第百七十一話:それはもう、絶望的に
奇跡的に運が良い人間が居れば、絶望的に運が悪い人間も存在する。
少しだけ生まれるタイミングでが違えば歴史に名を刻む様な能力を有していても、その上を行く者が間近に存在する。とか、家族が愛する者が次々と死んでいく。とか、大事故に巻き込まれて一人だけ生き残った挙句、意思表明が出来ないほどの重症を負ったせいで乱暴な介護を受け苦痛に訶みながら死ぬことすら出来ない。とか、様々。
レイニー・フォクスチャームは、正にそんな、絶望的に運の悪い人間だった。
さて、少しだけ話題を変えて、勇者と呼ばれる者に発現する能力の話をしよう。
それらは、基本的に使わなければどんな能力なのか分からない。あなたはこんな力を持っていますよ、なんていうことを誰かが教えてくれることはないし、自分自身でも使わなければどんな力なのか理解出来ない。
更に能力の中身をどんなタイミングで本人が知るのかも、人によって全く異なっている。
例えば、サニィはつい先日までただの魔法使いだと思っていたし、レインは能力を過信した為に両親を失った。
その為、自身の能力を他者に説明する際、人は自分がそうだと考えている能力を説明する。
レイニー・フォクスチャームの能力は、悪を見抜くこと。
それは正義を愛する男には、ぴったりの能力だった。
一目見れば魔物かどうかが判別出来る為、サキュバスや人に変身して騙す魔物に負けることはあり得ない、魅了にもかからない。ある種の魔物に特効能力を持つ力だ。
レイニーは、その能力に絶対的な自信を持っていたし、実際にその力は重宝されていた。
淫魔や魔物らしき人間が出たと聞けばすぐに飛び出しそれらを一目で判断して斬り捨てる。
そうして、国内中を常に飛び回っていた。
能力の関係で市井に顔を出すことも多かったし、市民から信頼も厚い。極々弱い魔物が市井に紛れ、人から金品を巻き上げる。そんな事件を何度も解決しているから、というのも理由の一つ。
レイニーの不運は、彼が正義を愛している以上、防ぐことが出来なかったのかもしれない。
もしかしたら、その日その時でなければ、防げたのかもしれない。
まず、家族が旅行先で、オーガの襲撃に巻き込まれ、死んだ。
それだけなら、まだ良い。
まだ、普通に不運な人物でしかない。
彼の最大の不運は、国内中を飛び回っていた影響で、死の山で行われるトレーニングに一度も参加したことが無かったことにある。
運悪く、とは男は一度も思ったことがなかったが、魔物らしき者の出現報告を毎回受けた為に一度たりとも、その地に赴いたことがなかった。
単刀直入に言えば、その男の一番の不運は、狛の村の住人達に会ったことがなかった、ということだ。
彼が狛の村に一度でも行けば、彼らが魔物の力を持った人間だと理解し、今回の事件は起こらなかったかもしれない。
もちろん、狛の村人を魔物に間違いないと襲い掛かっていた可能性もある。
しかし、たらればの話をしても、仕方がない。
男の本当の力は、物質に潜む陰のマナを感知すること。
つまり、それは少なくとも現時点では魔物を見抜く能力などではなく、魔物の要素の一部を見抜くだけの能力だった。
狛の村の人間と、魔物を見分ける術を、持っているわけではなかった。
更に言ってしまえば、男がレインを魔王だと思った理由はもう一つ。
男の家族は、サニィの住んでいた村で、オーガの群れに襲われ死んだ。
その時に残った生存者は、サニィただ一人。
家族が死んだ関係で、それを、知ってしまっていたこと。
オリヴィアの部屋から出てきたレインを一目見て魔物だと確信した男は、ある正義に基づいて思考した結果、一つの結論に至る。
サニィを手に入れるために、レインはオーガを使って不幸な少女を救い出したヒーローを演出した。
もちろん、王都を襲った二頭のドラゴンも、魔王レインが勇者であるという信頼を得るために仕組んだ演出だ。自分はその時王都を離れていたが、間違いない。
その様に、勘違いを加速させた。
――。
その日、レインは動揺していた。
死に鈍感な狛の村の人間であっても、動揺しないことはない。
レインはハーフだ。普通の狛の村の人間よりも、死に対して敏感である。
少なくとも、6歳の時点では母親の死に様を見てから半年ほどは肉を食べられなかった程度には。
そんなレインは祖父の死を聞いて、少しだけ、動揺していた。
完全に、タイミングが悪かった。
絶望的に運悪く、それは重なってしまった。
祖父の死に動揺しているレインに、レイニーは奇跡的なタイミングで魔王だと宣言してしまう。
普段であれば、軽くあしらう所だろう。
相手の持つ剣を放り投げて捕まえては、サニィに相談して、ディエゴを伴って狛の村にでも連れて行ったことだろう。
しかし、そんなタイミングで魔王だと言われ、本気の殺意を向けられた所で、レインは軽度のパニックに陥った。
レインの本質は、殺すことだ。
それは能力が物語っている。6歳からの、生き方が物語っている。
12年間1日も休まず狛の村周辺の魔物を殺し続けたレインには、それが染み付いている。
どんな状況であっても、殺すことに関してだけなら、冷静になることが出来る。
特にそれが殺意に燃えている者が相手ならば、決してその隙を見逃すことがない。
レインが敵を殺す際、必ず首を落とすのも、それが理由。
軽度のパニックに陥ったレインは、勘違いしてしまった。
この目の前の男は、魔物、もしくは魔物に乗っ取られている敵だ。
殺さなければならない、と。
どれだけ取り繕おうと、殺し慣れた者は、殺し慣れた者でしかない。
それがいつしか人間相手でも変わらなくなってしまっていることを、盗賊団を殲滅したことで、自分自身で証明してしまっていた。
だから、殺した。
すんなりと。
そうして、殺した後になって気づいたのだ。
本当に、こいつは魔物に操られていたのだろうか、と。
その可能性は高い。しかし、そうではないかもしれない。
ともかく、レインは既に死んでしまった者を相手に、ようやくそんな可能性に思い至った。
タイミングと勘違いと互いの性格とが奇跡とも言えるほど絶望的に悪い方向に重なり合い、レイニーは殺された。
もしもレイニーが他の団員に相談していたなら、レインも見知った顔には気づいたかもしれない。
それがディエゴであったなら、そもそも狛の村ってのはそういうものだと説明していただろう。
きっとレインが祖父の死を知らされる前だったら、殺しなどしなかった。
彼が陰のマナというものの存在を知っていたのなら……。
もし一度でも狛の村に行っていれば……。
そして、運悪く家族が死んでいたことで、テロリストにする工作も行うことができてしまった。
絶望的に運の悪い男は、国家転覆を企んだ大罪人として、事実上の処刑を受け、あらゆる意味で死んでいった。
もしも幸運があるとすれば、今後迫害されるだろう家族が最早存在しないということと、本人は正義の騎士として魔王に殺されたと思い込んでいることだろうか。
それが、今回の事件の顛末。
月曜の朝っぱらから嫌な話ですみません。