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5.二人は出会ってしまった

「なんてこと、なんてこと……。最強と謳われたオカマメシー王国の兵士たちが、奴隷女たちだけでなく逞しくも美しい男性たち(メンズ)までもが、まさかオナベー王国の手に掛かるだなんて……」


 数日後、ダイズー地方の一角を、ひとめぼれ女王は一人でよろよろ馬に乗って歩いていました。ここは二国の争いの中でも一番の激戦地と言われたところだったはずなのですが、不思議なことに、他の前線地域よりも随分のどかなことです。

 とは言え普通なら従者が必要なところではあるのですが、チクサン地方で連れていた家来が一人二人と姿を消していき、気が付いたらひとめぼれ女王一人になっていたのです。


「しかも、まさかシャモジまで……!! 許さないわ、あいつ絶対に許さないわぁ!!」


 一番の頼みの綱だったシャモジ宰相まで消えてひとめぼれ女王はたいそうお怒りですが、同時にとても寂しくて怖くて堪りません。

 何せひとめぼれ女王は、身体は元男性ではあるものの心は女性の女装子です。しかも生まれてこの方ずっと蝶よ花よと甘やかされて育ってきたので、こんなとき、どうしたらいいのか全く分かりません。いつも釜飯を炊いてくれていた侍女装子もいないので、お腹も減って今にも泣きそうでした。


 そして遂に、ひとめぼれ女王はダイズー地方の真ん中で、倒れてしまわれました。

 するとそのとき――。


「お美しいあなた、大丈夫ですか? しっかりなさい! こんなところで死んでしまってはいけません!」


 身体を揺さぶられると同時に、美しい低い声で話し掛けられました。

 ひとめぼれ女王はうっすらと目を覚まします。


 するとなんとそこにいたのは、これまでかつて見たこともないような美貌の男性です。


 美しい男性はひとめぼれ女王が意識を戻したことにホッとすると、ひとめぼれ女王をその逞しい腕に抱きかかえました。突然間近に迫った美しい男性の顔に、ひとめぼれ女王のお顔は真っ赤になり、胸がドキドキと鼓動を打ちます。


 美しい男性は言いました。


「なんとお美しい方だろう。あなたのようなお美しい方を、僕は今まで見たことがない……! しかし可哀想に、お腹が空いてしまっているのだね。さしずめ迷える子羊というところかな? だが、ちょうど良くすぐそこに美味しい鍋料理屋さんがある。一緒に食べに行こう」


 キラキラした笑顔で彼が一気にまくし立てるのを、ひとめぼれ女王はうっとり眺めて聞いていましたが、一瞬の間の後に、ん?と首を捻りました。


 果たしてこのお美しい殿方は今「美味しい鍋料理屋さん」と言ったかしら。いえいえ、あたくしの聞き間違えね、あんな邪道な食べ物を。でももしこの人が鍋料理を好きであたくしの前に鍋料理が出されたとしたら、どうしましょう、無碍に扱えないわぁ……。

 などと、ひとめぼれ女王は麗しの殿方の腕の中で柄にもなく葛藤します。


 そうしていると、いつの間にか件のお店に移動していたのでした。

 カウンターで店番をしている元傭兵の男性に向かって、美しい男性は言いました。


「君、この僕が何者か知っているかな? ああ、いい、分かっているならいいさ。ところで僕はこの美しい子羊に美味しい物を食べさせたい。え? それは何って? 分からない奴だなぁ。SUKIYAKI、すき焼きさ!」


 美しい男性はカウンターに肘を突き、ビシィッとポーズを決めます。

 その姿にひとめぼれ女王は思わず鼻血を噴き出しそうになりましたが、同時に違和感も覚えました。


 すき焼き!? 鍋料理の中でも寄りにも寄ってすき焼き!? あたくしが大大大大嫌いなあのすき焼き!? いえ、食べたことはないけど、あのクソ王に因んだ料理だなんて最悪だわ! あぁでも彼がご馳走してくれるのなら、好き嫌いはダメだわ!


 ひとめぼれ女王は美しい男性の見えないところで悶々と脳内会議をしていますが、何を隠そう、この目の前にいる美しい殿方こそすきやき王なのです。しかし、二人が顔を合わせるのはこれが初めてで、二人とも相手のことを本当の男性と女性だと思っているのでした。


 こんな美しい殿方のためなら、大嫌いなすき焼きだって食べてみせるわ! とひとめぼれ女王が心を決めていると、注文を受けた元傭兵の男性はキッチンへと消えていきました。

 するとキッチンから醤油とみりんと酒の混ざった甘辛い匂いと一緒に、ひとめぼれ女王の馴染み深い美味しそうな匂いが流れてきます。これは釜で炊いた白米の匂いでしょうか。しかもなんと運のいいことに、この白米の品種は女王の大好きな――ひとめぼれです。

 元よりお腹が空いて死にそうだったひとめぼれ女王は、ふっくら水分を含んで炊きあがる白米を脳内に浮かべては、今にも涎を垂らしそうになっています。

 もはやすき焼きよりも白米が食べたくて仕方がありません。


 一方のすきやき王も、キッチンから流れてくるすき焼きの匂いに堪らなくなっています。

 白滝、エノキ、椎茸、ニンジン、ネギ、こんにゃく、豆腐、そして最高級の牛肉。それらの具材から滴る水分と脂が絡み合ったところに新たに落とされる醤油とみりんと酒と砂糖の甘辛い味付け。そうして味の染みた具材を溶き卵で食べるあの幸せ……。

 卵が絡んだ牛肉を口に運ぶ瞬間を頭で再生しては、すきやき王は謎のスタイリッシュポーズを決めてひとめぼれ女王をうっとりさせるのでした。

次話で完結です

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