ヒロイン登場?
「ハァ。ハァ。ハァ」
時刻は夜。正確には午後の7時位。僕は今走っていた。 昼の出来事を思い出す。
「クソッ。クソッ。クソッーーーー。」
情けない。惨めだ。羞恥心で一杯だ。
あの後、剣舞の威嚇と所業で事の一件は片付いた。
「怖かったと思うが、泣き止め。これは返さなくていいから。涙を拭きな。」
剣舞はそう言って僕にハンカチを渡した。
僕は素直にハンカチを受け取った。仕方ない。
僕はまだ『モブ』で、あっちは「主人公」なのだから。 僕はあそこでハンカチを受け取らなくてはならない立場に置かれていた。
そんな事も含めて僕の「主人公」への怒りは。憎しみは膨大な物へとなった。
結果、走る。
せめてもの体力作りで少しでも剣舞に追い付く為。僕は走っている。分かってはいる。こんな事をしても「主人公」 の足元にも及ばないってことは。
でも何もしないなんて事は僕には出来なかった。
何かをしなければ。そんな心から僕は今走っていた。
「ハァ。ハァ。ハァ。オェー。」
昼間の出来事を思い出したからだろう。
僕の両目からは涙がまた流れていた。僕は泣きながら走っていたのだ。どれくらい走ったのだろうか?
分からないが平均の人間が走って疲れる距離だろう。
「こんなんじゃ。こんなんじゃ、まだダメだ。」
僕は拳を硬め、自身の膝を叩く。そんな時。
グ〜。
腹の音が大きく鳴った。
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「ありがとうございました〜。」
「フー。」
僕の空気の読めない腹のお陰で頭が冷めた。 あのままでは自分の体と心を自分で壊していた。
「危なかった。僕は『主人公』になるんだ。なら体は大切にしないと。さて、どこか座る場所は?」
僕は先刻コンビニで購入したおにぎりを二個とお茶を頂くためベンチか何か座る場所を探した。
「ん?」
ついていることに公園だ。公園にはベンチは付き物の筈。別にそんなことはないか?
まぁ、そんなことはどうでもいい。僕は公園内に足を運んだ。
公園には誰もいない。
まぁ、当たり前だ。時刻が時刻だ。 公園内を見渡す。少数の遊具の中にそれはあった。ベンチだ。
公園の端の方にちょこんとそれはあった。
早速、どかっ。と座り袋からお茶のペットボトルを取り出す。ゴクゴク。一気に半分程、飲み干す。
「プァー。」
口についた水分を拭う。
「アァー。つっかれたーーー。」
僕はベンチにもたれ掛かった。
それから、おにぎりの袋を破り二個のおにぎりをたいらげる。
「アー。うまかった。」
腹がいい感じにふくれて眠くなってきた。
「そろそろ帰るかな。」
僕はそう言って腰を浮した。
******
トボトボ。
行きに走ってきた道を今度は歩いて帰る。それには訳がある。ちゃんとしただ。
物を食べた後に走ると腹が痛くなるから。小説なのに現実感ぎっしりである。そんなこんなで15分位走ってきた道をトボトボと倍ぐらいの時間をかけて歩かなければならないのだ。しんどいことこの上ない。 半分を位置付けると同時に家の帰路の目印である橋が見えてきた。
「やっと半分か。ん?」
橋の上で人が立っている。それだけなら別に普通だ。しかしその人は明らかに生気を感じさせない目で橋下の流れの速い川を見下ろしていた。
橋の上から落ちたら怪我で済む確率は非常に低い。
「早まるな。そんなことして何の意味がある。」
僕は咄嗟に判断して走り出した。
「えっ!?」
僕の声で振り向いた橋の上の人物。
「えっ?佐藤美麗さん?」
僕は橋の上でクラスメートに出会った。女の子に。
*********
「はい。これ。」
近くの自販機で購入した缶コーヒーを彼女に渡した。このやり取り何とも「主人公」ぽい。
とか僕は心の隅で思っていた。
「ありがとう。」
彼女がお礼を言う。
今僕らは橋から少し行った神社のベンチに腰を下ろしていた。今日はベンチの重要性に改めて気付かされる日だ。
「えーと。ごめんね。勘違いしちゃって。」
「うんうん。いいの。私があんなことしてたのがいけないんだから。」
ここで説明しなくても勘のいい読者様には分かっていると思うが分からない人の為に一応説明しよう。
一言でいうならば僕の勘違い。彼女。佐藤美麗さんはいつも嫌な事があったらあの橋の上から川を眺めるらしい。
嫌な事も良いことも日の終わりに眺める綺麗な川は全てが流されるみたいでいいようだ。
て、いうのは彼女なりの言い訳だと思う。
まぁ、本人が直接言ってきたので真実も混じってるとは思うが。
佐藤さんはただ単に「ボー」としたかったんだと思う。何も考えずに「ボー」と川でも何でもいい。
とにかく広大で人間には計り知れないものを。眺めていたかったんだと思う。
言っとくけどこれは僕の推測で想像だよ。僕ならそう思うなぁ。ってね。
じゃぁ、話を僕達のベンチに戻そう。
僕達のベンチって。自分で言ったのだが何だ?
