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甘いだけじゃないシリーズ

甘いだけの女になどなりたくありませんの【1】

作者: 陽向楽

甘いだけじゃないシリーズ1


舞うような軽やかな動きはまるで花畑で蜜を吸い遊ぶ蝶。

コロコロと鈴のように響く声音は歌う。

小麦の穂を思わせる豊かな髪は柔く風に揺れて。

若木のようなしなやかな手足は健康的でありながら艶やか。

野に咲く花のごとき笑顔は見るものを癒す。


言えて妙だ、とかの少女を眺めながら耳に入る噂話に頷いた。


「セシリアーナさま?なぜ、ご婚約者を盗られても笑って見ていられますの?」


麗しい(かんばせ)を歪めながら私に苦言を呈するのは、私と同じく婚約者が少女を追いかけるようになった伯爵家令嬢。そして同じテーブルでは他にも子爵家令嬢がふたり、男爵家令嬢がひとり、そしてもうひとりの伯爵家令嬢が怨みのこもった視線で少女を睨み付けている。


一応、私の取り巻きのようなグループだ。


「セシリアーナさま!」


答えずに西の地方で名産とされる香り高いコーヒーを飲めば、伯爵家令嬢が歪めていた顔に怒りを乗せて名前を呼んできた。



「特に騒ぎ立てる必要はございませんわ。これまでも、これからも、わたくし達貴族が成さねばならぬことは変わりませんもの」


貴族の言葉で言えばこんなところだろう。

率直に言えば[階級が違う平民と心を交わす男と同じ土俵に立つ必要はないし、そろそろ後継としての資質に疑問を持った各家のご当主達が動き出すから、婚約者として今まで通りを心掛けて過失がない状態で相手の家から謝罪やそれ以上の見返りを得るべき]ってところなのだけれど。


それでも婚約者に恋心を持ってるならば難しい話には違いない。


「貴族の成すべきは民を守り、国を栄え、家族と祖先が培ったその家の歴史を紡ぎ続けること。個人の誇りを傷つけられたとみっともなく騒ぐのは、その行為こそが貴族の誇りに傷をつけるものですわ」


さて、わかってもらえるだろうか。


「セシリアーナさまは!ご婚約者を愛しておりませんの!?」


案の定、ふたりの令嬢が怒りを灯した瞳で睨み付けてくるようだ…。

まあ、それだけあの少女に侍る婚約者に愛がある、ということか。


「お互いに寄り添い合える相手であれば、と思いながら良好な関係を作ってきたつもりですわ。でも、わたくしの信頼を先に裏切ったのはあの方。わたくしの感情をあの方に配って、貴族の誇りに傷をつけても厭わない、とまでの愛はございませんわ」


言い切れば、先程のふたりの令嬢以外は納得したかのように頷いている。意外に私と似た思考の持ち主だったのかもしれない。


「逆にお聞きしますわ。おふたりはご婚約者を愛しているから、あの少女を害する程の感情や気力をお持ちですの?」


飲み終えたカップをソーサーに戻し、行儀が悪いことを理解しつつもテーブルの上に肘をつき、組んで重ねた手に顎をのせた。

にっこりと笑顔で聞けばふたりの令嬢は狼狽え、他の令嬢達は笑いながらやや力を抜いている。


「婚約者を愛しております!だからこそ、あの平民が許せないのです!わたくしの婚約者と公表されている殿方にすり寄り色目を使う、卑しい女が!」


「……婚約者はもう愛しておりませんわ。わたくしを馬鹿にするような、状況を見極められない愚かな男など、好意の欠片もございません。ただ、わたくしを無様だと笑う周囲と原因の平民が憎いのです」



「えっ?」



最初に私に問いかけた伯爵家令嬢以外は婚約者を見捨てる選択ができている、ということらしい。他の令嬢達も先程までの怒りに燃えていた様子はなくなった。

戸惑ったのはひとりだけ置いていかれた形の伯爵家令嬢。


「愛の反対は憎悪ではありませんの。好意の反対も憎悪ではありませんわ。それらの反対は無関心」


ひとつ菓子をつまみ、困惑したように固まる伯爵家令嬢の口に放り込む。


「憎悪の感情を向ければ向けるほど、貴方が婚約者を未だに思っていることは明白になりますわ。あの少女にも、同じこと。現状を楽しみ戯れるあの少女にそんな感情を向けるなんて、もったいないんじゃありません?」



自然体なままの少女は悪意の有無はわからないものの、現状を楽しんでいる節がある。男達が称賛する噂話と相違のない姿は、幼く理性の弱い子供がなんの(はかりごと)もなく戯れているようなものだ。


私達は少女の親でもなければ、教師でもないし、好意も友情もない。腑抜けになった婚約者とて名ばかりになった、赤の他人。

諭す必要もない相手にわざわざ時間をかけることほど無駄なことはないだろう。


「まあ、わたくしの考え方ですので貴方が納得できないのであれば、それはそれでかまいませんわ。ただ、何をするにしてもわたくしと共にある皆さまに迷惑のかからない方法で行ってくださいね。今まで共にあったことを考えて忠告はいたしましたから、あとはご自由にどうぞ?」


ガタリと淑女らしくない音とともに立ちあがり、此方を睨み付けてから遠ざかる伯爵家令嬢。

共にテーブルにいた令嬢達は動かない。


「皆さまはもうあの少女を害するつもりはない、ということでよろしいかしら?」


「はい、セシリアーナさま」


「愉快でない時間を大変失礼いたしました」


「ご忠告ありがとうございます」


「わたくしも自分の誇りを傷つけず済みました」



笑顔になった令嬢達に、私も満たされる。


「ひとり、欠けて残念ですが、これも定めかもしれませんわ」





後に大規模な廃嫡騒動となる傍らで初めて認知された通称[貴き乙女の会]というものがある。属したと言われる令嬢は高い能力と場を見極める才、気高い精神を持ち、婚約破棄をした直後から他の家に是非輿入れをと乞われる者達だった。

誰ひとりとして、[貴き乙女の会]という集いの名は認めなかったが、その精神にあやかりたいと願う令嬢達の相談所としても活動があった。


集いの中心にいたのは、大陸初の女侯爵となった、セシリアーナ・エル・ナクタリアージュ。公爵家の三男を父に持ち、幼き頃に母を亡くしたため、一族に貪られ傀儡となりそうだったナクタリアージュ侯爵家を建て直し、女傑として常に淑女の目標となる人物である。



続きは上部の甘いだけじゃないシリーズからお読みください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「甘いだけじゃない」うんぬんのシリーズは、明らかにローファンタジーに登録をするべき作品ではありませんね。 現実世界を舞台にした作品ではないわけですから。 ちゃんと運営側が提示しているジャンル…
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