2.まおう
人間を対をなす存在、魔族。魔族は人間と同じく魔法を使うが、それ以上に個々のもつ様々な能力が人間をはるかに上回り、生命力も段違いだ。また魔族は大きく二種類に分けられる。見分け方は簡単で、人の形をしていれば『魔人』それ以外は『魔獣』と呼ばれる。魔獣は魔人と比べ数は圧倒的に多いが、知能は劣っているものが多く、また力も魔人を超えるものは極稀である。対して魔人は知能が高くかなりの魔力を秘めているため魔族を統率しえている。
そんな魔族の王が『魔王』である。現代の魔王は魔人で、その座に就いてから数千年が経つが、未だその力は衰えることなく、むしろ最盛期なのではないかと言われている。”強さ”こそが絶対な魔族世界において、数千年王の座を守り続けるのは異常なことだといえる。
そんな魔王は、現在かなりの悩みを抱えていた。それは。
「我が側近ユーリよ。」
「なんでございましょう。魔王様。」
「暇だ。」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・おい我が―」
「魔王様。大変恐縮ですがそのお言葉は此度で丁度五〇を数えます。私としましてもこれ以上は心にかかるものがありますのでどうかお控えいただきたく存じます。」
「頼むユーリよ。ここ数百年…いや、千年ほど何も起こらなくて暇死してしまいそうなのだ。」
「そうですね。最盛期と囁かれている魔王様でもそろそろ後継のことを考えなくてはならないと思います。どうでしょうか、側室でもお取りになられるのは。」
「まだ五〇〇〇年は早いな。それに色事にはあまり興味がわかぬ。もっとこう血が騒ぐようなだな・・・」
「失礼ですが魔王様。つい先日も淫魔の酒場へお出かけになられていたではありませんか。それに自室に最近有名になってきた淫魔をお呼ばれに―」
「わかった。私のプライバシーが全くないことはよくわかった。そして嘘は通用せんこともわかった。いや違うじゃん?そういうことしたくなることもあるけど今したのはそんなことじゃなくて―」
「魔王様、お気を鎮めてください。魔王としての威厳がなくなろうとしています。」
「いや魔王としての威厳ぶっ壊し始めたのそっちだよね。ていうかなんでちょっと怒ってんの?ははぁ、嫉妬だな。」
「その通りでございます。あのようなビッチ共呼ぶのなら私を呼んでください。なんならそのままゴールインも辞さないと考えておりますので。」
「だ、だめだぞ冗談でもそういうこと言うのは。人間の思春期ボーイだったら勘違いするからな。まあ私は魔王だから冗談だってオミトオシだがねハッハッハ。」
「読心が可能な魔王様なら真実がわかっているはずです。」
「・・・・・」
「だめですか…私では…?」
「だめです魔王様はそんな可愛らしい上目遣いには騙されませんよ。」
「可愛らしいだなんて…」(チッ…この程度の魅惑術ではやはり通用しないか。)
「おい心読めてるんだって。」
この溜息をしている暇人は魔族の長・魔王である。ただでさえ寿命の長い魔族であるが、数千年生きているにも関わらずその外見はまるで十代の青年である。その言動は軽い調子で全く威厳を感じさせないのであるが、魔族の長でしか座ることのできない玉座に数千年居座り続けている。
そしてその魔王の隣に立つ女性は魔王の側近・ユーリだ。魔王の側近であるためにはやはり魔王に次ぐ強さが必要だ。若く絶世の美貌からはそうは見えないが、実質的に魔王の次に強い存在なのである。その実力たるや、彼女だけでも人間界を滅ぼすことは可能であるという噂もある。盲信的に魔王を崇拝しているがそれ故に魔王以外をないがしろにする側面もある。
「あーなんかこう最強の敵でも現れぬかなー。」
「魔族が総勢で攻めてきても強敵にはなりえませんね。」
「それはないと思うぞユーリよ。私を買被りすぎだ。」
「そんなことはないと思いますが。」
