3.まおう が あらわれた!
「それにしてもホントに久しぶりだね、シロウくんとこうやって帰るのも、ゆっくり話すのも。」
「そ、そうだね。」
シロウとフレイヤは学生寮へと続く道を並んで歩いていた。フレイヤはかつてのクラスメイトと久しぶりに会話できるからか、どことなく歩みが軽い。一方シロウはというと周りを気にして気が気でない様子だ。無理もない。他人から見れば学校の人気者と仲睦まじく歩いているのだ。シチュエーション的にはかなりいいのだが、誰かと出くわさないかとハラハラしながら夜道を歩く。夜道を照らす魔法の火がまたいい雰囲気を作り出している。それすらシロウにはもどかしく思えた。そんなシロウの様子に気づく風もなく、フレイヤは気さくにシロウへ話しかける。それこそ、”昔”のように。
「シロウくんとはしばらく違うクラスだけど、シロウくんの名前はたまに聞くよ。」
「ハハ…あんまりいい噂じゃないんだろうなぁ…」
最低クラスの最下位を争うくらいなのだ。最高クラスである第一クラスからはひどい言われようなのが目に見えてわかる。それにしてもなんて話題を、とシロウは内心苦笑いする。
「まあ確かに酷い噂もあるけどさ、そればっかりじゃないよ。シロウくんが”毎日遅くまで努力してる”っていうことを知ってる人もいてね。努力してる姿がカッコいいって言ってる人もいるよ。私ももちろんすごいと思う。あれだけの努力を続けるのってあんまりできないことなんじゃないかな、って思うんだ。」
見てくれている人もいる。だからこそいつか努力は報われる。そういう話を彼女はしてくれた。憐れみや同情から来るのではなく、彼女は本気でそう信じているのだろう。そんな彼女の純粋な応援がシロウにとっては何よりの励みとなった。この人の近くにいたい。そして何より、この人が信じるものは正しいということを実現させなければならない。そんな気分になっていた。先ほどのような居心地の悪さは薄れていた。
「歩いて帰ったのなんていつ振りだろう…なんか昔より近く感じたなぁ…」
「そうだね。距離は一緒なのに…」
気づけば、寮の前まで到達していた。ここで彼女とは別れた瞬間からまたいつもの日常が戻る。落ちこぼれとしての日常が。
「じゃあシロウくん、”また明日”!」
別れの挨拶を告げ、彼女は寮の中へと帰っていく。その後ろ姿をぼんやりと見つめる。”また明日”。昔はほぼ毎日言っていた。また昔のようになれることがあるのだろうか。少なくとも今のシロウには、彼女の隣に立つ姿を想像することができなかった。再び始まった落ちこぼれとしての生活にできるだけ目をそらしながら、シロウは寮の方へと歩きだし、
「おい、人間。」
不意に後ろから声をかけられた。
「うわっ!?」
驚きから情けない声がもれる。急いで振り返ると、そこには一人の青年が立っていた。歳はシロウと同じくらいだろうか。目つきは少し鋭いが、それを含めかなり整った顔立ちをしている。その顔立ちからか、魔性の魅力というものが彼から出ているように感じる。しかし同時に、彼からはなんとなしに畏怖の念を抱いてしまう。なぜか本能が軽音を鳴らしている。
「お前、私の”トモダチ”にならないか?」
「・・・はい?」
突然の申し出に驚きを隠せなかった。確かに、今の時期は学年が改まって一か月も経っていない時期であり新たな友人作りに励む人も多いので、発言自体はなんらおかしくない。しかしこんな突拍子もないアプローチは初めてだ。
「今日見た人間の中で一番お前が気に入った。なんせ魔力はほぼ皆無で育てがいがある上に不思議な魅力がある。だから私の”トモダチ”第一号になるにふさわしいと判断したのだ。」
「は、はぁ…」
この青年の言うことはいまいち理解しがたいが、どうやら友達が一人もいないことは理解できた。あと何気に罵倒されていることも。この人とは関わらない方がよさそうだが、なにせいい笑顔をしているものだから、まあ友達になるくらいはいいかな、と考える。
「か、かまいませんけど、こんな僕なんかでいいんですか?」
かく言うシロウ自身、友達が少ない。理由はこれまたシロウが落ちこぼれだからであり、彼と友人であるだけで底辺だと思い込んでいる人物が多いからだ。彼ももしかしたら自分の正体をしれば遠慮してくるかもしれない。
