第二百三話:英雄という人間達
ドラゴンを一先ず殲滅してから10日、英雄候補達の修行もこれでひと段落。
定期的に国に顔を見せていたアリエルはともかく、他のメンバーはしばらくぶりの帰郷となる。
ちょうどその場にいるアリエルとライラとはこのまま別れだ。
「エリー、また会おうな。レイン兄、サニィお姉さん、……またな」
アリエルは少し寂しそうに、言葉を選んだ様に言う。
「レイン様、これまでの指導、心の底から感謝申し上げます。サニィ様、脚の治療、有難うございました。必ずアリエル様を守れる様、更に精進致します」
二人の前では丁寧なライラも、結局その想いは伝えることもなく、言う。アリエルが良いのかと視線を送るが、ほんの少しの微笑みを湛えて頷くだけ。
ライラの中で、答えは決まっていた。
「ああ、またな」「またね、二人とも、ロベルトさんにも宜しくね」
レインとサニィは口々に言うと、それに倣って英雄候補達も別れの言葉をかける。彼らは必ずまた会うことになるので、務めて軽く。
英雄候補達が去った後、ライラはその胸の内をアリエルに伝える。
「レイン様はやっぱりサニィ様がお似合いです。愛人でも良いって最初は言いましたけど、狙うなら本妻でないと失礼です。だから、私はもっと強くならないと」
ドラゴン戦、ライラは襲いくる前脚の一本をその脚で粉砕したが、衝撃を反射しきれない軸脚は複雑に折れてしまった。自身の力の衝撃に、その体はまだ耐えられる様には出来ていない。
「サニィ様が居てこそ、こうやってまたアリエルちゃんを守れるわけですしね」
「ちゃんはやめて! ……諦めるの?」
「諦めませんよ? 私は正々堂々レイン様の本妻を狙うことにしたんですから」
時間がないこと位、分かっている。
それが決して叶わない夢だということくらい、レインの愛情が自分に向くことなどないことくらい、分かっている。
それでも、ライラには唯一許された恋愛感情を抑えることなど出来なかった。
あのドラゴンへの、一歩間違えば死んでしまう様な戦い方を見て、助けになりたいと改めて思ってしまった。
「傲慢、ですかね」
あと400日程度の命の、伴侶がいる人から奪おうとすることは、傲慢だろうか。
叶わない夢を見続けることは、傲慢だろうか。
「そうかもね。でもライラは妾には必要な人だから。お姉さんだとすら思ってる。だから、応援する」
それは、アリエルの能力とは全く違う答えだった。ライラはアリエルの為に強くなるべき。国の為に、世界の為に強くなるべき。能力にはそう表れている。
だけど、今回ばかりは、それに従うことは間違っていても出来なかった。
女王としてではなく、ただのアリエルとして。
「ありがと、アリエルちゃん」
「ん、応援してるね」
こんなに良い子か女王で、自分は幸せだ。
ライラは、女王の命のストックとして生まれた。その能力は偶然のものだったが、生まれた瞬間から、きっとそれは決まっていた。
昔はそんな自分の能力を恨んだものだけれど、今は、悪くない。
自分はレインを追いかけるという名目上、一生この子の命を守ろう。この子の命を守れる様に、強くなろう。この子の為に、命のストックなんていう力を使わないで済む様になろう。
だから、今は照れ隠しと本心を併せて、こう言っておこう。
「レイン様との結婚式にはちゃんとアリエルちゃんも呼ぶね」
叶わなくても、あの二人は追いかけ続けられる目標だ。あの二人が目標な以上、一生追い続けていられる。
それ程の差がある。
「ん、楽しみにしてるね」
そんな風に無邪気に笑う女王を見てライラは、一先ずは目の前の可愛い女王を抱き締めることに決めたのだった。
それは、とても暖かく満足の行く抱き心地だった。
――。
遠く、ウアカリの三人から送ることにする。
どこから嗅ぎつけたのだろうか、門前に到着すると中からぞろぞろとウアカリの女性達が出てくる。
レインはサニィに守られているし、ルークはエレナによって消えている。
ディエゴは襲い来るウアカリ女性達から絶対回避で逃げられるのだが、マルスは違った。
自分と同程度の者達に襲いかかられては、流石に対抗しきれない。
英雄は複数の女性に縛られると、門の中に連れ去られていった。
「僕はこのままアレスとしてここの取材をするよー」
等と女の中に消え去りながら言っていたので、誰も助けるつもりがなかったこともあって、それは一瞬の出来事だった。
「マルスは強すぎるな……」「英雄ですからね……」
レインとサニィすらも、呆れてそんなことしか言えない。
ともかく、ここで別れる仲間は四人になったらしい。
「それじゃな、レイン、サニィ。生きてるうちにまた来てくれ」
クーリアはそんな挨拶をする。
「随分とあっさりだな」
「ドラゴンも倒せたし、エレナのおかげでレインにはぐちゃぐちゃにして貰えたからな」
してないが……。と思うが口にはしない。言えば今度来た時に云々となるだけだからだ。
「聖お姉ちゃん、レインさん、私はもっと強くなってみせますね」
イリスはサニィにはそれなりになついているが、やはりレインへの警戒は最後まで解けなかった。
もちろんそれを、二人には見せることはなかったが。
「頑張ってねイリスちゃん。きっともっとずっと強くなれるはずだから」
「はい、お姉ちゃんと、これから魔物相手の戦いもいっぱいしようと思ってます」
大変だったのは、ナディアだった。
「レインさん! 最後に一度でいいから、少しで良いから! 私を! 私をおおおおおお!!」
ドラゴン退治の期間中は常にライラが見張っていたこともあって、二人でいつも殴り合っていた以外は大人しかった彼女だったが、これで別れとなると我慢が出来なかったのだろう。
サニィが「殺すって言いましたよね?」と言っても聞かず、暴れ始めてしまう。
ナディアも、レイン達の命が残り少ないことは知っている。だからこそ、彼女は命をかけて暴れた。
「サニィさん、私は、私はダメなんです! レインさんが欲しい!!」
そう言って襲いかかる。
仕方ない。クーリアの時の、あの真剣な頼みを知っている。
流石のクーリアも、今回ばかりは止めるのに躊躇しているのが分かる。
だからこそ、レインを貸してあげたい気持ちも、まあ、無くはない。
でも、だめだった。
「ごめんなさい、ナディアさん。エレナちゃん、イリスちゃん、お願い」
サニィはナディアを蔦で縛り上げると、エレナが彼女に幻術を見せる。
恐らく彼女が望んでいるだろうものを淫魔持込みの全力で。
そしてイリスは、彼女の魂を落ち着かせる。
結果的に、彼女は白目を剥いて涙と涎、いや、汁という汁を垂れ流しながら「あは、あはは、ひん」と幸せそうな笑いを繰り返すことになった。
「治療は、私達が責任をもってしておく」
クーリアのそんな言葉に、サニィは「ごめんなさい」と答えるも、
「これがウアカリだから仕方ないのさ。まあ、ナディアは少し欲望に負けすぎてる所はあるけど。……ああ見えて割と本気だったのかもな。ま、どっちにしろ気にすることはないよ。すぐに元に戻る」
そう言って、別れることにした。
「レインさん、私はどうしたら良かったんでしょう……」
「……俺にも全く分からん」
「うーん、あんなナディアさん見て、レインさんはどう思いました?」
「……悪くない」
「…………え?」
それ以上は聞かない方が良いと本能で察知したサニィは、取り敢えず霊峰へと転移する準備を進めるのだった。
iPad proとPencilとkeyboardポチりました。
デスクトップ点けた部屋暑すぎます