勇気と敗北
「ンー。」
確かに僕は言った。
僕は「主人公」になるんだー!と。それは心に誓い決して折れる事はない。
まぁ、僕の心は弱く脆いのだが。まだ、折れてはない。
なら何でこんな話の始まりにこんな「ンー。」等と言ったのか。
目前で「主人公」になるなら好機な場面。
『モブ』にとっては一目散に逃げ出したい場面。
[かつあげ]が行われていたからだ。
それも、僕のクラスメートの眼鏡を掛けたひょろひょろした体の持ち主。いかにも『モブ』と言った少年。磯垣君という男が。今まさに三人のチャラチャラした不良二人と鍛え上げられたいかつい体をもった不良に[かつあげ]されていた。
「ンー。」
また言おう。
早すぎないか?
確かに僕は「主人公」に成りたい。しかし 物事には順序ってものがある。
敢えて言おう。僕はまだ最弱モンスター。スライムなのだ。ただ、スライムが魔王ならず勇者を倒そうと決意しただけなのだ。
キングスライムにさえ成っていない。
強スライムにさえ成っていない。
装備さえ着けてない。
魔法さえ覚えてない。
そんなどこにでもいるスライムがなんの修行も無しにドラキー級のモンスターに立ち向かって意味はあるのか?
否。
そんな事を思っているから僕は何時までも
『モブ』なんだ。意味なんか要らない。
向かっていくことに意味や理があるんだ。
「おいっ!お前ら何やってんだよ!」
思い立ったら直ぐ行動。僕は三人の不良に大声で叫んだ。
「ハァ?」
当然、三人の不良は僕を睨む。
「そいつから、離れろ。金も返してやれ。」
ガクガク。
震える足を必死に抑える。頭に浮かぶ恐怖を懸命に打ち消す。
「何だ?テメェは?正義のヒーローにでもなったつもりか?」
チャラチャラした不良の一人が僕に言う。
「黙れ。いいから早く僕の言うことを聞け。警察呼ぶぞ。」
僕は携帯を取り出し不良共に見せつける。
「テメェ調子こいてんじゃねぇぞ。」
「剛毅さん。殺っちゃいましょうよ。こんな奴。」
「お前らでやれ。」
剛毅と呼ばれるいかつい男は太い声でそう言った。
ヘラヘラ。ヘラヘラ。二人のチャラ男は悪びた笑いを口に刻みながら僕に近付いてくる。
早く。逃げなきゃ。いや、ここは警察に。
違う。僕は磯垣を助けるんだ。
大体。携帯は今気付いた電池切れてるんだー。
「うぉーーーー。」
僕は大きな掛け声と共に不良二人に走り向かっていった。かっこよく。潔く。
*****
数分の時が過ぎた。
「へっ。口ほどにもねぇな。」
僕はボコボコにされ殴られ、蹴られ地面に転げ負けていた。 最近よくあるやつだ。不良に立ち向かうがボコボコにされるというやつ。奴。
「おらっ。立てテメェ。」
「テメェも今日から俺達に金貢ぐんだよ。」
「グッ。」
僕は二人の不良に無理やり強引に立たされる。
僕は 馬鹿か?
結果は分かっていた筈だ。小学生でも分かる。
スライムがドラキー三体にに勝てるはずないってことは。
一瞬の気の迷いがもたらした不幸。
「お前バカだな。まぁいい。テメェの私情なんか知ったこっちゃねぇ。さっさと財布と携帯出せ。」
剛毅の太い声。
「イヤダ。」
僕は小さな声で反論する。
ドッ。
その時、強く重い衝撃が僕の腹に食い込んだ。
「ガッ。」
僕は人間ってこんなにも飛ぶんだて思うほどフッ飛んだ。殴られたことに一瞬分からなかった。
「お前に拒否権はねぇ。さっさと出せ。携帯は人質ならず物質だ。」
僕は剛毅に髪を引っ張られ顔を向けられる。
その顔が恐い。怖い。
僕はみっともなく涙をボロボロと溢した。 その涙に確かに恐怖心もあった。しかし、僕は分かっていた。こんな時。こんな場面に奴が登場しない筈がない。
そう 。僕は悔しくて涙を流した。そんな僕を嘲笑うかのように事は唐突にとでも言っておこうか。起きた。
ガンッ。
鈍い音が聞こえたかと思うと目前のいかつい男。 剛毅が倒れ気を失った。
「剛毅さ・・」
みなまず言えず残りの不良二人は剛毅と同様に気を失った。
「二人共。大丈夫だったか?」
一瞬にして三人もの不良を倒した張本人は清々しくそう言った。
「ホラッ。磯垣お前の財布と携帯だ。」
「あっ、ありがとう。剣舞君。」
そう。急遽登場した人物は誰しもが予想していた主人公だ。
「ンッ・・・。ンー。」
気を失っていた剛毅が起き上がった。そんな剛毅に向かって剣舞は言った。
「これ以上俺の友達に手出すようなことすんならテメェらの命。無いと思え。」
殺気と圧力。そんなものが合わさった剣舞の言葉に剛毅はただただ頷くことしか出来なかった。
そんな主人公の力と人望を目の当たりにして僕はただただ泣くしか出来なかった。
みっともなく『モブ』という存在に生まれた自分の無力差を呪った。