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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
最終章:二人の終末の二日間
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第二百三十五話:終焉のひと時には落雷を

 南極点、二人の英雄が、世界を少しだけ救おうとその地に立っていた。

 魔王を二人倒し、魔法を発展させ、ドラゴンを絶滅させた二人の英雄。

 世間的には、聖女と鬼神と呼ばれている。


「レインさん、今更ですけど、助けてくれて本当にありがとうございました」


 聖女はそう言って、鬼神に頭を下げる。

 彼女はかつて、その鬼神と呼ばれる男レインに命を救われている。いや、正確には何度殺されても死なない身だった。

 その魂と尊厳を救われた、と言った方が正しいのかもしれない。

 オーガに生き物としてすら扱われなかったあの数日間。そこから救われたと言うだけで、それは一生を捧げても良い程度には感謝すべきだと、今では思っている。

 もちろん、今はよく似た別の動機で一生を捧げることに決めている。


「俺もお前を救えて良かった。お前を救えなかったら、きっと俺は何一つ救えずにこの旅を終えていただろう」

「あはは、大げさですよ」


 二人は、向かい合って微笑み合う。

 今日、二人が救う世界は人口の2%程と言われている魔王の呪いに罹った者達だ。

 呪われた者達に親しい者達も同時に救うとなれば、少しだけということはないかもしれない。

 しかし、魔王に比べたら人口に与える影響はそこまで多くはないだろう。

 

 だから、二人にとっては少しだけなのだ。

 

 それでも、二人は呪いを解かなければならない。

 アリス、エリー母娘の為、エリーゼの為、親友の為、そして互いの愛する者の為に。

 多くの者を苦しめたこれを、解かなければならない。


「では、手順を確認しようか」

「はい。これは魔王以上の力がなければ解けません。すなわちレインさんのことですね」

「ああ、俺の体が望みか」

「変な言い方しなくて良いですよー」

 少しだけふざけつつ、話を進める。

「レインさんの体は絶妙なバランスの上に成り立っています。そのバランスを崩せば」

「消滅が始まるんだな」

「はい。それを、私が解呪の力に変換します」

 事も無げに、二人は言う。

 今日、二人はここで死ぬ。

 呪いを解く為には、その命を使わなければならない。

「それで私の体を触媒に、その変換した力を世界へと拡散させます」

「宝石ではダメなのか?」

「今更お前は生きろってのはなしですよ。私の体じゃないと出来ないこともありますし」

「……そうだな」

「で、拡散した私で世界に新しいルールを敷きます」


 サニィは続ける。

 一つ、分解魔法の単独使用禁止。

 これは、自分よりも弱い力の者であれば、場合によっては一切の抵抗を許さず消滅させてしまえる。もし魔王が使えば……。


 二つ、転移魔法の呪文適用。

 サニィが考え抜いた呪文を唱えることによって、サニィが世界に振りまくことになる力、マナに語りかける力の残滓が、対象を転移先へと導く魔法。目的地によって細かく呪文が設定されている。転移先は全て、サニィの残した花の川周辺だ。

 

 三つ、魔法の強化。

 サニィの力の残滓が、ほんの少しだけ世界に影響を与える。魔物には適用されず、魔法使いやイリスにだけもたらされる聖女の恩恵。


「お前は本当に聖女だな」

 内容を改めて確認して、ぽつりとレインが言う。

「あはは、呪いを解くのはレインさんですから、どっちもどっちですよ」

 サニィは少しだけ恥ずかしそうに答える。


「ところで、俺の体は陰のマナの方が多いんだよな。余ったものはどうなるんだ?」

「んー、私と混ざって消えちゃうと思いますよ」

「それなら良いな」

「あはは、なんですかそれ」


 少しだけでも混ざりあえるのなら、それが理由で消滅してしまうのも悪くない。

 二人共が、そんなことを思う。

 

「ところでレインさん、一つだけ言いたかったことがあるんですよ」

「なんだ?」

「実は、私達の受精卵なんですけど、魔法で保存してオリヴィアに渡してあります」

「……は?」


 ギリギリになって、聖女は至近距離で爆弾を投げつける。


「い、いや、聞いてくださいよ。あの子、子どもが出来ない体なんです」

「……」

「聞いたら是非って言うものだから、ちゃんと適合する様に調整してあげちゃいました」

「……なんというか、お前はやっぱり魔王かもしれんな」

「未練、出来ちゃいました?」


 そんな悪魔的なサニィの言葉に、レインも何を答えていいのか分からない。

 オリヴィアは唯一、自分達の死を除けば幸福で出来ている勇者で、初のただ幸せな生涯を迎える英雄になるかと思っていたのに。

 知らなければ、少なくともレインの中ではそうだったのに。

 単純に幸せになってもらいたいと考えて、少しだけ冷たくしてきたのに。

 しかし、オリヴィアが欲しいというのならば……。


「全く、もう少し優しくしてやれば良かったと後悔の念だけが湧いてくる」

「でもあの子、レインさんの膝に乗れて本当に幸せそうでしたよ」

「まあ、お前が言うならそれで良いのか……」

 

 なんとなく納得は出来ないが、サニィがそういうのであれば、無理にでも納得するしかあるまい。

 少なくとも、オリヴィアが幸せそうにしていたのだけは本当だ。


「ま、オリヴィアもこれで少しだけ寂しさが紛れると思いますから安心してください」

「全く、最後に悪魔のようなことを言いやがって……」

「元魔王ですからね。これでレインさんがやっぱり生きたいって言ってくれれば、私としてはオリヴィアのことを幸せにしてくださいって言えるんですけど」

「そんなことを言えるわけがなかろう。俺はお前を選んだんだ」

「あはは、最後の交渉失敗ですね」


 ……。


 少しの沈黙の後、二人は手を取り合って言う。

 

「サニィ、今日俺と死んでくれるか」


 レインの言葉に、サニィは頷いて答える。


「はい。あなたと一緒に死んであげます」


 あの日から、1821日。

 今日が正に、呪いのリミットだ。

 ずっと一緒にいた。色々とあったけれど、概ね幸せだった。

 そうして二人は、いつしか確信した。

 死が二人を繋ぐ時まで、一緒に居たいと願っている。


 だから二人は互いの為にこう想う。

 

 お前の為に、あなたの為に死ぬのなら、それは本望だ。


 ――。


「レインさん、準備は良いですか?」

「ああ、頼む」

「それじゃ、始めますね。あ、好きです」

「ああ、俺もだ」


 いつもの様に重要なときにこそあっさりと、二人は言う。

 そうしてサニィは南の中心に愛杖『フラワー2号』を突き刺すと、全てを終わらせる呪文を唱え始めた。彼女によって制御された唯一の呪文は、フラワー2号を通じてその効果を何倍にも高めていく。

 まるで蕾のようなその杖の先端から光の花が咲く様に、世界に魔法が広がっていく。

 少しずつ、互いの体が薄れていくのが分かる。


 そんな中で、二人はあることを考えていた。

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