第5話:精髪姫
私は生れ落ちたその時から奴隷でした。
飼い主は、当たり前に家畜を使役し、当たり前に家畜を潰してその肉を食らいます。それは当然の権利でございます。
奴隷身分とは、それとそれと同じでございます。
旦那様は、当たり前に私を使役し、当たり前に私を潰す権利をお持ちです。旦那様が私に何をなされようと、それは当然の事なのでございます。
家畜の交配を飼い主が決める様、私の交配は旦那様がお決めになられます。
ですので旦那様の御許し無しに御坊ちゃまの種付けを受け入れる事は出来ず、御立腹された御坊ちゃまの手により私はムチ打ちの刑になりました。
御坊ちゃまを受け入れる事が出来ればどれ程楽だったでしょう。
でも『奴属の刻印』の『戒め』に抗うことは出来ませんでした。
トゲのあるムチで、胸を、腹を、背中を打たれました。
皮膚はおろか肉までえぐれ、生き残れたとしてもこの傷は消えないでしょう。
死を覚悟して湖に身を投げ、私の一生はそこで終わるはずでした。
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いつものワラのベッド、麻の掛け布とは異なる、上質で柔らかな肌触りの布に包まれ、私は目を覚ましました。
ここはどこでしょう、月明かりに木々が見えることから森の中なのでしょうか?
体を起こそうとしたら胸と腹と背中の傷が痛み、思わず声が出ました。
気配になんとか顔だけを向けると、私のすぐ隣で膝を抱えた子が私を見ていました。
月の光に輝く、襟首あたりで短くカットされた銀の細髪。
薄紫の光沢のあるベスト。
そして御自分の髪の毛を織って仕立てたような、ドレープも美しい銀のドレス。
御足元には不思議な立体的な編み込みのある薄桃色のブランケット。
森を抜ける風が柔らかく銀の髪と銀のドレスを揺らしています。
お伽話で聞かされた、精霊様に銀の髪を捧げて戦ったと言う伝説の姫君を見ているようです。
彼女の顔に目を凝らしました。
ミルクのような真っ白な肌、紅をさしたような真っ赤な唇、その瞳はルビーの様に紅く、その目からは涙があふれていました。
この御方は、本当に伝説の姫君なのかもしれない・・・
「姫様お願い致します、お助け下さい」
奴隷の身である私ごときには、身分をわきまえぬ行為だったのかもしれません。
でも、お願いせずには居られませんでした。
悲しくて、痛くて、そしてきっと悔しくて私は涙がこぼれました。
「姫様お願い致します、お助け下さい」
もう一度懇願すると、姫様は少し困ったような顔をし、それから私の指先を握ってくださいました。
姫様のお手はひんやりとして、夜の気配が感じられました。
・・ボクのコトバが聞こえますか?・・
突然、握られた指先を通して声が聞こえてきました。
私は思わずびくりと反応し、傷の痛さに苦しみました。
そして握られた指先を見ようと視線を移し、この柔らかな布に包まれているため握られた御手を見ることが出来ないのを確認し、視線を姫様の御顔に移しました。
「あの・・・これって心話なのですか?」
精霊様にシルクより美しい御自分の髪を捧げた精髪姫は、心話などの様々な古代魔宝を使って数々の困難を乗り越えたと語り継がれています。
本物だ。今、目の前に居るこの方は本物の精髪姫なんだ、私はそう思いました。
・・ボクの体は欠陥が多く、上手に体を暖める事ができません・・
再び、指先から声がしました。
・・申し訳ありませんが、あなたと一緒にローブの中で暖まらせていただけませんか?・・
あぁ、この上品な掛け布はローブと言うんだ、等とラチもない事を考えていると
・・そうです。ローブと言います。・・
・・あなたにローブとレギンスをお貸しした為、私の体は冷え切っています。ローブに入れて、暖まらせてはもらえませんか?・・
御自分のローブを使うのに、私ごときに許しを請う必要なんて無いのに、と考えていると、おずおずと彼女はローブの中に入ってきて、私を抱きしめて下さいました。
彼女の体は驚くほど冷えていて、ムチに打たれた傷が火照る私は、それをとても心地良いと感じました。
その晩二人で抱き合って、一つのローブに包まれて寝ました。