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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第十一章:南の大陸へ
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第百四十三話:世界の広さ、世界の狭さ

 彼らの村には、一人のシャーマンと呼ばれる女性魔法使いが居た。

 非常に少ないマナタンクと出力しか持っておらず、今回の病に関しても祈祷を捧げていたらしいが、殆ど効果は見られなかった。

 しないよりはマシ。その程度の魔法だった。

 しかし、そのシャーマンの魔法の使い方が非常に面白い。

 彼女は一定の出力を放出し続け、継続的に効果を発揮する魔法の使い方をしていた。同じく対象に同じ効果を蓄積させていくことによって、少しずつその魔法は効果を増していく。

 通常魔法は発動時に効果の程度が決められており、バッファーであっても発動時よりも効果が増えることは無い。

 重ねてかけたとしても、サニィの場合は一度のイメージでどんな効果をも及ばせる為に、意味がない。

 しかし、彼女のそれは違った。

 まるでサニィの予想したレインの出生の秘密、母親の体内に蓄積された陰のマナの様に、魔法が対象の体に蓄積していた。

 彼女曰く、魔法というものは分からないけれど、これは呪術と呼ばれている。代々この村に伝わる秘術で、それでこの村は守られてきた。ということだった。


「言葉に力を込め、相手を呪う。もちろん治療にも使うのだが、この秘術の本質は敵対者を呪い殺すことから始まった」

「呪いから、ですか。しかし、その仕組みは使えそうですね。言葉は確かに人に影響を与えます」

「そう、だからそれを相手の内に刻み込んでいくのだ」

「なるほど。言葉にマナを乗せて、主には相手の心に影響を与える術ですか」


 正確にこの様な会話が出来ているわけではない。

 しかし、シャーマンと呼ばれる女性の話をサニィは真剣に聞いた。

 その仕組みを応用すれば、魔法の威力が弱い者でも、自分自身に呪いをかけて出力を強化出来るかもしれない。確かに、彼女のマナタンクも出力も、素人に毛が生えた程度でしかない。正直、魔法使いの域にすら到達していない。

 それが、しないよりはマシ程度まで威力を高められている。

 彼女は魔法の理論も何も全く知らない。

 今までの魔法の概念を基準に考えると、彼女が使える魔法は全力で使ったところで精々蝋燭を吹き消すときに10本分の息で11本消せる程度のもの。それが、致死性の病気の進行を少しだけ止めていた。

 その差は、分かりづらいがとても大きい。


「勉強になります。あなたから学んだことは、少しだけ世界に影響を与えるかもしれません」


 思わずそう言った途端、思わぬ言葉が返って来た。


「ははは、あんたは私達の世界の全てを救ってくれた。それが一時的なものだったとしてもな。その偉業に比べたら、そんなこと」

「……世界の全て、ですか」

「ああ、あんた達にとっちゃ世界ってのは広いかもしれないが、私達にとっちゃ世界はこれだけさ。この村のたった60人が救われたのなら、私達にとっちゃ世界の全てが救われたってことだ」


 思わぬところから、思わぬタイミングで、言って欲しかったことが聞けた気がする。

 一時的で根本的な解決にはなっていない。世界どころか、こんな小さな村ですら完全には救えていない。そんな風に思っていたところだったのに。

 彼女にとっては、この村にとっては、自分は世界を救った人物。

 

「世界は広いですね」


 思わず、そう言ってしまった。

 もちろん彼女からは「良い皮肉だ」と返って来たけれど、その顔は笑っている。

 

「あんたにとって大切なものはなんだ? あんたは何の為に頑張ってるんだ? それが世界ってだけのことさね」

「あはは、そう言われると、世界は狭いですね」

「それで良いのさ。あんたは強い力を持ちすぎだ。それで若いから、無駄に悩んじまう。出来ることをしな。お礼と言っちゃなんだが、何かあれば聞くぞ?」

「それじゃ、ちょっと相談しても良いですか?」


 ――。


 獣に対する戦闘技術を、レインは村の戦士達に教えていた。

 最初はレインに対し警戒していた彼らも、狩りに行った一人が豹に襲われていた所を助けて以来立派な戦士として認められている。

 その異常な強さも、彼にとっては畏怖するものではなく偉大なもの。

 村の人は全てがシャーマンを除けば全員が一般人である為、もちろん最優先すべきは戦闘技術ではなく生き残る技術だ。

 教える戦闘技術は決して使うな。

 そんな教えを、彼らは真剣に学んだ。

 勇敢な戦士であることが重要だとされた彼らに教えられた、臆病であれという教え。

 それを伝えるのが未知の領域、人外の強さを持つ戦士からであれば、それは大切な教えとなった。


「世界ってのは広いな」


 そんなことを言う青年に、レインは、「ここがきっと、世界で一番安全な村だ」

 そう答えたのだが、きっとその村の青年はその言葉を理解できてはいなかった。


「レインさん。なんで今のは翻訳拒否したんですか?」

「そりゃ、あいつらが勇敢な戦士だからだ。俺にはこの世界の魅力を抑えて伝えることは出来ない」

「確かに。この広い世界は魅力と恐怖でいっぱいですからね」


 レインは、最初から諦めている。

 彼らにはマナが充実した世界では生きていくことが出来ない。彼らが獣等比べ物にもならない危険が溢れている世界に踏み出すことは死にに行くのと変わらない。

 レインが世界について何か言ってしまえば、勇敢な彼らは必ず興味を持つだろう。

 だから、レインはそれを伝えない。生き残る術を教えて、後の決断は基本的にその人に任せる。

 このスタイルは、どこに行っても変わらない。


 レインは言ってみれば、誰一人信じていない。

 全ての生き物が自分よりも弱い存在で、決して追いつかれることがない。

 頑張れと言ったところで、きっと死ぬ。いつでも、そう思っている。

 だから、誰をも気軽に守るし、苦しむ前に殺すという決断が出来てしまうのだ。

 レインは言ってみれば、孤独だった。


 ――。


「私は、あの人を裏切りたいんです」


 サニィの相談は、だから、それだった。

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