第百六十一話:ウアカリの血と聖女の限界
「はっはっは。ヴィクトリア様の再来と言われたくアタシがまさか一瞬でヤられるとはね」
「次は殺しますからね?」
「分かった分かった。そのヒトが望まない限りは、だけど。オトコが望むなら命を懸けるのがウアカリの女だ」
首長はそう言って、レインに豪快なウインクをバチコンと投げる。
「レインさん?」
睨むサニィ。
「俺はお前が世界より大切だと言っているだろう」
勿論、サニィが魔王化してからこんな性格を帯びてしまったのは、自分の責任でもある。サニィが魔王化してしまった原因は、マナを感じる能力に気付いてしまったからだ。魔王が、そこに付け入る隙を作ってしまったのは、レインが育ててしまったせい。
一夫多妻が認められていようが、強い遺伝子を残した方が世界の為には良かろうが、誰がなんと言おうと、その責任は取る覚悟を、常に持っている。
「ってことで俺はサニィ以外の誰にも手を出さない」
「あらザンネン。ま、心変わりしたらいつでも言ってよ」
「それより本題だ」
強引に話題を切り替える。
二人共が真剣な顔をすれば、流石に戦士の国ウアカリの首長。瞬時に脳内のスイッチを入れ替える。
ここウアカリでは、三年に一度戦士達の武闘トーナメントが開かれる。応募方法は立候補、推薦。推薦の場合は拒否出来ない。
その中で優勝した者が首長となる。もちろん、前首長は強制参加で、彼女は二連覇している豪傑。『首長』と書かれた変な看板が付いていたのは、首長が入れ替わる度に付け替えられるのが理由だ。
戦士に切り替わった彼女の威圧感は跳ね上がる。
「ヴィクトリアの再来と言うのも、あながち嘘では無いのだな」
「それでも、その子には勝てないけどね。油断はしてたけど、それは最初の一手だけだ」
「強さ的にはディエゴさんより上。とはいえ能力的にディエゴさんに勝てませんね」
彼女の能力も、例に漏れず男の強さを測るだけ。膂力だけではディエゴの絶対回避は超えられない。
瞬時にそんな力の測り合いになるのも、その場に居るのが歴戦の勇者達、と言うことを物語る。
首長の家の周りからは、野次馬の緊張感が漂ってくる。
最強の首長が、どう足掻いても勝てない気配が二つ。それが首長の闘気に応じて膨れ上がる。
「さて、このウアカリ首長クーリアに何用だい?」
「一先ずは内密の話だ。守れるな?」
「ウアカリの血に誓おう」
「魔王が、近いうちに再び生まれる」
「な……、そう言うことか。女目的ではなくこの国を訪れる男、確かに納得がいく理由だ。分かった。協力しよう」
「話が早いな」
「ウアカリは確かに皆ビッチでもあるが、その本質は戦士だ。それで分かるだろう」
「……なるほど」
ウアカリは常に戦いを求めている。
その影響で、男に対するアプローチも激しいのだ。まあ、流石に圧倒的な暴力を前にして命乞いをする程度には、命知らずの戦士と言うわけではないらしい。
とは言え、戦場で戦って死ぬのは栄誉である。理不尽な死でなければ望むところ。
そう言うことだと、クーリアは語る。
「最低7年は後、か。その情報はどこで?」
「全て話そう。彼女、サニィは一時的に魔王だった。その時に得た情報だ」
「私の嫉妬癖はその時から。すみません」
レインが魔王を二人倒したこと、サニィの感情が高ぶると陰のマナを纏ってしまい凶暴になってしまうこと。この国に入ってからの女性達のアプローチでそれが抜けないこと、そして世界中で戦士を集めていること、二人は魔王誕生までは生きられないことを伝えると、クーリアはハッハッハと豪快に笑う。
「全て了解した。その中でウアカリが手伝えることは二つある。一つは、国を挙げて魔王討伐に協力しよう。内密の話は、無しで良いな?」
二人は頷く。
「二つ目は、サニィのその魔王の残り香を、多少なりとも緩和させてやることが出来るかもしれない」
どういうことかと問う。
この国には、それを解決する術などないはずだ。全員が勇者で、全員が男の強さを見ただけで測るというだけの能力しか持ち合わせていない。
「ああ、そうだ。ウアカリは、男を求める能力しか持っていない。ただ一人だけの、例外を除いてはな」
それは、首長クーリアの妹であるらしい。
ウアカリであって、国の、不思議な地域の外で生まれてしまった為に、能力に異常を持ってしまった娘。
何故その時、親が外に出ていたのか。そこまでは、流石に聞くつもりは無かったが、そんな娘が生まれてしまったらしい。
「おいで、イリス」
「は、はい。お姉ちゃん」
現れたのは、小柄な少女だった。小柄と言っても160cm程。サニィよりは背が高い。
年齢は15歳程。スレンダーで黒髪を肩の辺りで揃えている。
褐色の肌は元気な印象を与えるものの、少し垂れた目は少しばかりの気の弱さを感じさせる。立ち居振る舞いも、ウアカリに来て初めて、一歩引いた感じ。
そして、サニィは重要な所に注目していた。
胸が、自分と同じ位だ。
「この子がアタシの妹、イリスだ。可愛いだろう?」
「あ、あの。は、初めまして。イリスです」
「余りに似ていない姉妹だな」
おどおどとした挨拶に、遠慮したお辞儀。
可愛い。そんな風にサニィが呟いた気がするが、気にしないでおくことにする。
「これでも強いんだ。自慢の妹だ。さ、能力を説明しなさい」
「は、はい。お姉ちゃん。わたしの能力は、マナに語りかけること、です」
え? という二人の声が一致した。
マナを感じ、マナに語りかけることがサニィの能力。その副作用、マナに語りかけられることで、彼女は魔王と化してしまった。
それならば、この娘の力は危ない。
「あ、ち、違います」
話を聞いていたのだろう。二人の殺気を感じ取ったのか、イリスは即座に否定する。
「ま、マナと言っても、私のは少し違って、言葉を力にする能力、みたいなもの、です。だから、真名、名前に語りかけてその人を癒したり、少しの魔法を使ったり、そんなの、です」
なるほど、と納得する。
同じ力を持つ可能性はなくはない。しかし、サニィの力は余りに特殊なもの。イリスの力はどう見ても、サニィどころかオリヴィアにも届いていない。
「だから、催眠みたいなものなんですが、サニィさんの、その魔王化の影響を緩和出来るかも、なんて」
「お姉ちゃん」
え? 三人の声が一致する。
「お姉ちゃんって、呼んで良いよ?」
その顔は、怖かった。
少なくとも、欲望の権化だった。
きっと、この国に来てから感情を昂らせ過ぎたのだろう。陰のマナを、纏い過ぎたのだろう。
そこに、サニィの何かを刺激するイリスが出て来てしまった。そもそも、ここの国の女性達は、サニィから見ても魅力的に見えたのだ。敵だっただけで。鬱陶しかっただけで。
そこに、控えめな可愛い娘が来てしまえば……。
死んだ目のまま涎を垂らしてイリスにそう迫るサニィは、まあ、シンプルに言って、ヤバかった。
早急な対処が必要だと、その場の全員が察知する。
「お、お姉ちゃん。お姉ちゃんの真名を、教えて?」
だからイリスは必死にサニィの機嫌を取った。
そして、サニィの本名がその口から紡がれる。
「お姉ちゃんの名前はね、サニィ。サニィ・プリズムハート」
プリズムと言えば屈折させる道具ですね。