして、その日も領主は満足そうに帰っていった。


 ――。


 聖女サニィとの戦いで六本もの尾を失い、大きく力を失っていたたまきは現在、元の力をようやく取り戻していた。

 尾は九本に戻り、弱いまま人間と触れ合った5年間で力を制御する技術を手に入れ、以前よりも暗躍が得意となった。

 とはいえ現在は国を落とすことに興味はない。

 人間として過ごすのも、それなりに悪くはないと思っている。


 しかしやはりというべきだろうか、彼女は魔物だ。邪悪な意思は、常に語りかけてくる。


 魔物をして『世界の意思』と呼ばれるそれは、彼女に今日もこう語りかける。


【次の魔王はお前でも良いのだぞ。世界を滅ぼせ】


 それに対してたまきは、今日もいつもの様にこう答えた。


「今日も無駄なお説教ご苦労さま」

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