第百十三話:そうして英雄は生まれた
最弱の母親から、最強の息子が生まれる。
ただの勇者から、英雄が生まれる。
そう言えば聞こえは良いだろうが、なんのことはない。これは決して偶然起こったことではなかった。
母親は最強の息子を生む力を持っていたし、父親はそんな母親の心を射止めた。ただ、それだけの話だ。
もう一度言うが、史上最強の英雄レインの母親は、人外と言われる人々が常に生まれている村において、圧倒的に最弱だった。
その理由さえ知れば、レインが強い理由も分かると言うものだろう。
狛の村に生まれた人間は、その体内に陰のマナ、魔物や魔王を生み出すマナを内包し、人外の力を得る。その理由は、死の山と言われる村を含めたその一帯が、高濃度の陰のマナに覆われている為だ。
彼らは魔法使いや勇者と違い、超常の力こそ持たないが、超人的な力を持っている。
ここまでは、何度も出てきた通りだろう。
ここで問題なのは、レインの母親が持っている力だ。毒耐性。
彼女にとっての毒とはなんなのか、そこに焦点を当てたことは今までなかった。
しかし、正にそれこそが彼女が最弱である理由であって、レインが最強である理由なのだ。
狛の村の人間は胎児の時にも陰のマナに晒され続け、次第に肉体にマナを馴染ませ人外となっていく。では、超人的な力はいつ得るのだろうか。
それは、胎児である最中から、だ。
レインの母親は毒耐性に目覚めた瞬間、体に陰のマナを馴染ませることを止めると、その体内に陰のマナを蓄え続けた。
毒と言っても、すぐに体外に排出される毒もあれば、体内に蓄えられていく毒もある。
陰のマナは、彼女の能力にとって、その後者だった。
彼女は能力に目覚めた瞬間、最弱であることが確定し、何処で子どもを作っても狛の子どもが出来る体になった。
本質を語れば、それだけのこと。
しかし、陰のマナと陽のマナは綺麗に混ざりあえば中和され、消滅してしまう。それでも、レインの体内には、両方のマナが混在している。
その理由はこうだ。
彼女は弱かったが故に狛の村での生活が苦しく、旅に出ることになる。
死の山さえ出れば、彼女は十分に強かった。狛の村でいくら弱いとは言え、デーモンに勝てない程度。正面から真面目に戦えば、大抵のところで生きていけた。
結局彼女はある勇者と恋に落ち、子どもをその身に宿す。
彼女の卵子には、その体内に蓄えられた陰のマナが、常に混ざり込んでいた。
それは最早、人間と言うより魔物に近い程にどっぷりと。
レインは、そんな肉体の中に、勇者や魔法使いが出来るのと同じメカニズム、すなわち、狛の村の人間が出来るのと同じメカニズムで陽のマナを取り込んでいく。
綺麗に混ざりあえば消滅してしまうそれも、本質的には魔物に近い肉体に、勇者の素質をゆっくりと練りこんで行く事で、人間の肉がマナ同士の干渉を防ぎ、本来はあり得ない狛の勇者を誕生させるに至った。
言ってしまえば、レインの肉体はそんな絶妙なバランスの元に成り立っている。
さながら爆弾の様に。
――。
「理由は分かりませんけど、レインさんの肉体はそんな風に、絶妙に二つのマナが触れ合わない様に出来てるんです。不思議なことに」
サニィは更にレインにこう語った。
「レインさんの肉体はどちらかと言えば人間の勇者ではなく、魔物の勇者みたいです」
とは言え、それはマナの在り方だけで、勿論レイン自身が人間だと認めた上での発言。それはレインも分かっている。
「何か心当たりはありませんか?」
「そう言われれば、母親の能力が毒耐性だったな」
その一言から、上記の結論に至ったのだった。
いつか生まれる勇者は、ある母親の下でしか生まれないもの。しかも、その母親が旅に出なければ生まれないものであったのだから、レインはなんとも複雑な気持ちになっていた。
最弱の人外は、レインの傲慢のせいで死んだ。自分が勝手をしたせいで、母親は死んだ、そう思っていたのに、実の所はその母親こそがレインを産むために生まれた存在だったのだ。
「そしてそんなレインさんは私に出会って、謎を解き明かしたわけですね。全く不思議な巡り合わせです」
「ああ、5年ズレていたら会うことすらなかった。しかも、生年月日すら一緒だとはな……」
「私達が呪いにかかったのも、世界の意思なのかもしれないですね。なんと言うか、世界の意思と言うのはどうにも、バランスを取ろうとしている様に思えました」
その身に世界の意思を受けたサニィは、改めて魔王だった時のことを振り返り、そうこぼす。
「魔王がレインさんの所に生まれたのも、今の時代ではレインさんしか魔王を倒さないから、と考えるとしっくりきます」
「そうなると、8年後には他の誰かが魔王を倒せると言うことか……?」
「そう言うことです。魔物や魔王って、触れてみて分かったんですけど、厳密には生物じゃありません。ただ単に、勇者や魔法使いを倒し、勇者や魔法使いに倒される存在。死んでしばらくすると、ゆっくりと中和されて消滅していきます」
「となると、マナは有限なのか?」
「それは微妙なところです。世界は7割が陽のマナ、と言うのが理想系だと、そう感じました。なので、勝手に増えてしまう陰のマナを減らしたいのかもしれません」
サニィは、そう語る。
魔物や魔王はシンプルに敵だから殺してしまえば良い。しかし、決して人間に恨みがあって人間を襲うわけではない。そんな風に。
真実はともかく、魔王となったサニィは、確実に強くなっていた。
最強の英雄に並ぶ聖女、その姿に相応しく。
あとは、死ぬまでに呪いをなんとかする手段を探すだけ。
世界に目的があって自分達が動かされているのであれば、もう焦る必要すらない。
ともかく、少しの間は、戦いの緊張感で疲れた精神を休めつつ、自分の英雄と共に旅をしよう。
サニィは、そんなことを考えていた。