僕達の。って。別にベンチは僕達のでは無いな。
ベンチは皆の物だ!!
じゃない。じゃない。話を僕達の空間に戻そう。
「あのさっ。鈴木君?」
「ん?なに?」
突然、佐藤さんが僕を呼ぶ。
「今日、水蓮君が婀姫さんと一緒に教室出ていったじゃない?」
「あぁ。うん。そうだね。防君も出ていったよね。」
「そうね。」
佐藤さんは少し微笑んだ。
笑うと可愛いな。僕はそう思わずにはいられなかった。そしたら少し顔が熱くなった気がした。
彼女は決して美人ではない。美人ではないが可愛い。可愛いだけじゃでもヒロインにはなれない。
そう。彼女も僕と同じ『モブ』なのだ。
「私ね。彼等を見て思ったんだ。私の生活ってつまんないな。って。毎日学校行っては帰るだけ。
友達とおしゃべりするしお泊まりだってたまにする。カラオケとかボーリングとか行ったりもする。
楽しい。確かに楽しい。けど。それって私が心の底から満足してない気がするんだ。結局。私達って何なんだろうね?要るのかな?この世界に?」
そう言う佐藤さんの表情は酷く悲しそうで泣きそうだった。
「ごめんね。聞きたくなかったよねこんな話。」
「ん?あれ?どうしたの?鈴木君?」
いた。
僕と同じ考えを持ってる人。何でだろう。凄い嬉しい。涙。今日、何回流すんだ僕。
「さっ、さいとうさん。」
「ごめん。私、佐藤だよ。鈴木君。」
「あぁ。ごめん。」
「佐藤さん。」
「うん。何?鈴木君?」
「僕の事は健生って呼んでください。ですから僕も美麗さんって呼んでいいですか?」
「うん。いいよ。別に。美麗でもいいよ。」
「なら、美麗。」
僕は涙を拭う。
「僕は近々「主人公」に成る。だからその時、君をヒロインにしてもいいか?」
「しゅ、主人公って。」
美麗は一瞬、驚きの声を上げた。が、それは一瞬。
「どうやって?」
僕があまりにも真剣な表情だったのだろう。
美麗は笑ったりはしなかった。
「それは分からない。」
「けど。『主人公』剣舞を負かせば『主人公』に成れる。いや、近づけると思うんだ。『主人公』に。」
美麗はまだ何か言おうとするが僕はそれを遮るように早口に言葉を続けた。
「倒せるかどうかなんか分からない。けど、僕はやる。成りたいんだ。勝算なんか考えちゃ駄目だ。
平穏で平均な生活はもううんざりだ。来ないなら自分で掴めばいい。僕はそう思うけど美麗はどう思う?」
僕の熱弁。読者の皆さん以外に初めて伝えた僕の心情。
美麗は少し考えて結論を出した。
「凄いね。健生君は。そんなこと考えてんだ。いいよ。健生君が『主人公』になったら私も全力で
『ヒロイン』を演じさせてもらう。他力本願みたいになっちゃうけど頑張ってね。健生君。」
「ありがとう。美麗。でも今度は健生って呼んでくれる。『主人公』になってからでいいからさ。」
「うん。喜んで。」
美麗は頷いた。顔に微笑を浮かべて。