第3話:逃亡奴隷少女、出会いました…
魔宝実験失敗による転移魔宝の暴走で、ボク、神音は良くわからない森の中へ飛ばされていた。
実験は夜に行ったのに、森の中には木漏れ日が漏れている。
日本とは、かなり時差のある所まで飛ばされたようだ。
まさか時間を越えて転送された、とかは無いと思いたい。
まずは魔宝で上空に上がり、空からこの場を目視確認し、情報収集しよう。
弟の聖音がココに転送さてて来て居ないか確かめなければならないし。
体力の無いボクにとって、魔宝は本当にありがたい。
精霊様の力をお借りするので、魔宝を使っても体力は減らない。
代わりに減るのは魔宝力と言うか精神力とか言う物なのだけど、これはまぁ休めば体力よりも早く回復するし、虚弱体質のボクの体力なんかより遥かに魔宝量(魔宝力の量)の方が多い。
「風の精霊よ、我に力を貸し与えよ」
呪文を詠唱し、魔宝陣を展開する。展開する。展開・・・あれ??
魔宝陣が展開されない。これでは魔宝が使えない。
風の精霊様は、お昼寝中なのか?!そんな事ってあるの??
おかしいな?
少し冷静になって考えてみる。
よし、これだけ沢山の木があるんだ。生属性の魔宝なら使えるだろう。
「生の精霊よ、我に力を貸し与えよ」
・・・あれれ???
これは、とんでもない事態に陥っているのかもしれない。
他の5属性の魔宝も試したが、一つとして魔宝陣を展開できなかった。
虚弱体質でひ弱な子供が1人で人気の無い森の中に放り出され、魔宝も使えないのだ。
平和な未来が一切予想できない・・・
途方にくれ、森の中に座り込んで放心していた。
ん?、
何か遠くの方から音が近付いてくる。
何だろう?
音のするほうを見ていると、あ!、馬車だ。生きた本物の馬が荷車を引いている。馬の現物なんて、生まれて始めて見たよ。
ボクは馬車のほうに駆け出した。
下生えに足を取られながら森を進むと、何とか道らしき所へ出られた。
舗装もされていないけど、これは道と言っても良いだろう、馬車が通れる位だし。
「おーい」
ボクは馬車に手を振った。これで助かる。
馬車はボクの直ぐそばまで来て止まってくれた。
うわっ、馬ってこんなに大きいんだ、少しビビる。
馬車に乗っていたのは、茶色の髪、茶色の瞳の体の大きい白人男性がどうやら一人。
麦藁帽子をかぶって、生成りの麻のシャツにオーバーオールの茶色のパンツ、靴はあれ木製だろうか?
荷役馬車らしく、荷台には草が堆く積まれている。
思った通りここは日本では無い様だ。日本語通じるかな?英語なら通じるか?
まずは日本語でたずねてみる。
「私はカノンと言います。ここはどこですか?」
男からの返事はない。
ならば英語を試してみる、きちんと英語勉強しておくんだったと後悔しながら。
「マイネーム イズ カノン。ホェアー イズ ヒア?」
それでも男からの返事は無い。
コミニュケーションが取れない。けれど、ココで見捨てられたら本気でヤバイ。
自分を指差して「カノン。マイネームイズ カノン」
馬車を指差して「ピックアップ。プリーズ ピックアップ ミー」
必死のアピールで、馬車に載せてくれるよう懇願するが
「xxxxxxxxxxxxxxxxxxx」
男が何か言った。音の感じから英語でも独語でも仏語でも無さそうだと言う事だけがわかった。
「プリーズ ピックアップ ミー。お願い載せて!!」
「xxxxxxxxxxxxxxxxxxx」
当たり前だけど会話がかみ合わない。
男は最期に一言怒鳴り声をあげ、馬にムチを入れた。馬車は行ってしまった。
いたいけな少年を一人、置き去りにするなよな、と、心の中で愚痴る。
切羽詰ると「ヘルプ」って英単語すら思い浮かばないんだなぁと馬鹿なことを考える。
さぁ、これからどうしよう。
見つけた馬車と言う名の希望の光は、ボクを無視してさっさと行ってしまった。
せっかく見つけたこの道、ここをを進むのは確定事項だ。
ボクの体力では森の中を長時間は歩けないだろうし、獣や毒虫に襲われる可能性も道より高いだろうから。
では、どうする?、緩やかな上りの道と緩やかな下りの道、どちらに行くか少し迷う。
が、馬車の後を追えばきっと人が居るはずだ。そう考えて馬車の行った方向、緩やかな上り道を選んで歩き出す。
舗装のされていない泥道とは言え、馬車が通れる程なのだ、森に比べて格段に歩きやすい。
が反面、森の中より日差しが強い。とんがり帽子とローブを着ていて良かった。
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この先に、絶対に民家があるはずだ。
あの馬車は荷役用だ。それ程長距離を移動することは無いだろう。
あれだけの量の草を積んでいたんだ。牧草地で草を積み、家に帰るところだったはずだ。
宿泊用のテントも煮炊きする鍋釜も積んでいなかった、積んでいたのは草だけだ。
そう信じて歩き続ける。
どれだけ歩いただろう、太陽はずいぶん低い位置まで降りてオレンジ色をしている。
もう夕方か、あぁ、ノドが乾いた・・・
民家はまだ見えない。
ん?あれは何だ?湖だ!
