第百八十四話:救済の小宿『漣』
二人の本気を見たい。
そんな弟子達の声によって、取り敢えずドラゴンでも殲滅するかという話になった。
取り敢えずで殺されるドラゴンも堪ったものではないだろうが、取り敢えずでドラゴンを殺せる者もこの二人しか居ない。
ドラゴンは基本的には動かないが、いざ動き出すと被害が甚大である。
マナを感じ取るサニィは、慣れ親しんだ、と言うより自爆から再生した時にほんの少しでも取り込んでしまったドラゴンの細胞が発するマナから、ドラゴン達の位置を世界中の何処であっても把握出来る。
彼らが人里を襲い始める様な動きを見せたら倒しに行こうという話は、二人で元々していたことでもある。
時間さえあれば、ドラゴンの殲滅もしても良いかもしれない。そんなことも、考えていなかったわけではなかった。
「と言うわけで、世界中のドラゴンを倒しに行きます。せっかくだから他の英雄候補達も連れてくるね」
説明の後、サニィは一人世界中を飛び回った。
まずはレインのライバル、騎士団長ディエゴ・ルーデンス。
何やら”少しの話”をした後に、「レインの本気を見られるなら行ってくるべきです。必ず守りますから」と口々に言う騎士達の言葉を聞いて、来ることに決めたらしい。
もちろん、王はオリヴィアに危険が及ばないか、レインの監視及びドラゴンから守護をしろという名目の任務も承っている。
ところで、以前レインはオリヴィアが書類仕事をしていた間、騎士達の下へ趣いて少々の稽古を付けていた。
レイニーの件は残念だったものの、それでもかつて見たレインの強さと、オリヴィアや王の見識眼を信じて宮廷剣術と、”レイン流”を合わせた技術を教わっていた。
それもあって、今回彼らとサニィは”少しの話”をしたらしい。
それがなんなのかは、後にある事件となって分かることになる。
サニィが皆を集めている間、レインは死の山へと赴くと祖父の個人的な墓参りを行う。
少々遅れてしまったものの、これでジジイも文句は無いだろうと勝手に思い込むことにして。
次いで、不死の英雄マルス。
「何か面白いことがあればいつでも呼んでくれたまえ」等と以前のオリヴィアの修行の際に言っていたので、遠慮なく誘わせてもらうと、悩む様子もまるでなく快諾する。
彼にとって時間は半永久的なもの。目の前に面白いことがあるのならば、飛びつかないわけがない。
そしてアルカナ・ウィンド女王アリエル・エリーゼ。
指揮官である彼女を実際の戦場に誘うのはどうかと思う部分もあるし、女王という立場の彼女を考えれば不可能だろうな、と考えたものの、「ちょくちょく戻ってきて下さるなら行ってきなさい。どうせ政治は私一人で回せますから」等と有能すぎる宰相が言った為、来られることになった。
ただし、絶対条件として、万が一に備え命のストックである侍女ライラを連れて行くこと。
ライラはしれっと改めての自己紹介を済ませると、一通りの装備を整えアリエルの隣に付く。
「ライラ、レイン兄に変なことをしたら置いてくるからな」
「もちろん変なことなど致しません。正々堂々玉砕して参ります。お子様は大人の恋愛を見ていると良いです」
「妾お子様じゃないもん!」
そんなやりとりがあったことを、サニィは知らない。
ウアカリのクーリアとイリス。
クーリアも首長であるのだが、まあ、この国にまともな政治体制等存在しない。
食って寝て、男を襲うだけ。良い男が呼んでいるのならば断る理由など存在するわけがないとクーリア。
二人の戦いを見て自分に応用したいと妹イリス。
そして、どこで嗅ぎつけたのかいつの間にかクーリア宅のリビングに居た変態受付嬢。
「私は邪な気持ち等一切ございません。ウアカリNo.2として魔王討伐隊に参加する義務があると思うのです。悪を討ち滅ぼす事は、私達戦士の本分」
以前ウアカリを訪れた際、何度もレインに襲いかかり廃人にされていた事からその言葉に一切の説得力はなかったが「もしレインさんに手を出したなら殺して良いですか?」と聞いた所、「モ、モチロンデスワ」と返って来たので連れて行くことにする。
