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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第十二章:仲間を探して
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第百六十六話:本当に馬鹿な男共

 大陸南東部、巨大な渓谷がいくつも続く赤土の大地、そこでは、現在一つの噂が話題となっていた。

 魔物に襲われ、絶対絶命だと思っていると突然突風が吹き、魔物が居なくなる。

 それは新たな幻覚を見せる魔物の出現なのか、もしくは見えない勇者の存在か、それか白昼夢か。何かは分からないが、絶対絶命であっても希望を捨ててはいけない。

 天は偶に、人を助けることがある。


 そんな噂が広がっていた。


「これは、あいつか」

「ええ、マナを感じますけど、どうします?」

「そうだな、会いに行ってやろうか」


 レインの顔が邪悪に歪む。

 男がこういう顔を見せるのは、ディエゴをマイケルとして扱っている時と、あの人が相手の時だけだ。


「全く、また喧嘩するんですか? まぁ、正直微笑ましいですけど」


 現在、世界でも5本指に入るだろう二人の喧嘩が微笑ましいとは、サニィもやはり強くなったものだ。

 この間のワイバーンの件はともかく、普段のレインは他人に被害が及ぶ様な無茶はしない。

 初めて喧嘩を売ってきた同年代に喧嘩で応えるのは、まあ、微笑ましいことなのだろう。

 そう思い、サニィはレインをその人物の所に連れて行った。


「久しぶりだな」

「なんだ、君か」

「こんにちは」

「御機嫌よう、麗しの聖女様」


 赤土の大地、崖下の壁面沿いに開いた穴の中、レインが話しかけた先にその人物は居た。

どう見ても爽やかな好青年。

 激しい修行の合間にも、その容姿を整えることを忘れない、無類の美女好き、英雄ヘルメスの子孫サンダルその人。

 約3m、刃渡りだけで1mはありそうな斧を壁に立てかけ、灰色のスープを作っていた。

 レインに向き直り、露骨に嫌な顔をする。


「チッ、何しに来たんだい?」

「旅をしていると言っただろう」

「私の所に来る理由がないだろう」

「土産話を持って来た」


 その土産話がなんなのか、一体どんな喧嘩が繰り広げられるのだろうか、サニィはわくわくを隠せない。

 杖をカツカツと地面に当てる。


「ウアカリに行って来たんだ。それはまあ、楽しかった」

「何? 聖女様というものがありながらウアカリだと……」


 ウアカリは強い男であればモテる。それも、取り合うわけではなくみんなで共有する。

 レインであれば、全員を簡単に手に入れられる。そんな国であることを、美女好きは知っている。

 いつか自分が行って、死地とする場所だと、美女好きは幼い頃から決めていた。夢だった。


「ああ、上位1700人抜きだ」

「……貴様」


 思わず、吹き出しそうになるのをサニィは必死に抑える。

 嘘は言っていない。嘘は言っていないが、それは1700人を武闘大会で倒しただけだし、それをしたのはレインではなくサニィ。

 サンダルは、本気でレインに殺意を向けている。サンダルの夢など知らないサニィにはそれが面白くて、仕方がない。


「ああ、1700人全員の意識を奪った。もちろん、首長の姉妹も含めてだ。最も美人だった奴なんか何日も涎を垂らしながら焦点も合っていなかったぞ」

「……は? なんだと?」


 サンダルの顔は怒りに支配され、赤を通り越して青くすらなっている。


(笑っちゃダメだ笑っちゃダメだ。確かに意識は奪ったけど……、ナディアさんとか確かに涎垂らしてたけど、罰で廃人にされてただけだし、ヤバい、何言ってるのこの人達)


「嘘だと思うならウアカリに行って聞いてみれば良い。レインはどうだった、とな」


 更に挑発を重ねる。


(絶対あの人達はヤバかったとしか答えないな……、きっと今はまだレインさんと見比べられて嫌な顔されるんだろうな……)


「……殺す」


 やはり、こうなった。

 二人は崖の上の広場に立ち、十分な距離を取って対峙する。

 本気の殺意を向けながらしっかりとそういうルールを守る辺り、サンダルも律儀なのがまた面白い。


「さ、さて、わ、たしが、ふ、審判をつとめまふ」


 笑いを抑えているサニィに、サンダルが心配の目を向ける。


「ごめんなさい聖女様、私の殺気が抑えられず怖がらせてしまったみたいで、今、この男に天罰を与えるので安心下さい」


 そんな的外れな意見に、本気で吹き出しそうになる。

 この試合が終わったら聖女を返上しよう。本気でそう思ってしまう程に、現状は面白い。

 かつては二人のやり取りに本気で怒ったものだ。

 しかし、互いがなんだかんだ、本気で友人だと思っている以上、これは面白いことなのだと学習してしまった。

 ごめんなさいサンダルさん……。


「では、始め」

 

 その言葉の直後、サンダルは一気に加速する。随分と基礎運動能力を磨いてきたのだろう、短剣一本の時よりも、今の方が初速も速い。

 そして、十分に加速した所で、レインに向かって思いっきり斧を振り回す。野球のスイングの様に、横薙ぎで。


 それを、レインは剣を横向きにして受ける。


「おお、やるな」


 そんな言葉が聞こえると同時、二人はサニィの視界から消え去った。


 マナでは、感じる。

 レインはサンダルに吹き飛ばされ、サンダルはそれを追いかけて更に加速し、追い抜くと今度は後ろから振り回そうとして……。


 ――。


 15分後、右手にサンダルの左足、左手には巨大な斧を肩に抱えて、レインが戻ってきた。


「ぶっ、ふふふふ、あっはははははは」


 サニィはそれを見て、大笑いする。

 何が面白いのか、もう分からない。でも、なんだかんだ言っても大切そうにサンダルと斧を持ってくるレインの様子が、なんだかとても可笑しかったのは確かだった。

 サンダルは足を掴まれて白目を剥いたまま引きずられているけれど、それでも怪我などは見当たらない。

 二人ともが赤土で十分に汚れているところを見ると、存分に暴れて来たのだろう。

 

 どことなく満足気なレインを見て、サニィはそれまでしていた我慢を止め、思いっきり笑ったのだった。


 ――。


「君、本当に馬鹿だな」


 意識を取り戻し、ウアカリで起こったことを説明するとサンダルは呆れ顔でそう言う。


「何がだ?」


 どうやらその呆れ顔は、からかった事に対してでは無いらしい。それを感じ取ったレインはそう返す。


「君さ、ウアカリは美女揃いだったんだろう?」

「それは間違いないな」

「美女から誘われてそれを受けないとか、付いてるのかい? ってか、女性を馬鹿にしてるのかい?」

「お前、本当に馬鹿だな」


 もちろん、今はサニィの面前だ。


 数秒後、そこには再び白目を剥いたサンダルと、どことなく満足気なサニィと、呆れ顔のレインの姿。

 サニィにとって、レインがアレならサンダルも十二分にアレな男だった。

 もちろん、少しばかり嫉妬深いサニィにとっては、アレなレインの方が好ましい。

 サンダルは、レインにからかわれた結果ボコボコにされるのがお似合い。

 今回の事で聖女を返上する理由は何もない。

 そう、考えを改めたのだった。

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