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雨の世界の終わりまで  作者: 七つ目の子
第九章:英雄たち
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第百十一話:呪いが解けて、目を覚ますんです

 結局のところ、そうなることは決まっていた。

 グレーズ王の口調、レインの所という出現場所、黄の魔王という名称、魔王は今まで魔物が変化して生まれていたということ、そして何より、サニィの能力の危険性。

 その全てが、こうなることを示していた。

 それを避ける方法はたった恐らくたった一つだっただろう。

 サニィが、魔王よりも強くなること。

 きっとそれだけが、今回の魔王誕生を阻止する方法だったのだろう。


『世界の意思の通り、貴様を始末する』


 目の前にいる黄の魔王は、魔王殺しの英雄に向かってそう宣言する。

 その声は、今まで聞いたどんな声よりも、深く英雄の心に響く。

 今までずっと聞いてきたはずの声。しかし、その声にいつもの暖かさは欠片もなく、ただただ無機質。

 それを聞いて、魔王殺しの英雄は、ようやく冷静に至る。


「ああ、やってみろ。出来るものならな」


 英雄は、目の前に居る最愛の者の姿を借りた悪意に向かってそう告げる。

 黄の魔王、聖女サニィの魔王へと。

 マナを感じるという能力、マナに語りかけるという能力。それは裏を返せば、マナに感じられ、マナに語りかけられる能力でもある。ただ、それだけのこと。

 たまたまそんな能力を持つ者が、世界に存在してしまった。ただそれだけの理由で、彼女は魔王に選ばれた。

 いや、それだけではない。

 彼女は運悪く、レインの側に居てしまったのだ。


『もちろん出来ますよ。だから私と一緒に死んで、レインさん?』


 いつもと、全く同じ口調。いつもと全く同じ声。

 ただいつもと違うのは、その言葉が本心であるということ。

 サニィの望むこととは全く違う、純粋な悪意に彩られた本心であるということだけだった。

 

『不死だからって安心してません? 魔王の呪いに罹ってるから死なないって思ってません? でも残念。前回の子はあなたが罹っていることを知らなかったから負けただけで、同じ魔王になら殺すこと、出来るんですよ?』


「なるほど、やはり予想通りもう死ねないか」


 まあ、そんなことはもはや関係がない。

 レインはそう頭の中で呟くと、目の前の魔王へと踏み込んだ。

 どこまで同化しているのかは分からない。隙も、ほぼない。

 確実に言えることは、目の前のそれは魔王であって、サニィよりも遥かに強い。

 そしてレインのしなければならないことは、これを倒すことではない。


『蔦、ウォーターカッター、多重障壁、重力操作』


 瞬時に鋼鉄の蔦がレインを絡め取り、それを脱する間もなく蔦の先から射出されるウォーターカッターがレインの体を刻もうとする。サニィと違い、レインの動きがほぼ見えているかのような正確さでそれを成してくる。出力も、サニィを超えている。

 しかし、レインもレインだ。その英雄は既に、魔王を超えている。

 決して壊れない【月光】でウォーターカッターを退けると、その射出口を切り刻む。

 一瞬の隙を見つけて踏み込むが、魔王もその隙は熟知している。

 何十にも重なった土、炭素、その魔王の知識内にある様々な硬度の高い物質を幾重にも重ねた障壁で踏み込みを弾き飛ばすと、それを放った。


『さあ、潰れてください。これは私の生徒が考えた魔法です。どうです?」


 レインの胸元に、急激に身体が引き寄せられる感覚。

 黒い、豆粒の様な何か。

 それが黒い理由を、英雄は一瞬で理解した。


「ぐっ、それなら……」


 光をも吸収する程の何かがあるのならば、その力を移動させてしまうしかない。

 豆粒自身の重力に耐え切れない程の質量など用意出来るわけがない。

 それならば、空間ごと切り裂いてその豆粒を彼方まで飛ばしてやればいい。サニィのいる場所は効果範囲外。それは精々1mが範囲といった所だろう。

 幸いなことに、レインは空間の隙間すら捉えることができる。

 かつて60kmにも渡るジャングルを切り裂いた要領でそれを飛ばすと、再び魔王へと踏み込む。


 この戦い、レインは魔王を圧倒しなければならなかった。

 ギリギリの勝利では恐らく、魔王が出来るといった様にサニィを殺してしまって終わりだ。

 隙が見えるのだから、魔王と呪いの隙間を斬ってしまえばサニィをも巻き込んで殺せるだろう。

 しかし今回の勝利条件は、魔王を殺してサニィを救うことのみ。それを為すには、圧倒的な力の差が必要だった。

 呪いとサニィの生命を残しつつ、魔王だけを斬り殺す。その、紙一重とすら言えない隙間を、レインは斬らなければならなかった。


 ただ殺すだけなら、正直もう完了しているだろう。

 その程度には、力の差がある。

 しかし、サニィを残すには、完全に彼女と同化してしまっている魔王の呪い部分は斬ってはいけない。それが難易度を上げていた。

 