最後の一人、英雄の子孫サンダルは、来なかった。
色々と葛藤があるのだろう。サニィが消え去る瞬間まで何か言いたそうにしていたが、行かないという言葉だけは、最後まで変えることがなかった。
――。
それぞれに、自己紹介をする。
レインの一番弟子エリーは8歳でありながら既に歴戦の様相を見せることに驚かれ、絶世の美王女オリヴィアにはウアカリ達が降参を宣言する。
ディエゴに対してはいつも通り冷静に、クーリアが国へ誘う。
ルークとエレナは未だ未知数の為、ウアカリ達は興味を示す。まだその実力を見ていないマルスも同様だ。
そしてマルスは正体を告げ、本当の英雄を前にクーリアが興奮して是非うちの国に寄って下さいと勧誘する。
アリエル・エリーゼはその幼さに驚かれるが、その瞳の奥に見える信念を、誰しもが認める。エリーが一目見て、アリエルちゃんと呼び始めたのがその証拠。流石にアリエルも8歳相手にちゃん付けはよせとも言えなかったらしい。
「よろしくな、エリー」と微笑みかけるのを見て、その場が和んだ。
そして次、とアリエルが目線を送り、クーリアが自己紹介を始めようとした時、レインが言った。
「次はそこのライラだ。侍女だからと言っても魔王討伐隊に所属する以上、本来の立場は置いておいてくれ」
「え、私の名前を……」
「一度言っただろう」
ライラは自分の名前をレイン達と遊び始める時に一言極簡潔に言ったのみ。常に側には居たのだが、それ以外は一言も発しては居なかった。背景に徹していた。
名前も、いざという時の為になるべく覚えられない様にと、耳から流れる様に注意したはずだ。
アリエルが鍛える等と言わなければ、接点など、持たない筈だった。
「それでライラ、自己紹介は?」
クーリアが続ける。
歴戦の戦士は、その僅かな動揺を見抜いていた。
「わ、私はエリーゼ女王の影、侍女ライラと申します。能力は、ダメージの肩代わり。エリーゼ様の護衛兼命のストックとして、今回は――」
「そうか、死ぬなよ。次、クーリア」
話の途中で、レインが遮る。
クーリアは、当たり障りなく自己紹介をする。
イリスも、それなりに。
ナディアは多少興奮していたが、まあ、許せる範囲だろう。
そうして、未来の英雄候補達は、一人を除いてその場に集まった。
――。
「アリエル様、私はおかしくなりました」
その日の夜、宿屋『漣』の一室、二人部屋で、ライラは言う。
「私、玉砕覚悟で告白しますって言いましたよね」
アリエルは答えない。
「怖くなっちゃいました。……覚えてるはずがないと思ってた名前を覚えて貰えてて、命のストックを否定されて、死ぬなよなんて、エリーゼ様しか言ってくれなかったじゃないですか」
アリエルは、答えない。答えられない。
いざその時があれば、いくら死んで欲しくなくても、女王として、国の為にライラに死ねと言わなければならない。
あの時は……。
「だから私、もっと強くなりますね。今じゃまだ、レインさんには釣合いません。絶対にアリエル様を守れる様になってから、身代わりになんか、ならなくても良いくらいに強くなってから、もう一度……」
ライラも、レインとサニィの寿命がないことを知っている。
サニィに勝てるわけがないのだと分かっている。
ただの独りよがりの宣言だと、理解している。
それでも、本気になってしまったのだから、あの人はきっと、本気で死ぬなよと言ってくれたのだと、分かっているから。
死の恐怖が増す呪いを受けて尚死ぬなと他人に言うことの難しさを、前女王で知っているから。
「だからアリエル様、私がアリエル様のストックになる日なんか、未来永劫、来ませんから」
自分の命のストックがそんなことを言うものだから、10歳の女王アリエル・エリーゼは、その命のストックに抱きついた。全ての力を振り絞って、泣きそうになるのを堪えながら、何も言わずにただ、抱きついた。
残り[627日→593日]