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全部、太陽のせいだ

作者: えみ姉



――――キーン、コーン、カーン、コーン


「それじゃ、今日の授業はここまで。続きはまた次回。各自復習しておけよ」

「気を付け、礼」

「「「ありがとうございましたー」」」


チャイムと共に授業が終わり、教室の空気がゆるむ。

机に突っ伏していた人も起き上がり、帰る準備を始めている。

私も机の上の筆箱や教科書を鞄にしまって、HRが終わったらすぐに帰れるようにしておく。


「陽子ー!」


誰を誘おうかなと考えていたら、教室の反対側から大声で名前を呼ばれた。

もうすぐ学校が終わることもあって教室は喧騒に包まれているため、大声を出しても注目されることはない。

声の方向を向くと、仲の良い友達が数人集まっていた。


「なにー?」


こちらも負けじと大きめの声で返す。

十中八九、遊びの誘いだろうな。


「今日、暇ー!?遊ぼー!」


ほら、やっぱり。

大声で返ってきた言葉が予想通りで、少し笑いそうになる。


「いいよー、どこー?」


疑問形ではあるものの断られるとは微塵も思っていないその声に、承諾の言葉を返す。

断る必要もないし、私も暇だもの。


「お前ら、席付けー。ホームルーム始めるぞー」


そこで担任が入ってきたので、「あとで」という言葉に頷いて前を向く。

席を立っていた人もそれぞれ自分の席に戻り、教室が静寂を取り戻していく。


今日は何するつもりなのかと思いながら、担任の話を聞き流す。






適当に授業を受けて、適当に友達と遊び、適当に家族の相手をする。

いつもどおりの、なんてことのない一日。

思い出にも残らない、日常の一コマ。


そんなものが、ずっと続いていく。

それが人生だなんて、マセたことを思っていた。









「おー、きれー」


真っ赤な太陽が地面に沈み込んでいく。

その反対側は既に薄暗くて、今は昼と夜の境目なのだと教えてくる。


「そろそろ風が冷たい季節だなー」


時折吹く風に少し体を震わせ、ブレザーをぎゅっと握り締める。



ふと思い立って、屋上に来てみた。

この学校の屋上はいつもは鍵が閉まっている。

今日も閉まっているだろうけど、屋上が見てみたくて、その前の踊り場までのつもりで階段を上った。

初めて見る屋上の様子に少し興奮して、試しにとドアノブを回してみた。

もちろん開かないことを前提に、ガチャガチャと。


だというのに。

ギィ、と音を立てながら開いた扉に驚いて、好奇心に負けて出てきてしまった。

夕焼けに感動して、柄でもなく少し感傷的な気分になった。



毎日同じような一日の繰り返しで、つまらなくないといえば嘘になる。

でも、楽しくないわけじゃない。

友達とくだらないことを話すのは楽しい。

授業はつまらないし勉強も大変だけど、やりがいはある。もちろん、面倒くささの方が上にくるけれど。

家族は鬱陶しいと思うことはあっても、嫌いじゃない。


このまま、適当に毎日を過ごして、適当に大学生になって、適当に社会人になって、適当に結婚して、適当に人生を終えるのかな。

なんて、つい、思ってしまった。





風が一際強く吹いて、寒さに思わず顔をしかめる。

そろそろ帰ろう。



屋上の扉をくぐる寸前にふと振り返り、沈みかけの太陽を目に焼き付ける。

光が目に染み込んで、変わりたいな、なんて余計なことを思った。









思うことと実行することはまた別問題。

今日もいつもどおり学校に来て、いつもどおり友達と話して。

昼休み、たまたま友達は皆用事があったから一人で過ごしていた。

今日は快晴で、教室の人口密度は低い。グラウンドからは元気な声が絶えず聞こえてくるので、外で遊んでいる人が多いのだろう。


「ねーねー、川勝さん」


携帯をいじるのに飽きた頃、そう呼ぶ声が聞こえた。

教室で、よく他の男子と馬鹿話している声。

クラスメイトでも話したことは数回で、どれも業務連絡みたいなものだったから、少し驚きながら顔をあげる。


「なに?」

「昨日さ、屋上、来たでしょ」


内緒話をするかのように言われた言葉にまた驚いた。


「うん、いたけど…なんで」

「だって、俺もその時いたもん。気付かなかったでしょ?」


悪戯っぽく笑って言う彼。

その言葉に、ただ目を見開くことしかできなかった。

どこにいたんだろう。


「実は、あの鍵開けたの、俺なんだ」


そういえば、閉まっているはずの鍵が開いていたな。

ぼんやりと思いながら楽しそうに言う彼を見る。

どうやって開けたんだろう。


「開け方は、内緒」


読心術でも持っているのかと言いたいくらい、思っていることにぴたりと返事をされた。

そんな分かりやすいかな。


「今日も開けるからさ、来なよ。綺麗だったでしょ、夕焼け」


返事もできず、帰ってきた友達の所へ行く彼を見送った。

どう、しようかな。






午後の授業を受けてHRも終わって、放課後がやってきた。

帰る支度をしていると、既に支度の終わったらしい友達が来た。


「陽子、カラオケ行こー」


いつもだったら悩まず頷くその言葉に少し悩んだ。

昨日見た真っ赤な空と、彼の悪戯っぽい笑顔が浮かんだ。