「ふむ、確かにお前のことは全く知らないな。友人になる身であるし、お互いを知ることは必須だな。」
これから自己紹介でも始めるのかと思いきや、青年はシロウの顔の前に手をかざした。彼の手からは白い光がボゥ、と出てシロウの顔を照らす。
「ふむ、名はシロウ・アマクサというのか。ほほう、これはなかなか残念な人生を送っているな。・・・ふむ、大体わかったぞ。」
「な、なんで僕の名前を・・・」
「わかったのは名前だけではないぞ。学校では落ちこぼれと呼ばれていること、その所以は全く魔法が使えないからであること。それに”彼女”に惚れ込んでいること、お前の”大きな夢”のこと。まぁお前に関する大体のことがわかったぞ。」
いったいどんな魔法を使ったのか、シロウに関しての情報をシロウ自身から読み取ったらしい。そもそもそんな魔法が存在することすら知らない。
「あ、あなたは一体・・・」
「私は”魔王”。少し訳あって人間界に世話になることにした。そしてお前は記念すべき人間の”トモダチ”第一号だ。よろしく頼むぞ。」
そういって彼は手を差し伸べる。シロウは恐る恐る手をとりながら質問する。
「あの、マオウってまさかあの・・・」
「魔族の王と書いて魔王だ。魔王でもまーくんでも好きに呼べ。」
シロウは背中に嫌な汗が流れるのを感じた。魔王といえば人間最大の敵である。そして数千年もの間その王の座に居座り続ける『最強』の異名を持っている。アテーナ学園にも彼を倒す者を育成するという名目があるぐらいだ。もし彼の言うことが本当であれば、自分などいつ消し炭にされてもおかしくはない。
「安心しろ。お前はもちろん人間を血祭りにあげようなどとは考えてはいない。それどころか、私はお前を鍛えてやろうと思っている。」
「僕を鍛える・・・?」
そんなことをして彼になにかメリットがあるのだろうか。いまいち真意がつかめない。
「ああ。お前は鍛えがいがありそうだからな。それにこの話はお前にとってもいい話だと思うんだがな。」
そういうと、彼はもう一度シロウの眼前に手をかざす。再び光が出たと思うと同時に、シロウの頭になにかが流れ込んできた。
それは”情景”であった。その情景にはフレイヤ・アンデルセンが登場していた。さっきまでシロウの隣に歩いていた彼女よりも少し大人びているように見えるが、確かに彼女だ。彼女は大勢の人たちの前で笑顔を見せながら赤い敷物で彩られた街道を歩いている。その隣には若い男。二人の距離からその関係がうかがえる。概ね男は高貴な身分で、彼女と婚姻関係を結んだことによる祝福の儀の一場面かなにかなのだろう。そこまで予想したところで、青年の手から光が消える。
「今見せたものがなんだかわかるか?」
大体の予想はつくが答えたくはなかったのでシロウは無言を貫いた。認めることが怖かった。しかし、そんなシロウを見て、残酷にも青年の口から答えを聞かされる。
「今のはお前が恋する『彼女』、そして―まあ観衆に紛れて気づかなかったかもしれないが―お前自身の未来の姿だ。どうだ、詳細が知りたいか?」
「いえ…大体の予想はつきます。」
青年の・・・魔王の言葉はあまり信じたくはないが、確かに現状ではあの未来が妥当である。彼女には華やかな未来。自分は平凡で大衆に埋まってしまう未来。いや、もしかしたら平凡な生活すら送れていないかもしれない。それは最近、シロウが努力に励む中で必死に目をそらしてきたことだった。
「今見せた未来の姿は一つの可能性にすぎない。まあ、今のままなら九割は実現すると思うがな・・・しかし私はそんな未来を変え、お前の”大きな夢”を叶えさせることを約束しよう。・・・まあ、私の指導を受けるかどうかの答えはまた明日聞くことにしよう。今日はしっかりと自分の考えをまとめておくんだな。私の話を信じるかどうかは明日聞かせてくれ。」
それだけ言うと、魔王はシロウの肩をポン、と軽くたたいてどこかへ歩いて行った。シロウは彼が去りその足音が聞こえなくなってもまだその場から動けずに茫然としていた。シロウの頭の中では様々な思いが渦巻いていた。しかし彼の中ではもう答えなら出ていた。この答えは、あるいは魔王と出会う前から出ていたものなのかもしれない。