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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第九章:英雄たち
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第百十九話:エリーゼの為に

「エリーゼ様、件の英雄レインを連れて参りました」

「……お入りなさい」


 王城の最奥、その一室に宰相とレインはやってきた。26代目、前女王エリーゼ、現9歳の女王エリーゼの母親の居室。

 5年前に魔王の呪いに罹り、それを見抜いた宰相はすぐさまあらゆる手段で治療を試みたが当然治らず、最後の時はせめて自由にと、僅か6歳の娘が自ら女王を引き継いだのだと聞いた。


 それも、後はたった1ヶ月の命。


「失礼する。狛の村のレインだ。……随分と若いな」

「あら、ありがとう。私が26代目エリーゼです。貴方が英雄様ですか。……」


 そこに居た女性は、25歳程。少なくとも見た目の年齢は。娘が9歳と考えればもう少し上なのかもしれないが、女王としても随分と若く見える。

 初代や娘と変わらぬ白髪に、白磁の肌、聡明さの見える双眸は余裕有り気にレインを見つめ、艶やかな唇はしっとりと濡れている。

 その美貌だけでも、さぞや人気のあった女王なのだろうことが伺える。


「娘からは、どう聞いている?」


 一先ず、そんな質問が出てくる。

 何のこと、なのかは何でも良い。とにかく、あのわずか9歳の女王が自分の母親に対して何を伝えているのか、それの一端が知りたい。それだけのこと。


 「あの娘は、わたくしの病が治ると。鬼神と聖女が必ず病を治してくれると、そう言っていました。でも、そのお顔を見る限り、難しいのですね?」


 前女王はレインを見つめると、そう、端的に告げる。

 わたくしの力は人の感情を感じとること。貴方は今、とても申し訳なく思っている。そんな風に、どこか、諦めた様に。


「エリーゼ26世、もしもサニィが間に合わなかったら、俺が全ての汚名を被ろう。お前を苦しめないと誓う」

「ふふ、貴方は本当に、英雄なのね。出来れば娘とも仲良くしてやって欲しいものだけれど。あの子、父親も亡くしてしまっているから」

「それは、出来たら、な。それじゃ、サニィとあんたの娘を待たせている」

「ええ、またいらしてね」


 二人の会話は、それだけ。宰相はそれをただ見守っていた。

 二人の間に交わされた何かを、宰相も深く理解していた。だから、彼は何も言わなかった。……言えなかった。


「宰相、伝えておく。俺とサニィは呪いに罹っている。残りの日数は1198日。何かに使えるなら使ってくれ」


 そんな英雄の言葉に、宰相は覚悟を決めた。

 二つの覚悟を。


「レイン様、私はロベルトと言います。そろそろ、そう呼んでいただいて良いんですよ」


 宰相ロベルトは一つの覚悟、英雄レインに敬意を評し、自国の女王に対して、【嘘を吐く覚悟】を決めた。


 ――。


 それから30日。

 三日前に母親の部屋を追い出された女王は、わくわくとした表情を隠せず、母親の部屋へと向かっていた。

 聖女サニィはあれだけの特訓をしていた。

 宰相ロベルトも、母親と二人に付きっきりで解呪に立ち会っている。

 なぜ自分が部屋を追い出されたのかは分からないけれど、英雄レインは、【母親を救う】と約束してくれた。

 確実に成功する保証はないと聖女サニィは言っていたけれど、正しい道を示す自分の能力は、二人が呪いを解除すると示していた。


 だから、大丈夫なはずだ。


 だから、信じて、部屋の扉を開けたんだ。


 最初は部屋を、間違えたのかと思った。

 次に、夢を見ているのかと思った。

 そして、ああ、治すための儀式ならば仕方がないか、そう、思った。


 ベッドには母親が寝ており、宰相は母親を見守っている。

 聖女サニィは杖を構え、母親に何かの魔法をかけている。

 ブルーグレーの髪の男は黒い剣を持ち、部屋は真っ赤に染まっていた。


 部屋は、真っ赤に染まっていた。


 黒い剣からは血が滴り、母親は綺麗なまま。

 宰相はそんな母親を見て、つーと涙を流していた。


「え、と、これでお母さんは治ったん、だよね?」


 見ればわかる。

 母親は綺麗だけれど、青白い。

 でも、それが治るための条件なのかもしれない。

 一眠りしたら、きっと顔色も良くなって目を覚ますのだろう。

 そんな妄想にも似た淡い期待は、ブルーグレーの男の一言によって粉々に砕かれた。


「すまない。治すことは出来なかった」


 母親の寿命は、長くても今朝まで。

 治すことができなかったということは、……なんで部屋が赤いんだ?


