第二百十八話:必ず守ると誓う
「世界の意思ってのは単純に、マナ同士を消滅させ合うことを目的としてるって考えれば良いのか?」
首都への道中、ふとレインがそんなことを訪ねる。
その答えを少しでも知っているのは、今のところサニィだけだ。
世界の意思は魔王を生み出し、そしてレインを殺そうとする。レインの体内で奇跡的に共存する二つのマナを、消し去る為に。
以前サニィはその様に言っていた。
「ほぼそれで合ってると思います。レインさんを殺したあとは溶け合って消えてしまいたい。私が魔王になった時はそんな感覚でした。
魔物は陰のマナで出来てますが、陽のマナを使った魔法を使えるものも多くいます。でも、物質化した魔物と魔法じゃ混ざらない様で、魔物は勇者を殺したいし、勇者は魔物を殺したい。
命のやり取りでやっと溶け合うことが出来る。みたいな。なんかそんな感じだったんです。
正確な所までは私も分かりませんが、きっと死んだ魔物と勇者から少しずつ流れ出て行くマナこそが、消滅するための好条件の一つなんじゃないでしょうか」
サニィは思案しながら考えを述べる。
直接魔王になったといって、流石に全く違う在り方をそのまま人間の思考に投影することは難しい。そんな感じに。
「ともかく、難しいところです。レインさんを殺したい勇者を殺したいって想いが強すぎて、それ以外は結構予想が入っちゃいますね」
「なるほど。俺を殺したい理由は、共存が気に入らないから、だったか」
「私に理解できたのは」
「ふむ、俺の体は絶妙なバランスなんだよな。一つ思ったことを言って良いか?」
「なんでしょう」
「俺は徐々に、弱くなっている」
その言葉に、サニィがはっとする。
レインの体内のマナは、その役割を終えたように少しだけ減っていっている。徐々に、徐々に。
それでも、差は全く縮まっている気はしないけれど、それでも確実に。
「気づいてたんですか……」
「ああ、まだまだ魔王には負けんが、5年もすれば同じ位にまで弱くなるんじゃないかと思う」
それほど気にはしていない様に、言う。
「あはは、一瞬でも魔王より強いって時点で意味分からないですけどね」
笑いながらも、少しだけ寂しそうにサニィは答える。
しかし、今までのことを考えれば、サニィのかけるべき言葉は決まっている。
「大丈夫です。もし一年以内に弱くなっちゃったとしても、私はまだ成長期ですから、その時は必ず守ってあげますよ」
「いいや、それはない。お前は必ず俺が守る。一年以内にお前に負けることは有り得ないからな」
「むー。たまには守らせてくれても良いじゃないですかー」
ふくれながらも、嬉しそうにサニィは答える。
守りたいのはもちろんだけれど、守られたいのもまた事実。
元々お嬢様だったサニィは、それなりに王子様の様な存在に憧れてもいた。
だからこそ、守り守られる関係が良いなと、ここまで強くなったのだ。
「いつも守られているさ。お前が隣にいる以上、俺は決して負けん」
「そういう格好良いこと言っても騙されませんからぁ」
レインの言葉に、嬉しそうに答える。
結局のところレインが弱くなってきてるといえ、追いつけると予想されるのは7年程先になる。
どう考えても、間に合いはしない。
だったらその言葉に乗っておくのも、それはそれで悪くない。
守りたいと思っているだけで守られていると言われるのなら、尚更だ。
「まぁ、ずっと隣に居ますから。少しは頼ってくださいよ。ドラゴンも簡単に倒せるんですよ、私」
世界でただ一人、レインの隣に居ても足でまといにならないのは自分だけ。
魔王化だけは怖いけれど、その時ばかりは甘えてしまおう。それくらいはきっと、許してくれる。
そう考えて、サニィはもう武器を持つこともないレインの手を取った。
流石に利き手ではない左手だけれど、邪魔だと言われたら隣にいないぞと拗ねたふりをしてしまおう。
最後の一年だし、隠れてるし、ちょっと位はそれらしいことをしておこう。
「だからレインさんも、私の隣に居てくださいね」
そんな少し卑怯な言い方をして、手を繋いだまま進む。
何か言いたそうにしながらも、レインはそれ以上は何も言わない。
途中、巨大な翼のないドラゴンの様な魔物、ワームが数匹襲ってきたが、それは全てサニィが退治して言う。
「ほら、守っちゃいました」
「手を繋いでたら俺は何も出来ないんだが……」
唯一距離を無視出来る【奥義:次元の狭間斬り】は、決して壊れない【不壊の月光】でしか放てない。手刀でやろうとすれば、その手が消滅するだろう。
だからこそ、サニィはその手を離さなかった。
駆け出そうとするレインを、きゅっと力を入れて止める。
今ならたったそれだけで、最強の鬼神を守れる。
「ふぅ、満足満足。次からはちゃんとレインさんにも戦わせてあげますね」
そう言って、サニィが手を離すことは無かった。
とはいえ流石に、もう不満を言う気も起きないレインだった。
サニィが満足するまで守られてやろう。なんだかそれも、嬉しい気がする。
そんな風に、思ってしまったのだ。