魔族の王と言っても、なにか王らしいことをするのではない。その座に居座り、その座を守ればいいだけである。実質的な魔族世界の統治を行うのは側近であるユーリなどの仕事である。本来であれば百年に一度くらいの頻度で魔族がその座を奪いに来たり、人間が魔王討伐に出てくる。それを退ける力をつけるため日々鍛錬に励む。それが魔王の本来の生活である。しかし数千年もの間それらを退け、力を顕示していた結果、ここ二千年はそのようなことがなくなってしまったのである。一応鍛錬だけは続けているものの、それを生かすきっかけが全くないということに魔王は頭を抱えている。
「あー人間でも攻めてこないかなーむしろこっちが攻めてやろうか…」
「おそらく十秒もたたずに人間を絶やせますね。」
「さすがにそんな早くは無理だと思うが…まあそんな恐怖の大王みたいなことはしたくない。いや、攻め込む・・・?」
別案を考え出そうとしたその時。どこからともなく一つの妙案が思い浮かぶ。そして一瞬。側近でも見逃すほどの一瞬、魔王はひらめきに満ちた表情をする。
(これの実行にはまずユーリが邪魔だ。こいつの監視を一瞬でも外さなければ。)「なあユーリよ。」
「はい。」
「最近私の下着がよく無くなるのだが何か心当たりはないか?」
「・・・?さあ、私にはさっぱり。」
「そうか。では”これ”はなんだ?お前の部屋から見つけたのだが。」
そう言うと、魔王はユーリに手を差し出す。
「ッッッ!?そ、それは…ッ!!」
「残念ながら、君の部屋にあったものはすべて撤去させてもらうよ。今頃回収に向かっているのではないかな。」
(ま…マズい…あれがなくなれば私は今夜からどうやって魔王様への想ひを発散すれば…!!??)
ユーリはかなり慌てた様子で姿を消す。おそらく自室へ戻ったのだろう。
(駄目もとの案でいったんだがまさか成功するとはなぁ…まあ今がチャンスだな。)
実は魔王が言ったことは全てはったりである(つもりだった)。下着が減っていることなんて気づいてもいなければユーリの部屋に入ってもいない。手を差し出した時に、【幻惑魔法】を使ったのだ。それは”手を見ること”によってかかるものであり、かかったものに”その手にあると連想したもの”を見せるものである。普段のユーリであれば魔王の言葉に惑わされず、しかも警戒して抵抗の魔法なしに手を見ることなどしなかっただろうが、先の魔王の言葉によほど動揺したのか、不用意にも手を見てしまった。
何はともあれユーリの目を逃れることができた魔王は、根城の魔王城から颯爽と抜け出す。そして転移魔法を使用すると同時に、”とある魔法”も一緒に使用する。
一方だまくらかされたユーリのほうはというと、
(あ…ある!?部屋に誰もいないのでてっきり一歩遅かったと思ったのだが…しかもこれは先ほど魔王様が手にもっていたパンツ…ということはまさか!!)
魔王のはったりに気づき急いで玉座に戻るももぬけのから。魔法を使った痕跡もしっかり消されている。
(いや、すべて消されてはいない。城の外に膨大な魔力を感じる。しかしこれは…)
城の外へ出て確認する。魔王の残した魔法。それは超強力な【結界魔法】であった。それはいってい以上の魔力を持った者の通過を封じるものであり、明らかにユーリの追跡を免れるためのものである。ご丁寧に何重にも【防護魔法】がかけられている代物で、いくらユーリといえど破るにはかなり骨のいるものであった。
かくして全世界”最強”の魔王は見事脱走に成功する。彼の向かった先は人間界。具体的にはアテーナ学園。
(敵が存在しないのであれば”作ればいい”。どうせ作るのであればゼロから作りたいというもの。あそこであればその育成元はいくらでも存在するであろう。)
魔王は、初めて魔王らしく笑う。その表情は邪悪なものではなく、クリスマスプレゼントを与えられた少年のようなものであった。
「フハハハハハ!待っていろ人間!!お前らのうち誰かを最強にしてやる!!!」