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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第十四章:取り敢えずで世界を救う
195/601

第百九十五話:呪いに罹った者

【1801】


 頭の中に数字が見える。

 あと、1801日。4年と11ヶ月ほど。

 それで、私の命は尽きる。

 長いと考えていれば、あっという間に過ぎ去ってしまう期間だ。

 ふと気が付けば、いつの間にか3週間も経過している。まだ、見える様になったばかりだというのに。

 途轍もなく恐ろしい。

 何もかもが、手につかない。

 しかし、それに応じる様に、人々は私に優しく振舞ってくれる。

 どれだけ振り切ったとしても、どれだけ粗雑に対応してしまったとしても、自分の弱さに負ける度、人々は私を迎えてくれる。

 それがとても、心地いい。


 これが、幸せになってしまうという、人を幸せにした後に絶望の中殺すという魔王の呪い。


 痛い程に理解する。


 あの男は、そして聖女は、異常だ。

 何処かが壊れている。そうでもなければ、こんな呪いに罹っていて、戦う事など出来るわけがない。

 命のやり取りを考えただけで、恐ろしい。

 魔物を殺せば、それはすなわち自分もこうなるのだと、考えてしまう。

 男の方は、まだ分からなくはない。あれは本当に、戦う為に生まれてきた兵器と言っても過言ではない。

 狛の村、元々人外と言われた村の出身。デーモン蔓延る山の中で、平然と生きる民族。

 彼らならば呪いに罹ったとて、確かに魔物を殺せるのは分からなくはない。


 しかし聖女はなんなんだ。

 あれはただの、一人の美少女ではなかったのだろうか。

 魔王化したとは聞いたものの、それ以前には己の身を犠牲にしてドラゴンを倒したと聞く。

 それが事実であれは、あり得ない。


 話を聞けば、オーガに捕まった時に呪いを受けたのだと言う。何度も殺される中、たまたま助け出したのだと男は言っていた。


 しかしそれにしても、死を知ればこそ、戦うのは恐ろしいはずだ。それが何故……。


【1800】


 今日も、何も出来ない。

 トレーニングだけは日課として欠かすことが出来ないが、実践は不可能だ。

 たまたま泊まった宿の従業員が、私を気に入ったらしい。様々なサービスを施してくれる。

 それに悪いと思いつつも、その厚意を無碍にするのは私には難しい。

 未だ、聖女が戦える理由は分からない。


【1799】


 聖女が私を訪ねてきた。

 ドラゴンを全て倒すから来ないか、ということ。

 何故、そんなにも平然と、そんなことが言えるのだろうか。私はこんなにも動けないのに。

 当然気になるし、行かなければと思う。

 聖女の強さの秘密を知りたいと思う。

 しかし、動けなかった。

 断ると、聖女は理由も聞かず、何か力になれれば言ってくださいね、と一言だけ告げ、消えていった。

 宿の従業員があの人は?と聞いてきたので、噂の聖女様だと言うと、サインを貰えば良かったと悔しがっていた。

 今度会うことがあれば、貰っておこうと思う。


【1701】


 聖女が再び訪ねてきた。

 この大陸のドラゴンを全て倒したついでに、気になって私の所へと寄ったらしい。


「聖女様、あなたはどうして戦えるんですか?」


 そう尋ねるとよく分からないという顔をされたが、勇気を振り絞って理由を話すと、こんな答えが返ってきた。


「私、初めて死んだ時、頭を叩き潰されたんですよ。それでおかしくなっちゃったのかも。そうじゃなければ、レインさんのおかげですね」


 曰く、レインが一緒に死のうと言ってくれた。

 必ず守ると言ってくれた。

 初めて会った時は少しだけ怖かったけれど、本当に守ってくれた。ドラゴンの時だって、結果だけ見れば死んじゃったけれど、プライドだけは守られた。

 おかげで、私の意思は生徒達に継がれるだろうし、聖女様は恥ずかしいけれど、両親に恥じない生き方が出来た。

 そんなことを言う。


 既に過去形なことが気になったが、確かに、聖女の為になら世界でも滅ぼすと言いそうなあのレインならば……。


 更に聖女は続ける。


「呪いは必ず解きますから、少しだけ待ってて下さいね」


 聖女は、そう続けた。

 恥じない生き方が出来た、ということは。

 彼女は、呪いを解く為に、少なくとも自身は犠牲にするつもりなのだろう。

 流石に、分かる。


「きっと大丈夫ですから、サンダルさんは取り敢えず、落ち着くまではのんびりしていて下さいね」


 畳み掛ける様に、笑顔でそんなことを言う。

 私のプライドなど関係ないかの様に、英雄の遺伝子など、無視するかの様に。

 だからこそ、こう言うしかなかった。

 いや、言ってしまった。


「聖女サニィ、あなたはもう、私の所には来ないで下さい。もちろん、レインもです。私はレインが嫌いですし、あなたは、なんと言うか、優しすぎる」


 聖女は、驚き、涙を堪えた様な表情をする。


【1700】


 レインに、思いっきり殴られた。

 首がへし折れるかと思う程の勢いで、思いっきり。

 私の最高速よりも速い速度で。

 そして、何も言わずに帰っていった。


 私はしばし天を仰いだまま倒れ伏せる。

 宿屋の娘が心配して寄ってきたが、その手を制した。そして準備を終えると、斧を手に取り、ようやくのこと、修行に出掛ける準備を始めた。


 ありがとう、宿屋の娘。君のおかげで、私は心温まることが出来た。

 ありがとう、最強の友人よ。貴様のおかげで、私は死を恐れぬ勇気が湧いた。


 もちろん、死ぬことは死ぬほど恐ろしい。

 しかし、それを乗り越えて戦う英雄を、私は知っている。


 あいつが、聖女を泣かせたから殴りに来たのだと言うことは分かっている。

 それでも、私もあいつにだけは負けたくないことが、少しはある。

 魔王位倒せなくては。

 私は英雄の子孫だ。


【1699】


 聖女が謝りに来た。

 レインの暴走を止められなかったと。

 だから、私はこう言った。


「お詫びと言うなら、私が泊まっていた宿屋の娘があなたのファンらしいので、サインを下さい。そしてやっぱり、もう、会わないことにしましょう」


 私にとって、二人はかけがえのない友人だ。

 そんな二人がいなくなる直前まで会ってしまうことは、呪いにかかってしまった今、耐えられない。

 巨大な斧を振り回しながら、私は聖女に、今までの感謝を告げた。

 未練は確かに少ない方が良い。

 サニィは最後に「その程度じゃいつまでも私にも勝てませんよ」と言って全速力の斧をいとも簡単に魔法で受け止めると、私を吹き飛ばしたまま、去って行った。

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