これだけキレイな自然の中の湖なんだ、その水を飲めるかも知れない。
ボクは湖を目指し歩を速めた。
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近付いて道路から見た湖畔は木が少なく、背の低い草が生えていた。
日が落ちる前に湖岸までいけそうだ。
遠くで、大きな角を持ったシカなのかな?動物が湖で水を飲んでいた。
ボクは湖岸に駆け寄ると、両手で水をすくって飲んだ。飲んだ。飲んだ。
ようやく満足できた後で、湖の水が思った以上に冷たかった事に気づき、濡れた手をこすり合わせた。
咽の渇きと言う苦痛から解放されて気がついた。身体がめちゃくちゃ重い。ものすごく体力を失っている。
ローブのスソも少し濡れてしまった、体温が下がるとますます体力を奪われる。でも、ようやく人並みの思考回路が戻ってきたようだ。
この湖で魚でも取れないかな、と湖を見渡した時だった。
湖の中央部、流木が浮いているのに気が付く。
よく見ると、その流木に人がしがみ付いている!この冷たい水の中で!!
「この水温では長時間は持たない!、急いで助けなくちゃ!!」
一縷の望みを掛けて水属性の呪文を詠唱する。
「水の精霊よ、我に力を貸し与えよ」
でも、どうがんばっても魔宝陣は展開しない。
人の命が懸かってるんだ、力を貸してよ、精霊様ぁ!
もう一度!!
「水の精霊よ、我に力を貸し与えよ」
何度やっても、やはり魔宝陣は展開されない。
泣きそうになる。
あ!
流木につかまっていた人の体から力が抜け、ずるずると湖の中に沈んでいった。
倒木を中心に波紋が広がった。
ああぁっ!
目の前で人が亡くなろうとしている!
けれども7属性の精霊は、だれも力を貸してくれない。
ならば!
それならば!!
それならば、もう、覚悟を決めろ!!
あとは、自分の体を削るしかないじゃないかっ!!
自分の命を削り取れば、ボクにもまだ出来る事が有るじゃないか!!
波紋の広がる水面をにらみ付ける。
「クレアボヤンス!!」
突然、水中の様子が鮮明に脳裏に浮かびあがる。
同時に、体力がざっくりと毟り取られた。立っていられなくなり、湖畔に座り込む。
沈んでいく、人を、見つけた!、子供か・・・?、子供だ!
よし!!
「サイコ・キネシス!!」
沈んで行く子を水上に持ち上げる。
完全に空中に浮かべようとしたら、あまりの重さに意識が飛びそうになる。
脳の中の酸素が一気に半分無くなったような感覚だ。いくら呼吸しても酸素が脳に供給されないような息苦しさ・・・苦しい!
引き上げた子供の上半身だけ水上に出して、水面を引きずって湖岸まで運ぶ。
陸に引き上げるの、手で引き上げようか少しだけ迷った。
まだサイコキネシスの方が楽そうだったから、ESPでその子を湖岸に引き上げた。
疲れきっていた体でESPを2重発動させてしまった。
限界を超えてしまったのか、何も見えず、何も聞こえず、立っているのか座っているのかさえ分からなくなった。
脳に必要な色々なものを使い切ってしまっていたみたいだ。
しばらくして、ようやく目や耳の感覚が戻ってきた。
引き上げたその子は、ひどい状態だった。
上半身は獣の爪で引き裂かれたように、服は単なるボロ布に化していて血まみれだ。
控えめに膨らんだ左乳房はむき出しになっていて、その乳房の下側から斜めに大きな傷がわき腹まで走っている。
血の気がなく、唇は紫色だ。
女の子だったのか、身長はボクと同じ位か?
躊躇無く、僕はむき出しの左の胸に手を伸ばす。心拍を確認・・・動いてない!
女の子の小さな口元に耳を寄せる。呼吸は・・・停止!!
やばい、ボクはどれだけの時間意識を失っていた??
無呼吸状態って、1分対応が遅れるごとに救命率が何十%って減っていくはずだ!!
大慌てでローブを脱いで筒状に丸めて、女の子の首の下にあてがう。
少しくカールした長めの赤髪は普段ならチャーミングなのであろうが、今は邪魔だった。
口を手でこじ開け、異物がノドに詰まってないことを確認、ノドを上に押し上げた体勢にする。これで気道確保は出来たはずだ。
左乳房の下、まさに傷跡の上に手を置き、肋骨が折れよとばかりに押し込む。
「1、2、3、4!、1、2、3、4!」
女の子の鼻をつまみ、口から大きく息を吹き込む。
「ふーーーーーっ、ふーーーーーっ」
心臓マッサージのやりかたとか、本当にこれでいいのかな?
普段なら聖属性か生属性の治癒魔宝を使うんで、正しいやり方とか知らないんだよ!
「1、2、3、4!、1、2、3、4!」
「ふーーーーーっ、ふーーーーーっ」
心臓マッサージって、めっちゃ疲れる!苦しい!
「1、2、3、4!、1、2、3、4!」
「ふーーーーーっ、ふーーーーーっ」
あぁ、疲れる、苦しい!苦しい!苦しい!
「1、2、3、4!、1、2、3、4!」
「ふーーーーーっ、ふーーーーーっ」
いったいどれだけ続けただろうか、突然、彼女がゲホッと水を吐き出した。
ノドに詰まらせないよう、あわてて彼女の首を横に向けさせる。
左胸に触れる、よし、心臓は動き出している。
よくわからないのでもう一度、口から大きく息を吹き込む。
彼女はビクビクッと反応し、又むせ返る。
肺に入った水を、反射反応で吐き出しているのだろう。
これでもう大丈夫なのか?
息を吹き返した。心臓も再鼓動した。これでもう終わりにしていいのか??
無理して使ったESPと心臓マッサージという重労働で、ボクは今にも倒れそうだった。