「ごめん、今日、ちょっと用事あるんだ」


珍しく断った私に友達は驚いた顔をしたけど、即座に頷いて残念そうな顔を作った。


「そっかー、残念。じゃ、またねー」

「またね」


何があるのか聞くこともなく去っていく友達を見送って教室を見渡すと、少し笑ってこっちを見ている彼を見つけた。

見なかったふりをして帰る支度をゆっくりと進めて、彼が出ていくのを待つ。

彼しか開けられないんだから、私が先に着いて待っているのも癪じゃないか、なんて誰かに言い訳しながら。





彼が教室からいなくなって暫くして、ようやく腰を上げて教室を出る。

学校にはまばらに人が残っていて、電気のついている教室の前を通るたびに誰かの話し声が聞こえる。

階段を上って踊り場まで来て、それでも少し躊躇してドアノブに手をかけた。


恐る恐る押すと、昨日のようにギィ、と音を立てて扉が開いた。



屋上に出てすぐに目に入るのは、オレンジ色の太陽。

昨日の燃えるような太陽よりも目に痛くない。そんな気がした。

そのまま柵にもたれて、ぼんやりと太陽を見ていた。



「おーい、川勝さーん」


聞こえる声に、驚いて後ろを向く。

すっかり彼のことを忘れていた。


「あ…」


どこにいるのかと思えば、彼は屋上よりも一段高い所にいた。踊り場の天井にあたる部分。


「こっから見たほうが綺麗だよー」


笑顔で言う彼に、それは気になるな、とはしごを上る。


「うわ……」


思わず、絶句してしまうくらい。

たかだか数メートルの違いで何が変わるのかと思ったのに。

そこから見た太陽は、泣きたくなるくらい、綺麗だった。




口を開けて見惚れていると頬をつつかれた。

驚いて隣を見ると、苦笑気味の彼。

抗議の意味を込めて睨むと、肩をすくめて指を引っ込めた。


「ごめん、つい。おっきく口あけてずっと夕焼け見てるもんだから」


なんだそりゃ。


「まぁ、いいけど…」


彼から目をそらして、また太陽を見る。


「昨日も、そうやってじっと見てたよね」


横から話しかけてくる彼。

なんとなく顔を見られている気がするけれど、気にせず前を向く。


「うん」

「そんなに、綺麗?」

「うん」

「ふーん」


そう言ったきり黙った彼と、並んで太陽を眺める。

友達といる時は無言にならないよう気を使うのに、今は全く気にならなかった。




太陽が沈むまでそこにいて、太陽が沈んだ後もその余韻から抜け出せないでいた。

彼は、そんな私の横でずっと黙って立っていた。


「そろそろ帰ろうか」


段々風が強くなってきて、ぶるりと体が震えた。

そんな私に目ざとく気付いた彼が、ほら、と手を差し出してくる。

どうしたものかと迷う私に気づいて、私の手を取って歩き出す彼。

あ、と思ったけど、はしごを降りる時に手を離される。


どーぞと促されて私から降りる。

彼もするすると降りてきて、また私の手を取って屋上を出た。


「ねえ…鍵、閉めなくていいの」

「いーのいーの。めんどいし」


なんとなく繋がれた手には触れづらくて、別の話題を出す。


「バレない?」

「へーき。誰も来ないもん」


皆開いてないと思い込んでるし。そう言って笑う彼に釣られて、そっか、と私も笑う。

そのまま駅まで手をつないで帰った。




日常の中の、特別な一日。









それから、数日に一回、一緒に屋上に居るようになった。

約束なんてしてないけど、私が友達の誘いを断ったら、彼が屋上の鍵を開けてくれる。

彼が誰かに誘われているのを見れば、私も屋上へは行かずに帰る。


屋上へ行った日は、必ず彼がいた。

太陽が沈むまでぽつりぽつりと話しながらそこに居て、太陽が沈んだら手をつないで二人で帰った。





「なんか陽子、最近楽しそうだね」


昼休み、友達と喋っていると、そう言われた。

他の子も頷いてこっちを見る。


「好きな人でもできたのかー?」


にやにやしながら聞かれて、皆が一気に盛り上がった。


「いや、そういうんじゃなくて…最近楽しみが出来て」

「えー、違うのー」

「つまんなーい」


否定したら文句を言われたけど、それ以上は聞かれなかった。気付かれていないと思っていたけど、意外と見られてるものなのかな。

そのまま別の話にシフトして、この話題は終了した。








「ねぇ」



その日、屋上に2人で座っていると、彼が話しかけてきた。


「なに?」

「俺のこと、嫌い?」

「…嫌いじゃないよ」


前を見ながら答える。

そういえば、今日の昼休みは彼も教室にいたな。


「じゃ、好き?」

「……さぁ」

「ふーん」


少し嬉しそうな声音が気になって彼を見ると、にやけながらこっちを見ていた。


「…なに」

「いや、別にー」


その返事に少しむっとしたけど、まぁいいかと思ってまた前を見る。

沈みかけの太陽は刻々と顔色を変え、いつまで見ていても飽きが来ない。







なんとなく。なんとなく、だけど。

こんな毎日が続けばいいな、なんて思った。


後々に思い返してみれば、きっと「あぁ、青春だったな…」なんて思うのでしょう。

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