第二百三十一話:許される唯一の日
「ッ! わーい!」
「修行中に駆け出すなんてどうしましたの?」
港町ブロンセンの兵士達の訓練場、突然何かを察して金髪の少女が跳ねる様に走り出す。その紅い瞳は喜びに輝いて、小さい体も相待って嬉しさを全身で表している。
ぴょんぴょんと聞こえて来そうな程軽快なステップは、その体に付けられたいくつもの武器をがしゃがしゃと鳴らしながら、若干異様な光景を作り上げる。
「あ、あぁ、なるほど。そういうことですのね」
茜色の美少女は納得する。
金髪の視線の先、ほんの微かに二人の人影が見える。
それを目にした途端、その体は前をがしゃぴょんと走り出した少女と同じ様に動き始めた。
1ヶ月前に少しだけ会ったけれど、ちゃんと会うのは久しぶりの、最後の再開。
一先ずは、その喜びの方を、全力で表していこう。
「ししょおおおおおぉおぉお!!!」
猪もかくやといった勢いで金髪の少女が二人組みの一人、ししょおと呼んだ青年に突撃する。
青年はそれをそのまま胸で抱きとめると、そのまま一回転してその勢いを見事に受け流しつつ、少女を受け止める。
「おお、見ないうちにまた少し大きくなったか、エリー」
「うん! 一寸半位伸びたよ!」
「そうかそうか。成長期だもんな」
師匠の青年は抱きとめた少女の両脇を掴みながら、がしゃがしゃと武器が鳴るのも構わず上下に揺する。
「レイン様ー、お姉様ぁぁあ!」
ほんの少し遅れて、茜色の美少女も到着して、一瞬迷う。
青年に抱きとめられている少女が羨ましい。いや、羨ましすぎる。
しかし、隣で微笑むお姉様もまた、捨てがたい。いや、捨てがたいは失礼だ。同じ位に自分の身体は、二人ともを欲している。
「レインさんはエリーちゃんが取っちゃったし、おいで、オリヴィア」
そんな悩みが直ぐに分かったのだろう。
金髪碧眼の女性が、茜色の美少女に向かって手を広げる。
そんなことを言われてしまっては逆らうことなど不可能だった。
「お、お姉様ぁあ!」
「ごふっ」
全力で抱き着く。
どっという鈍い音と同時、お姉様が、倒れる。
……。
「申し訳ありませんでした」
茜色の美少女は宿屋漣の一室、全力で土下座をしている。
その額は、既に赤く腫れ始めている。
彼女はこの国、グレーズ王国の王女オリヴィア。
そんな王女が本気で土下座をするお姉様とは、血が繋がっていない。
つまり、本当の姉ではない。
契りを交わしたことにより本当の姉妹も同然の関係になっているものの、金髪碧眼の女性は元々親が王家の侍女をしていた。つまり、家来も等しい間柄であった。
「あはは、油断してた私も悪いから。まさか本気の踏み込みだとは思わなかったけど」
「お姉様が殆ど魔法使いだと失念してましたわ……」
しかし、王女は尚も頭を下げる。
その相手は、お姉様は、救世の聖女と呼ばれている。
かつて首都を襲ったドラゴンを、その身を犠牲にして討伐して国を救ったことから、その名前が一気に世界中に広まることになった救世主。
ファンタジーとも称されるその魔法は、今も尚多くの魔法使いに影響を与え、彼等の希望の星ともなっている。
「あの……」
そんな聖女に向かって、上目遣いで王女は尋ねる。
「もう一度、ハグしてもよろしいでしょうか」
それなりに可愛い妹のそんな願いに、答えない姉はいなかった。
「はいはい、おいで」
「お姉様……」
そうして久しぶりに姉妹は抱き合う。
そんな様子を、胡座をかいて隙間に金髪少女を乗せた青年は温かく見守っていた。
「エリー、修行の様子はどうだ?」
「大体全部の武器の力を使えるようになりました!」
「おお、そうかそうか」
姉妹の様子を見ながら、師匠と弟子は修行の話をする。
親子の様にすっぽりと収まった状態で、これまた祖父の様な感想を師匠は述べる。
「すっかりお父さんみたいですね、レインさん」
ちょうど部屋に入って来た仲居、エリーの母親アリスは二人の様子をそう評価する。
本当の父を、エリーは知らない。
「本当の娘の様に可愛いことは確かだな」
言いながらぐりぐりと頭を撫で回すと、えへへと照れながら身動ぎするのが、また小動物の様に可愛らしいと、師匠は思う。
「あ、エリーさんだけずるいですわ」
それに反応したのは直前まで姉と抱き合って心底幸せそうな顔をしていたオリヴィアだ。
エリーの妹弟子である彼女は、元々今の師匠であるレインと結ばれるつもりだった。
その想いは、今でも健在だ。
「じゃあ、わたしは師匠の肩に移るからオリ姉ここ来る?」
弟子一が余計な気を回す。
「まて」
優しいのは良いことだが、少しは独占欲を持って欲しい。
「いいんですの!?」
「良くない。まて」
弟子二もすぐに乗る。普段の我慢は何処へやら。
「きゃー、夢、夢ですわ!!」
「おいサニィ、止めてくれ」
「じゃあ私は左腕で我慢してあげよっかな」
何故か聖女も乗り気だ。
「おい」
「あ、アリスさんも来ます?」
いつもなら絶対に許さない、一児の母まで加えようとする。
「いえ、私は流石に……」
「恥じらってないで止めろ。おい、女将!」
「あら、楽しそう」
呼ぶと同時、覗いていたかの様なタイミングで女将が部屋へと入ってくる。
「じゃあ私は右腕をアリスと一緒に」
「どうなってんだお前ら、おいやめろ」
「ふふふ、冗談よ。楽しそうね」
その気になれば簡単に引き剥がせるものを剥がしもせず、レインは口で抗議する。
口では言うものの、実際は弟子達が可愛いことをその体は否定しきれない。
「全く、なんでオリヴィアまでなんだ……」
「ま、今日くらい良いじゃないですか。お師匠さん」
そんな言葉が左の聖女から投げかけられ、ようやく諦める。
今日くらい良いじゃないか。
それは確かに、”今日”というその日にしか、許されないこと。
最後のときまで、後1日。