第百五十三話:素晴らしい料理の為に
二人で旅を始めて最初の頃は、ひたすらサニィが強くなる為の修行をしていた為、料理もレインがやることが多かった。
レインの料理は基本的にシンプルなもので、味は悪くないが同じ様なものが多い。しばらく旅を続けてサニィが成長し始めた頃、そんな食事事情を変えてみようと料理を始めたことがある。
結果は、酷かった。
サニィは箱入り娘で、料理は家政婦が作ることが多かった。少しは手伝いもしたことがあるものの、家政婦は家政婦で料理に自身があった為、味付けなどを手伝わせてくれることはなかった。
そんな彼女がレインの為に拘って料理を作ったところ、まあ、それは、……。
何でもかんでも足せば良いというものじゃない。
レインの作る料理が何故あそこまでシンプルなものなのか、その時に初めて思い知ったのだった。
その時のレインの顔が忘れられず、サニィは道中の宿屋に泊まった際、密かに料理を板前に教えてもらってきたという経験がある。
特に別れて行動していたしばらくの間は、サニィは意地でも自炊をしていた。
そしてそんな密かな修行は、この街でも同じだった。
密かに魔法で厨房の様子を確認して、料理人の技術を勉強していた。
もちろん、フグが捌ける様にはなってはいない。
そんな時、ちょうど良いことに、一つの事件が起ころうとしていた。
「この村に魔物の群れが向かって来てますね。ちょっと任せても良いですか?」
魔物から街を守ることは、サニィの悲願だった。
しかし、今はもう、それよりも大切なことが出来ていた。
ドラゴンと相打ちして守ったことで、満足したということもあるのかもしれない。魔王化の影響で、他者への興味が希薄になっているのかもしれない。
理由はともかくとして、これは一つのチャンスだと思った。
もちろん、レインは任せろと言って方角だけ確認すると、瞬時に駆けていく。
だからその間に、二日間回った中で一番美味しかった料亭へと赴いた。
――。
その場に向かうと、レインの視界に入ってきたのは一人の美女だった。
そしてその背後には4m程もあるオーガの様な生き物に、見たこともない様々な固有の魔物。
緑の黒髪の美しいその美女はリブレイド特有の着物を着ており、走ってきては助けを求める。
その見た目は、レインにとって少しばかりエキゾチックで、その魅力は一般的な目線で見れば恐らくサニィは愚かオリヴィアをも超えている。
「はあ、はあ、そこのお方、お助け下さいませ」
そう言われるのと同時、レインは背後の魔物達を一瞬で細切れにする。
「大丈夫か?」
「ええ、有難うございました。街道を歩いていたら突然鬼達に追いかけられてしまいまして……。仲間達は皆殺しに……」
何か、妙な感覚がする。
この美女は嘘は吐いていない様に感じる。しかし、微かな敵意を感じる。
もちろんレインのそれらを見抜く方法は経験からの勘しかない。
だが、魔物に追いかけられて命からがら逃げてきたにしては、助けた自分に対して隙が無い。
警戒心が強ければそうなることもあるのかもしれないが、なんとなく、そうではない気がする。
それでも、この女はレインを頼って来た弱者である。
そんな、妙な感覚がする。
「お前は、サキュバスか?」
「サキュバスとはなんでございましょう……? 申し訳ありません。わたくしこの島から出たことがないものでして……」
だから一先ず訪ねてみる。
レインは会ったことが無いが、強烈な情欲を駆り立て男を骨抜きにして殺すサキュバスと、女に魔物を産ませるインキュバスと言う魔物がいる。先の妙な感覚からそれに近しい存在ではないかと疑ったものの、レインは特にその美女に興奮を覚えはしない。
その返答も、不審な点はない。
「まあ良い。他に魔物は居なそうだ。お前の仲間を弔いに行こうか」
「私の村では死者への弔いは、自然に還すことで御座います。ここで祈りを捧げればそれで充分で御座います」
「なら、俺もそれに従おう」
そうして二人はその場で祈りを捧げると、街に向かって歩き出した。
女はレインの半歩後ろを歩き、ほんの少しの敵意をレインに向け続ける。
それが少しだけ心地良く、首元に刺さってくる。
それと同時に、ほんの少しの好意も感じる。
その目的が分からない以上油断はしないものの、敵ではない。なんとなく、そんな感覚がする。
とは言え街まで徒歩で3時間程、話すことは何もない。
「その、とてもお強いのですね。鬼達をあんなにも一瞬で……」
そう思っていたのを察したのか、美女の方から話しかけてくる。
「ああ、魔物を殺す、必要があるからな」
「あの、お名前は?」
「レインだ」
「レイン様、で御座いますか」
そこで、二人の会話は一旦途切れる。
そしてもう、30分歩いた頃だろうか。
再び美女が口を開く。
「このお礼は必ず致します。レイン様」
「必要無い。力ある者の責務だ」
「ですが……」
また、それで終わり。
更にまた、30分後。
「あの、わたくし、たまきと申します。名乗りが遅れて申し訳ありませんでした」
「そうか。覚えておく」
結局、二人は殆ど会話を交わすこともなく、街の手前まで辿りついた。
妙な感覚は、もう殆ど無い。
美女は微かに好意を持って背後を付いて来ているし、相変わらず隙を見せない。
3時間による歩き方やその他振る舞いの観察からして、デーモン程度なら10匹以上同時に相手に出来る程、腕も立つ様に感じる。
敵意はやはり心地良く、サニィが居なければその好意を受け取ってみても良かっただろう。
何よりその美しさは直視することも憚られる程だ。
そんな女が、敵であるという可能性は低いだろう。