第百四十七話:英雄の子孫A
ヘルメスの生まれた街には一人、強いマナを体内に持つ者が居た。
オリヴィア並み、とまではいかないものの、相当量のマナを内包している。
訪ねてみれば、それはヘルメスの子孫だという。
20歳ほど、二人と同年代に見える青年。身長は180cm程。
引き締まった肉体をしており、誰から見ても美青年と言えるだろう。
どこか影を持つようなレインと違い、どう見ても好青年。
マルスとは違う、女性と見ればアプローチをかけそうなタイプの青年。
確かに資料に書かれていたヘルメスの子孫と言われて納得できる。
260年も前の英雄の血が、この人には流れている。そんな感じはだれもが認めるだろう。
サニィはその青年が苦手なタイプだったのか、レインの後ろに隠れてしまった。
「私はサンダル。先祖返りとでも言えば良いのかな。韋駄天の力を引き継いでいる」
通常、勇者の力はランダムに決まると言われている。子から子に引き継がれることはないし、勇者の子が勇者になるわけでもない。
そんな中で、この青年はその性質を受け継いでいると自称する。
「ほう、お前の能力はなんなんだ?」
そんな質問をしてみる。
「そんなことよりも君、かの聖女様にそっくりだ、いいや、その美しさは本人かな。私は英雄ヘルメスの子孫、どうだい? 釣り合いは取れていると思うんだけれど」
普通に無視されて、サニィへのアプローチをかけ始める。隠れたのはどうやら正解だったらしい。まあ、見た目通りの人物だった様だ。
もちろん、怯えた様子を見せるサニィに、レインは殺気を放つ。
今までは、レインが居た時点でサニィを口説こうとする者等存在しなかった。
箱入り娘が初めて、いや、人生二度目となる経験に、まともな対応が出来るわけがない。
無言でレインの背に隠れていた。
「……君、私が美しい女性に声かけているのに殺気を出すのは止めてくれないか?」
「こいつは俺のだ」
「女性をモノ扱いとはいただけないな」
「お前には関係がない」
「関係あるさ。私は全ての美しい女性の味方だ」
「美しい等と限定している時点でたかが知れている。俺はこいつの臓腑までをも愛している」
私の為に争わないで! 心の中でサニィはそんなことを叫んでみるものの、レインの発言は流石に恥ずかしい。
確かに内蔵も見られただろうけれど……。流石にそれを愛された所で恥ずかしいだけだ。そこばっかりは、流石に美しいところを愛して欲しいというかなんというか……。
いや、何を考えているんだ私は……。
と言うか、別にレインさんは私をモノ扱いはしてないし。酷いことはするけど、それは大切だからだって分かってるし。
いやいや、そこが問題じゃない。なんでこの二人はいきなり喧嘩を始めたんだってところが問題なんだ……。
そんなことを考えている間にも、二人の口論は加熱している。
「女性は優しく扱うべきだ。徒歩の旅に女性を同伴させる等紳士にとって恥ずべき行い、馬でも用意したらどうなんだね?」
「馬など遅いだろうが。こいつが疲れたなら俺がおぶれば良い。その方が遥かに速い」
「はっ、論外だ。君のその傲慢な態度のせいで彼女がどれだけ苦労しているのか分かっているのかい?」
いや、普通に馬に揺られるよりレインさんの背中の方が良いですけど……。意外と快適だし暖かいし。言わないけど。
「お前こそ何も分かっていない。こいつは苦労などしてはいない」
いえ、してますけど。
「それは君のその溢れ出る邪悪さに圧されて言えないだけではないのかい? 女性の繊細な心の、君は何を分かっているって言うんだ?」
あなたも分かってないですけど……。
「女心など分かる必要はない。俺はこいつだけ分かっていれば良い」
微妙に嬉しいけど、結構分かってないです……。
ヒートアップを重ね続けた結果、二人は共にサニィのことを分かっていないことが分かった。
まあ、レインが分かっていないことは分かっていたし、それも含めてこの人の可愛さなのではないかと思っていた。しかし、流石に二人とも騒ぎが過ぎる。
気がつけば、レインの殺気とサンダルの声に気づき、遠巻きに野次馬が集まっていた。
サンダル様が誰かと言い争っているわ。
私のサンダル様に喧嘩売るとは、あれ、でもあの方も格好良くない?
キャー、どっちが勝つの!?
どっちが攻め!?
そんな野次馬の声が聞こえてくる。
そうして喧騒の中、遂に、サニィはキレた。
二人の喧嘩は最早自分そっちのけだし、野次馬達も二人しか見ていない。
自分のことでこんなことになっているのに、自分が無視されている現状が、何かは知らないけれど、非常に不愉快だった。
「もおおおおおおおおおおおおおお!!! 戦って決めなさい!! レインさん、私が自分のものだって言うならそれを実力で証明しなさい! サンダルさん、この人が私を苦労させてると思うなら、そこから救ってみせなさい!」
――。
少しだけ、レインが他人と喧嘩をしたのが嬉しかった。
今まで彼は畏怖や尊敬の対象ではあっても、敵対してはいけない、そう思われていて、自分だけが少しだけ彼を理解出来る。そう、思っていた。
ディエゴは彼のライバルではあるけれど、愚痴を言える仲ではあるけれど、対等とは言えなかった。
そんなレインに、初めて対等に喧嘩を挑んだ者を見たことが、少しだけ、嬉しかった。
だから、もしかしたらこの人はオリヴィアより強くて、善戦をした結果良い友人になるかもしれない。
そう思って、そんな提案をしてみたのだった。
街の外、多くの観衆(9割が女性)が見守る中、全ての美しい女性の味方だという青年が伸びていた。
完全に、白目を剥いて、無様に倒れていた。
確かに、速かった。目にも留まらぬとはこのことだろう。きっと、オリヴィアよりも速いだろう。
しかし、なんと言うべきか、遅すぎた。
彼の能力は、走るほどに加速する。
要するに、隙だらけだった。
相手が悪いとはこのこと。どれだけ加速しても、その速度の上昇率が一定である以上、レインはそれを完全に読み切る。十分に加速している状態から奇襲をかければ少しは違ったかもしれない。
しかし青年は、目にも留まらぬ速度まで、レインの目に留まる範囲で加速し続けた。
その状態で突撃等しても、全く速さのメリットが活かせない。
要するに、弱かった。
「結局、こうなるんですね……」
「ざまあみろだ。これで俺が正しいことが証明された」
「またそんな子供みたいなこと言って。言っときますけど、レインさんのせいで苦労してる部分があるのは本当ですからね」
「む……」
周囲では、サンダル様ー、だとか、もしかして竜殺しの鬼神様?、だとか相変わらず女性達が姦しくしている。なんと言うか、割とどうでも良いこと。
今回はレインの友人候補であったこの青年が、多くの美しい女性達の目の前で無様な醜態を晒した挙句、一部のファンをレインにとられたことが、少し可哀想に思ってしまった。
――。