(幸いなことに、魔王はサニィの肉体と同化しているわけではなく、乗り込んでいると言う感じか。心臓の奥深くにある、極小の豆粒の様なものが魔王たらしめるマナの結晶なのだろう。それを、取り除かなければ……)


 サニィを殺すことなく、心臓から米粒大にも満たない結晶を取り除く。

 今回レインがしなければならないことは、それだった。

 それがサニィの体内にある限り、ただ殺すだけではサニィと共にそれも蘇る。呪いごと殺せば、サニィも死ぬ。

 そして、サニィが未だ意識を保っているとすれば、一度たりとも殺す事は出来ない。

 必ず守ると約束した以上は、それは決してしてはいけないことだった。


 戦闘の時間は、およそ15分にも及んだ。

 明確に、レインの方が上。しかし、ほんの少しの差で魔王を斬ることが出来ない。

 だがその決着は、とてもあっけないものだった。


「レインさん! 斬って! 良いから、早く死ね』

 

 それはほんの少しの隙だった。ほんの少しの、サニィの叫びだった。

 ほんの少しの、魔王が居なくなった瞬間、それが、戻った瞬間に、明確な隙が見えた。

 

「ふっ!」


 空間を切り裂くことの応用、極小ブラックホールを移動させたときの応用、動く相手の心臓から、空間を切り裂き、1mmにも満たない粒を取り出す、人外の技。0.1mmのミスも許されない、心臓への侵入。

 レインの意図通りに、その宝剣は距離を切り裂いた。

 直接サニィに触れることなく、それを成し遂げた。

 ……そのまま、それを消滅させる。


「っっはぁ、っはぁ、さ、サニィ!」


 極度の集中で息も切れ切れに、レインはサニィの下へと駆け寄ると、その上体を抱き起こす。

 そこに悪意は感じない。

 ただ、意識を失った美女がいるだけだ。


「サニィ、大丈夫か?」


 優しく語りかけてみるも、返事はない。

 呼吸はしているし、脈も正常だが、目を閉じたまま動かない。

 隙を見るに、意識はあるように見えるが、彼女は動かない。

 

「なんでだ……、起きていてもおかしくはないはずだ……」


 能力で見る限りは、どこにも異常がない。

 魔王にとりつかれる前の、元気に話していた時の彼女そのままなのに。

 しかし、全く動かない。


「…………ぶふっ」


 そう思って焦っていた所、彼女は急に吹き出すと、くすくすと笑い出す。

 全くもって、意味が分からない。

 

「お、おい、大丈夫かサニィ!?」


 そう訪ねてみると、彼女は更に大声を上げて笑い出した。


「あっはっはっはっは、レインさん、なんでだ……っ! って!! ふふ、あっはっは!!」

「おい、何を笑っているんだ、乗っ取られて脳に異常が起きたか!?」

「あっはっはっは、はぁ、あのですね、レインさん、お姫様が意識を失って眠っていたら、王子様はどうするんです?」

「そんなもの、医者を呼ぶに決まっているだろう」

「ふぶっ、ちょ、やめてくださいよそういうボケは」


 レインは冒険者で、狛の村の守護神だった。

 教養はあるものの、世間での一般常識には疎い。

 対してサニィは割と良い家柄の出だ。毎日両親に、値段の高い絵本を読み聞かせてもらって育ってきた。

 

「眠ったお姫様にね、王子様は、キスをするんですよ」

「そうするとどうなるんだ?」

「呪いが解けて、目を覚ますんです」

「……そうか」

「でも、もう遅いですからね! もうチャンスはありません!」


 サニィは何気なく言った一言だっただろう。

 しかし、レインはその言葉を何気ないの一言では済ますことができなかった。

『呪いが解けて、目を覚ますんです』

 その言葉を、レインは生涯忘れる事は出来なかった。


 その後、レインはしばらくサニィを抱き続け、サニィもそれに抵抗することはなかった。


 残り[1239日→1209日]

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