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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第十五章:帰還、そして最後の一年
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第二百二十七話:戦士になりたい

「ところで、お二人は何をしにいらしたんですか?」


 クーリアの家の中で磔にされたまま白目を剥いて涎を垂らしているナディアを見て落ち着いたサニィに、イリスが尋ねる。

 同じ顔であっても、ナディアであればあられもない顔を晒していてもサニィは気にならないらしい。


「あ、あはは、そうだね、みんなの稽古を付けたいってレインさんが言い出して」


 基本的に隠れての旅だということを今更ながら思い出したのだろう。

 適当な理由を付けて、と言うよりレインに責任を押し付けて答える。


「……まあ、それで良いだろう。クーリアとナディアはともかくイリスの未熟さはやはり少し気がかりだからな。稽古を付けてやる」

「ドラゴン戦で一番活躍してないの私ですもんね……」


 マルスは全部見学していたのだが、それは置いておくとすれば、確かにそうだ。

 イリスの万能さは言い換えれば器用貧乏。精神保全の力で後衛として活躍する手もあるが、戦士の国出身としては前線で活躍したいという本性が、その一言には表れている。


 実際の所は催眠効果をも持つ彼女の力は、脚の骨が砕けたライラの痛みを抑え、サニィの元へと運び込むという、十分な活躍をしていた。主に催眠をネガティヴな方向に扱うのが得意な魔法使いであるエレナには、実はなかなか難しい。

 もちろん勇者なので、人一人を運ぶのは造作もない。それもエレナには難しい点。

 しかし、それでも不満だという。


「イリスは私の妹だってのが誇りの可愛い可愛い妹だからな。私がヴィクトリアの再来なら、自分はフィリオナの再来になりたいと、昔から息巻いてたものさ」

「もうお姉ちゃん、恥ずかしいこと言わないで!」


 ぐしゃぐしゃとイリスの頭を撫でながらそんなことを言うクーリアに、イリスは顔を赤くして不満を言う。


「フィリオナになりたい、か。そうだな、少しばかり実験をしてみたいんだが」

「どうしました?」

「呪文に道具の威力増幅って乗るのか?」

「うーん、魔法であれば、言葉がそのまま道具代わりになっちゃいますが」

「イリスのは厳密には魔法とは違うからな」

「私もダメですけど、やってみましょうか」


 ――。


 結論から言えば、イリスの魔法の様なそれは、道具を利用することで威力の上昇を見せた。


 サニィの魔法は、体内のマナを利用するのか体外のマナを利用するのかの違いが基本で、殆ど魔法との差がない。魔法は基本的にマナを支配する技術だ。

 それに対してイリスのそれは本当にマナに語りかけているだけ。マナに語りかけて、言うことを聞いてもらう。その為、彼女の呪文は道具としての役割は果たさず、ただ効率良くマナに語りかける手段となっている。

 となれば、それを道具を介して増幅させる呪文を追加すれば、威力が格段に上昇する。


 その為、呪文の詠唱は少しだけ伸びる。


 しかし、それに見合った威力上昇が見込めた。

 具体的に言えば、木を一本燃やせる威力だったのが、半径7m程を燃やし尽くす。

 その威力は、隣で見ていたクーリアも驚く程。

 更には元が戦士なので、不意を突かれた所で元々扱っていた盾を扱える。

 身体能力は、魔法使いのそれとは比べ物にすらならない。

 結果的には、剣主体から呪文主体に変わったことで詠唱による隙が5%増し、攻撃力が25%増したというところだろう。

 その増した隙も、基本的に防御に主体を置いた戦い方に変えることでカバーする。


 魔法の道具は長らく愛用していた剣をそのまま使うことになったので、改めて名前を付けることに決まった。思い入れが強い程にその増幅効果は上昇するというのが魔法での常識だ。


「私が名前付けてあげようか?」


 いつもの如く、サニィが出しゃばる。


「あ、い、いや、お姉ちゃんに付けて貰おうと思って」

「お、そっかそっか。ほんとにイリスはお姉ちゃんっ子で可愛いな」


 相変わらず頭をぐしゃぐしゃと撫でながら、クーリアが満足そうに頷く。対するサニィも、それなら仕方ないねと爽やかに答えている。


「ところでレインさん」

「ん?」

「なんでフィリオナ様の様に、って所からあんなことを思いついたんですか?」


 いつもの様に、サニィが気になることを直ぐに尋ねてくる。


「イリスは色々と難しいんだ。憧れはフィリオナなんだろうが、欲しいのは攻撃力、そして今までの戦い方には違和感を覚えていた」


 レインの目には、ミスマッチとギャップが見えていた。以前見た時には、単純に強くなれることが嬉しいという感情から見えにくかったものが、明確な課題を見つけて浮き彫りになったのだった。


「で、防御主体のスタイルに呪文で攻撃力を上げた戦い方に?」

「ああ、今までは呪文をサポートにしてたが、戦士らしく戦いたいって言葉の裏には、高い殲滅力が欲しいってものがあったらしい」

「なるほど。攻撃も防御も勇者の力で、魔法の力をサポートにするのではなくて、勇者の力で防御して、魔法使いの力で攻撃するのがイリスちゃんの求めてたスタイルってことですか」

「そんな感じだ。お前と同じでマナ切れが無いからな。まだ強くなるだろう」


 今はまだ、彼女の呪文も専門職のルークには全く及ばない。ルークは70mのドラゴンを地面に縫い付ける程の重力場を産み出す。

 もちろんそんな滅茶苦茶な威力のものは一分と持たないが、それでも、そんなことが可能だ。

 それに比べたら、ささやかな成長に過ぎない。ルークがドラゴン戦で成長した分、追いついた程度かもしれない。

 それでも、イリスにはまだ破っていない壁がある。彼女の勇者の力の本質は、まだ完全には姿を現していない。


「まあ、イリスの本質はなんだかんだで救護的な立ち回りではないかとも思ってしまうけどな」

「あはは、それはそのうち自分で気づきそうです。イリスちゃんは優しい子ですから」


 ライラを救出した際のイリスの立ち回りは、実際のところ見事の一言だった。

 誰よりも早くライラの元へ趣いて戦線から離脱した彼女は、最も全員の状態を把握していると言える。

 そこに気づきさえすれば、彼女は真に器用貧乏ではなく万能になるだろう。


「さて、私達はこれで行きましょうか」

「そうだな」


 滞在中の二週間程、ずっと白目を向いていたナディアはとりあえず放置したままに、二人は姉妹に挨拶をして東へと向かう。これの世話をしていたのも、ずっとイリスだった。それを見ながら感じたのが、先のセリフに繋がるわけである。


 しかしそれは置いておいて、次の魔王戦に於いて最も重要な役割を果たすのがナディア等とは、まだ誰も知らない。


 ――。


「お、イリス、良い名前が思い浮かんだぞ」


 去ってゆく二人の背中を見ながらクーリアが言う。


「へえ、なんて名前?」

「きっと、私じゃなければ恐れ多くて付けないだろう名前だ」


 少しだけ嫌な予感がするイリスを他所に、クーリアは続ける。


「『聖女の微笑み』でどうだ?」


「ちょっと恥ずかしいかな……」と言いながらも満更ではなさそうなイリスを見て、姉はまた、その頭をぐしゃぐしゃと撫でるのだった。

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