第百九話:渦巻く気配の中心にそれは生まれる
聖女サニィは正確には魔法使いではなく勇者である。
その能力は【世界に満ちるマナを感じとり、語りかけること】
様々な勇者の能力の中でも一際特徴的な能力の持ち主。
マナタンクに限りある通常の魔法使いとは違い彼女にはマナタンクが存在せず、空気中のマナを直接扱う為、マナ量には限りがない。それもあり、その出力は最早奇跡と言っても良いレベルである。
彼女はその能力を活かし、魔法を五世紀ほど進化させたと言われている。いや、彼女が居なければ魔法使いが勇者と同等に扱われる日など、二度と来なかったと言っても過言ではないだろう。
勇者や魔法使いは魔法の元となる陽のマナが人体に影響し、超常的な力を扱う者を指す。
逆に陰のマナが実態化したものが魔物であり、それを胎児の内に体内に取り込むと狛の村の人外とも言える力を持った人々を生み出す。
彼女はそんなマナに関する世界の仕組みを解明した人物でもある。
二つのマナは混ざりあえば消滅してしまうため、彼女の伴侶である英雄レインは通常有り得ない狛の勇者となっている。しかし、彼女はその能力によって英雄レインと共にその秘密を解明している。その件に関しては、勇者レインの項で詳しく解説することとする。
一部の魔物が魔法を使える理由は既に実態を持っているため。
これらは全て、彼女が陽と陰、両方のマナを感じ取ることが出来たために発見されたことである。
アレス著『世界の英雄達』より抜粋
――。
魔王が生まれるとされた日、二人は草原に居た。
周囲には人がおらず、少量の野生動物と魔物が居るのみ。この3週間はサニィの探知を利用して、決戦に適した場所を探すことに終始していた。
二週間ほどをかけ、周囲半径20km程に殆ど人が入り込まない地を探し出すと、そこを決戦場に選んだのだった。魔王が生まれる日にちが多少ずれても良いよう、二人はひと月前から一切人里には近寄らず、できる限り人を避けて生活してきた。ババ様の予言は正確だったようで、予言の当日になるまでは魔王は現れなかった。
サニィはここ1週間、日に日に強くなる陰のマナの気配に、恐らく予定通りの日に魔王が出るだろうと予測を立てるが、前回の魔王戦では突如デーモンロードが変化した為、そのタイミングは完全には予測出来ないとしている。
「陰のマナが凄いです。なんかこう、もわもわむんむんしてますよ。前回は山全体が包まれてたので気づかなかったんですけど、普通の平地だと凄いですね」
「そうか……やっぱり俺には全く分からないな。ともかく、魔王が出るまでは決して俺から離れるなよ」
「はい。なんの魔王なんですかね」
レインは既に剣を抜き放ち、座ってはいるものの、どんなタイミングでも戦えるよう準備している。
サニィも杖を立てて、同じように待機する。現在のサニィであれば、レインが相手でも逃げに徹すれば30秒程は耐えられる。攻撃をしようとしてしまえばその瞬間に隙を読まれ負けてしまうものの、それは魔王であっても同じだろう。魔王が出た瞬間、咄嗟に回避することが出来ればレインの足止めもあって確実に逃げきれるはず。そう言う判断だった。
「黄の魔王か。正直な話、思い当たる相手は一つしかない」
「んー?」
魔王は魔物が変化して生まれる。
いつどこで生まれるかは基本的に予測がつかないものの、グレーズ王国のババ様の様な予言の力を持っていれば、魔王に関して占った時に限りその出現を予測できる。サニィであれば、その場に居ればマナの渦を感じ取って出現を予測出来る。その出現は一瞬で、魔物の見た目に変化はないものの、直前までとは比べ物にならない圧力を有する。変化と言うよりも、魔王という存在がその魔物を上書きしていると言えるのかもしれない。
そしてそれは、世界の意思に従ってレインを殺そうとする。人間を殲滅しようとする。
「ふ、ふう、ちょっと、だんだん怖くなってきました。マナが私たちの周りに……」
「そろそろか。お前は必ず俺が守る。準備しろ」
「は、……はい、はぁ」
マナの動きに敏感なサニィは、その気配を感じ取っていた。
それが、少しずつ形を持って迫ってきている。
もうすぐ、魔王が出現する。レインには何も感じ取ることは出来ないが、その圧力は既にサニィの精神を押し潰そうと迫ってきている。
これを、こんな圧力を自分以外は感じ取ることが出来ないのだろうか。こんなにもどす黒く、悪意を持った気配。狛の村の住人はその他の人々に比べて生死にあまり執着しないと聞くが、こんなマナが体内に練りこまれているのならばそれも仕方がない。レインの鬼畜さも、この影響なのだろうか。そんな風に、思ってしまう程の圧倒的な悪意が、形を成そうと迫ってきている。
レインや狛の村の人のことを考え、負という言い方を止め陰と言う言葉に変えたものの、これは最早悪のマナと言った方が良いのでは無いだろうか。
それほどまでに、サニィはその悪意に押しつぶされかけていた。
レインを頼ろうとそちらを見てみるものの、レインは既に戦闘態勢に入っている。
その邪魔をしてはいけない。その邪魔をしてしまえば、自分は殺されてしまうかもしれない。そんなことを思ってしまう程に、レインの状態は研ぎ澄まされていた。
一刻も早く魔王を倒して、彼に抱きしめてもらいたい。
そう、深く思うものの、それをレインに伝えることなど出来なかった。
その理由はとても簡単だ。
そのまま数十分、もしかしたら、たったの数分だったのかもしれない。
とにかくその圧力によって高まる緊張感の中、遂にそれは姿を現した。
「レインさん、まずいです、来ます、きま――」
サニィの声は、そこで止まった。
レインの研ぎ澄まされた殺気がサニィを射殺す様に向けられている中、サニィはそれ以上の言葉を発することができなかった。