「なんで……?」

「すまないが、俺が殺した。二人は止めたが、俺に叶うわけもない。遺体だけは、サニィに復元し――」

「何言ってるの?」

「苦しむ前に、楽にしてやったん――」

「いや!!! 出てって! 人殺し!!! お前なんか!」


 どんな意図があったのかは知らない。

 でも、例え、どんな意図があろうと許せない。

 【救う】などと言っておいて殺すなんて、最悪の嘘つきだ。

 何が英雄だ。何が竜殺しだ。何が……、呪いを治す、だ……。

 こっちは命懸けで聖女を救ってやったのに……。


「死んじゃえ!!!!!!」


  ――。


「レインさん、今回のことは、私が至らなかったから……」

「いや、彼女の示した正しき道とやらは、今回のことがあってこそ、だ」

「……それはどういう事ですか?」


 二人がアストラルヴェインを追い出されてすぐ、サニィはそんなことを言う。

 彼女は解呪が失敗したのを受けてすぐ、レインと宰相の支持によって再び陰のマナを纏わせていた。

 そうでなければ耐えられない。そう判断したからだ。苦しい思いをさせてしまうのは分かっているが、26世を【救う】方法は一つだけしかなかった。


【死が間近に迫って発狂してしまう前に、苦しみも与えない程に殺し続けること】


 魔王殺しのレインにしか出来ない程の絶技によってならば、可能になるだろう絶望的な救い方。

 それは問題点を見抜く宰相ロベルトが、問題は死以外見えない、苦しみや痛みは全く感じていないと確かに認めた方法だった。

 

 三日三晩に渡ってレインはそれを行い続け、ロベルトはそれに付き合った。宰相として、前女王の最期は見届けなければならない、そんな使命感があって。

 そしてサニィも、それに付き合った。今回の失敗は自分が弱いせいだと思った為、自分が救えなかったのが悪いと思った為。死の恐怖が襲ってきてしまえば耐えられないことを誰よりも知っていた為、レインを止めることすら出来なかった責任を果たすため。

 しかしそんなサニィの責任感に、レインは少し違うと言う。


「彼女が示した道は、俺とサニィが呪いを治す。ということだけらしい。ロベルトも気づいてしまったから、俺に協力してくれた。今回サニィは、26世を治せない。それが分かっていたからな」

「ちょっと、分かりません」

「サニィが26世を治すのではなく、”俺とサニィ”が、呪いを治す」

「え、もしかして……」

「ああ、お前の研究ならば行けるだろう。何せ、俺は魔王よりも強い。しかし、あの場では出来なかった」

「……そういうことですか」


 二人は街を追われながら、自分達のすべきことを考える。

 僅か9歳の女王への対応は宰相とメイド達がやってくれると言うこと。

 彼女の今後が心配ではあるが、それは呪いを治して償いとするしか方法はない。

 もう、逃げる道はない。


 ――。


「女王様、二つだけ、言わせて下さい」

「いやだ」

「先代様は、苦しまずにご逝去なされました。それだけは私が命にかけて保証します」

「聞きたくない」

「彼らは二人共、呪いに罹っておりました。私の能力が、そう見抜きました。あと1167日で彼らも死にます」

「……」

「だから、先代様が苦しまなかったことだけは、信じてください」

「二つって言ったのに。悪いのは、誰なの?」

「私で御座います。発狂の兆候が見られたため、私が、先代様を苦しませない様にと、彼にお願いしたのです」

「じゃあ、打ち首」

「はっ、その罰、謹んでおう――」

「うそ、分かってた、分かってるから。あの二人が、じいが、理由もなく殺すなんてことないもんね。メイド達もみんな分かってたみたいだったし」

「いえ、私がこの国を乗っ取ろうと、先代様が居なくなれば後は小娘一人、どうとでも」

「じいは嘘が下手すぎ。ねえ、あの二人に謝れないかな」

「……グレーズ王女が勇者レインの弟子で、また会うと言っていましたので、グレーズ王宮に書簡を出せば、可能かと」

「やっぱり素直じゃん。嘘をついた罰として、後でお尻ペンペンだから」


 宰相ロベルトは嘘を吐く。

 幼い王女を支える為、勇者レインの名誉を守る為、先代女王に応える為。

 宰相ロベルトは、二つの嘘を吐く。


 残り[1198日→1167日]

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