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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第二部第一章:鬼神を継ぐ二人
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第十二話:わたくしの脚にその短い脚で勝てるわけありませんわ!

 冷静に考えてみれば、【呪い】に罹っている母を置いて、私が魔王を倒す旅になんか出られる訳がない。

 かつての私の目的は、あくまで母を守ることだった。


 母を守る為ならドラゴンを倒すし、魔王だって倒してみせる。

 ただし、町に近づいてきたら。

 そうでなければ何処かの誰かが、そう、オリ姉辺りがきっと倒してくれる。

 他の仲間達もとても強い。

 一度だけ行った旅の時には、常に聖女であるサニィお姉ちゃんが町の様子を見守ってくれていたから安心して出かけられたんだ。


 師匠の教えも、最初から最後まで大切なものを守れと一貫していた。

 だからこそ、私は母を守る力を得る為に強くなる努力をしたのだ。


 ――。


「ねぇお母さん、呪いってなに?」


 きっと生まれた日よりも多く泣いたあの日の翌日、エリーはどうしても気になってそんなことを尋ねた。

 母アリスは呪いに罹っていた。

 その事実すら昨日初めて知った上に、【呪い】とやらが何かすら分からない。


「そうだね、今なら話せそう。……呪いっていうのはね、エリー」


 母はそうしてゆっくりと、絞り出す様に語り始めた。


「あ、まず始めにね、これはあなたのお師匠様と、サニィさんが解いてくれたの」

「うん」


 優しさと、喜びと、感謝、そして悲しさと寂しさの入り混じった感情で、母は言う。


「この呪いに罹るとね、頭の中に数字が浮かぶ様になるの。1825って」

「1825?」

「うん、1825。でもその数字はね、毎日一つずつ減っていくの」

「……うん」


 恐怖の感情を感じ取ったエリーは、不安げに頷く。

 もう、聞かない方が良い気がする。

 凄く聞きたくないことが言われる様な……。


「つづけて……」


 しかし、エリーはここで勇気を振り絞った。守るべき母に起きたことは知らねばならないと、強い正義感に押されて、幼い心のままに尋ねてしまった。

 それが無謀だと、力を持たない母は気づかない。


「うん、毎日一つずつ減っていく数字、1825日。つまり、5年でね、呪いに罹った人は死んじゃうの」

「……それって」


 もうすぐ、二人と出会ってから5年が経つ。

 もしも、もしも出会う前から二人が、もしくはどちらかが呪いに罹っていたなら。


【そう、レインさんもサニィさんも】


 思い至った瞬間、母からそんな心の声が聞こえてきた。

 魔王にすら打ち勝つ師匠と、奇跡を起こすお姉ちゃんが、越えられないものがある?

 やはり、有り得ない。


「そんなの嘘だよ」

「エリー?」

「師匠やお姉ちゃんが呪いに負けちゃうなんて、そんなの嘘だよ」


 母が嘘を吐いている様には思えない。

 思わず口から出てしまった言葉から感じる母の感情は、困惑だ。

 本当のことを言っているのに、受け入れられない。せっかく治ったことを喜んだのにという少しの悲しみ。

 だからこそ、それは紛れもない真実なのだ。


「お母さんは、なんでそれをわたしに言ってくれなかったの!?」


 受け入れられず、そんな言葉を吐いてしまう。

 

「エリー、私はね、一度レインさんにお願いしたことがあるの」

【私の命は少ないから、娘を連れて行ってくれないかって】


 嫌だ。今まで必死に守ろうと努力してきたのに、突然それが意味なかったかもしれないだなんて、聞きたくない。

 師匠は守れって言ったのに、それも嘘だったかもしれないなんて……。


 突然の膨大な情報に、その許容量を超えてしまったエリーは混乱する。

 その呪いは治っている。

 それは分かっているはずなのに、その為に母と同じ位好きな二人が犠牲になるだなんて、認めたくない。

 かと言って、この怒りと悲しみのぶつけどころが分からない。

 

 二人の代わりにお母さんが、いや、有り得ない。一番大切なのはお母さんだ。

 そもそも二人が本当に呪いに罹っていたのか。考えたところで分からない。

 自分相手に隠し事など出来るのか、でも、今伝わってくる感情だけは、全て本物だ。

 自分自身の心さえ大きく揺さぶられてしまうこれだけは、どうしようにも否定できない。


「みんな、みんな……」


 ぼろぼろと涙が溢れる。

 母が生き延びて嬉しい、母が何も言ってくれなくて悲しい、師匠とお姉ちゃんが死んだなんて認めたくない、師匠が守れと言った母が死んでいたかもしれないなんて、オリ姉はどう思ってあんな態度を取っていたの? あんなに好き好き言っていたのに、なんで送り出してしまったの? 知っていたのに。女将さんは? この町の人達は? 

 あらゆる感情が、自分の中を支配する。

 混乱する頭の中、そんな中で、明確なことが一つだけあった。


 わたしだけが、仲間はずれだったんだ。


【あの呪いは、本当に怖かったの】


 そんな心の声が聞こえたのと同時、エリーは走り出していた。

「嘘吐き!!!」

 本当は思ってもいない言葉を吐き捨てながら、母の悲しみをその背に受けながら、一本の剣だけを持って、宿の外に、町の外に、飛び出していった。


 ――。


「ねえオリ姉、あの時どうやって私を見つけたの?」

「どの時ですの?」

「ほら、師匠とお姉ちゃんのことを知っちゃった次の日」

「正確には、見つけたのは1週間以上経ってましたわ」

「そっか。必死過ぎてなんにも分からなかったよ」

「それも仕方ありませんわ。わたくしだって必死だったんですもの」


 レインとサニィの慰霊碑が残る場所へと向かいながら、二人はあの時のことを話していた。

 エリーが町を飛び出してからオリヴィアが見つけるまで13日が経っていたことを、二人ともがよく覚えていない。

 しかし、エリーはあの時オリヴィアが自分を救ってくれたその光景を忘れたことだけは、ただの一度も無かった。


「あの時はそうですわね。お姉様が導いてくれたんです」


 エリーが見つかった場所は彼女が住んでいた町ブロンセンから約850km程離れていた。

 そんな距離を、オリヴィアはたった一人で見つけ出したのだ。

 オリヴィアも、今自分が言った言葉を何も疑っていない。

 ただ一つだけ、おかしいところはあったけれど。


「そっか、お姉ちゃんの導きなら見つかっちゃうのも仕方ないね」

「そうですわ。だからお師匠様だけではなくて、ちゃんとお姉様にもお礼しなければいけませんわよ」

「うんもちろん。それじゃ着くまで競争ね。勝った方が月光を貰うってことで」

「ちょ、それは……、でも良いでしょう。雷にも例えられるわたくしの脚にその短い脚で勝てるわけありませんわ!」


 オリヴィアは、割と頭がおかしい。

【お姉様のおかげで、たったの3000km程度で見つけられたんですもの】

 850km離れた自分を見つけるのに3000km以上走って来て、それでも聖女の導きだと疑わない。

 余りにも純粋で、余りにも優しい。

 だからこそついつい甘えてしまうけれど、きっと今回も負けるのは自分なのだろう。

 常にエリーよりも上にあろうとするその本気さが、今のエリーにはとても心地よいものだった。

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