第二百六話:世界の運命は
「そっか、渡してきたんですね」
部屋に戻ったレインの腰を見ると、サニィはそんなことを漏らす。
いまだエリーを抱いているのだが、寝惚けた頭では忘れていたようで、すぐさま何のことか読み取ってしまったエリーが少し落ち込んだ顔をする。
欲しいけれど、師匠が決めたのなら仕方ない。そんな顔だ。
「エリー、落ち込むことはない」
「え」
俯いた顔を上げながら、首を傾げる。
「お前は俺の一番弟子だ」
「……はい」
「お前にもあれを継ぐ権利はある。欲しけりゃ、オリヴィアから奪ってみせろ。剣は一本、弟子は二人。今は、オリヴィアの方が強い。それだけの話だ」
魔王を倒せとは言えないが、これくらいならば良いだろう。
エリーの読心は万能ではない。漏れ出る本音が読めてしまうだけで、本気で隠そうとしていることは読み取れない。
今迄の傾向からして、彼女の力は少なくとも、今はそんなもの。
レインはそう目星を付けていた。
「はい! わたしが一番弟子だもん! 頑張ります!!」
だから、読み通り元気になる。
何故オリヴィアにそれを渡したのかは気付かず、思った通りに元気に、返事をする。
「ちょっとせんせんふこくしてくる!」
元気なままそう宣言すると、部屋を飛び出して行った。
「エリーちゃん、暖かかったですよ」
「俺も二度寝をしとくべきだったかな」
「あはは、そうですね」
エリーの出て行った部屋、二人は少し寂しさを感じながらそんなことを言う。
サニィが祭りの様に魔法使いの生徒や研究者達にその力を見せ、彼らのイメージレベルの底上げをした次の日、レインは愛剣を手放した。
これからも二人の教え子達は強く強く成長して行くだろう。それが嬉しぬくもあり、寂しくもあり。
そして、自分達の最後が近付いていることも感じさせる。
「さて、私は少し授業をしてきますね」
「ああ、行ってくると良い。俺はディエゴでもからかってくることにする」
サニィが出て行った後、レインは一人部屋に残る。
後、一年と少し。13ヶ月半。
たったの4年弱で、英雄候補達は凄まじく強くなった。
魔王が居なくなって勇者の力が落ちていると言われる世の中で、彼らはたった十人で三頭ものドラゴンの討伐に成功している。
最早、オリヴィアはヴィクトリアに勝るとも劣らない強さだと言える。実際に彼女達に会ったことのあるマルスが、そう言っている。
「英雄達は、皆が悲しい運命を背負っている。それはオリヴィアによって覆されるかもな」
彼女には未だ初潮も来ていないことを知らないレインは、そう呟く。
ベルナールがマゾ性を発揮してしまったのは、幼少期の家庭内暴力が根底にある。そんな一つの仮説を、以前旅の道中で調べたというマルスは言っていた。
英雄と呼ばれるものがそうであるのならば、それは恐らく本当のことだろう。
そうであるならば、オリヴィアは希望だと、レインは考えていた。
オリヴィア曰く英雄性が低い。
それをレインは、むしろ好ましいことだと思っている。それは魔王を倒してしまえば幸せな人生を送れる可能性が高いと言うこと。
結局のところ、レインはこの先彼女達に起こる何もかもを、何も知らない。
――。
次の日、ルーク達と別れを済ませた一行はグレーズの首都に向かった。
本来であれば最初に帰すべきは騎士団長ディエゴだったのだろうが、それでディエゴが強くなるならいくらでも、等というのが騎士団と王の総意であったので、まあオリヴィアとエリーに合わせて最後で良いだろうとレインが言ったのが理由。
騎士団の訓練場に転移すると、そこでは王も混ざっての訓練をしていた。ちょうど実戦形式の模擬戦を行なっている。
そのレベルは以前よりも上がっている。しかしながら、なにか妙だ。
「おらぁ! 真空滅多斬り!!」
王が叫ぶ。2秒後を予測した先回りの剣。
真空に一切の関係がない。
「くっ、オムライス!」
相対する騎士が叫ぶ。食べたいのだろうか。
「何やってんだあれは?」
「なんですかね、意味分かりませんけど」
レインの問いに、サニィが当然の様に答える。
「お父様もですけれど、頭おかしくなってしまったのでしょうか。……まさか魔物の幻術に……?」
「魔物や魔法の感覚はないけどなぁ」
オリヴィアの心配にも、サニィは首を傾げながら答える。
そんな会話をしていると、試合が終わり気付いた王が叫ぶ。
勝ったのは辛うじて王といった所。
しかし、元気は有り余っているらしい。
「おお、オリヴィア戻ったか!! どうだ俺の剣は!?」
その姿は、以前の王そのままだ。
「ただいま戻りました! 見事なお手前でしたわ! 試合中何か叫んでましたけれど、どうなされたんです?」
強さは、それなりだった。
マルスよりは大分強いがエリーよりは下。その位。
ついでに気になったことも質問する。
「おお、あれな、レインの時雨流『次元の狭間斬り』がかっこよかったからな、空いた時間に技名を考えてんっ……!?」
その瞬間、世界が凍りつく。
王は凍った様に青ざめる。
騎士団の誰もが、消え入りそうになる意識を必死に堪える。中には膝をつく者もいる。
エリーはガクガクと震え、オリヴィアも青い顔で足を震わせる。ディエゴは絶対回避を発動させる。
そしてサニィは、あ、あははははと乾いた笑いをしながら滝の様な汗を吹き出す。
「は?」
その冷たく重い声は、レインのものだった。
誰もが瞬時に理解する。
一歩間違えれば、この国は滅びる。
魔王よりも遥かに恐ろしい男が、本気の怒りを見せている。




