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~昔話~ 再生

この地区に住んでいる者なら殆どが知っているそこそこの大きさの建物。

中には様々な展示物。図書館。小さな子供に人気の小さなアトラクション等がある。


その中でも一に人気なのが朝。昼。夕。とそれぞれ二回放映のプラネタリウムだった。

そんなんだからこの科学館にはどんな時でもそこそこには人がいた。


しかし。科学館にも休館はある。毎週月曜日がこの科学館の休館日になっている。

そして運がいいのか。悪いのか。今日がその休館日であった。


「休みだな。」

俺が呟く。


「行くわよ。」


「オッ、オイ。」


休館と札がぶら下がっている扉には目も当てず赤坂水月はこの科学館の裏へと歩き出した。


「オイ。どこ行くんだよ。」


俺のそんな問いかけは空しくも無視されて彼女はズカズカと歩き出す。だから俺は仕方無くそんな彼女の後に続いた。




彼女が止まった所。そこは生い茂った草木が荒れ狂う場所であった。


「こんな所に来てどうすんだよ。」


俺はもう既に前方を歩いている赤坂水月を追いかけるように声を出す。

すると彼女はそこで足を止めると目前の窓ガラスに手を掛けた。


「行くわよ。」


短く無感情な声を此方に投げると赤坂水月は開け放ったその窓から内部へとその体を消した。


「おっ、おい。」


質問の内容をガン無視なのは置いとくとして。いとも当たり前かのように不法侵入をする彼女を俺は呼び止める。

が、彼女は俺の声が届いていないのか足音だけが開いた窓から足早に響いてきた 。


「アー。タクッ。」


舌打ち混じりの声を吐くと俺も水月と同様、その窓辺に手を掛けて体を浮かした。


「オイ。待てよ。」


足が床に着く。したら俺の足はもう小さく映る彼女の揺れる長髪を追い掛けた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


直径10メートル程のドームスクリーン。そこから今は赤坂水月に付けられた電灯の明かりがボンヤリと注ぐ。

辺りは静まり地に足を着けるとそれがやけに大きく響く静寂。椅子の数は全部と五十といったところか。そんな空間に俺は懐かしの記憶こそは無いが見覚え程度の記憶はあった。


「で、ここに来た理由は?そろそろ話して貰えないか?」


俺はプラネタリウムの中央。

即ちはそこに設けられているプラネタリウム投影機に触れている赤坂水月に声を掛けた。その表情はどこか寂し気な。陰がかかった表情に俺には見えた。


「…そうね。そろそろ気付いてもいいと思うのだけど。」

彼女は触れていたその手をソッと外すと静かな声を反響させた。


「?…何の事だ?」


「そう。何も思い出さないのね。」


彼女は言った。何か感情が籠っていたのか?もしくは何も籠っていなかったのか?

俺には解らなかった。ただ一つ。そんな彼女が発した声を俺はどこかで聞いたような気がした。

そんな声。どこか悲しげな。しかしどうしようも出来ない現実を受け入れようとしていたそんな静かな声を俺はどこかで聞いたような気がした。


「いいわ。少し座りましょう。時間はまだあることだしゆっくり話しましょうか。それこそ星を観て。と言いたいところだけど恐らくは点かないでしょう。ソレ。」


「…あぁ。」


赤坂水月が指差した投影機に一目置くと、俺は混乱する頭のまま足を彼女の横へと動かした。


何かが欠けている。俺の中から大切な何かが…。


しかし思いだせない。否。思い出しちゃ駄目なような気がした。それを思い出してしまったら全てが崩れてしまう。そう思えてならないのだ。


だが、彼女は口を開く。俺のそんな心情を知ってか知らずか彼女は容赦なく俺の封印された記憶の紐をゆっくりと解き解いた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆


俺達は今は二人、隣同士で座っていた。とは言うが俺達が座っているのはプラネタリウムの椅子。俺達は首だけを横に向けて会話を始めようとしていた。


「さて。では始めに自己紹介といきましょうか。」


自己紹介。そんなのは今日、学校の教卓前でなされた筈だ。

赤坂水月と言う名前は知っていたし。別に今から教えて貰う意味も無い。

始めに話し掛けられた時に俺の名前。天野流と言われていたことから俺の名前も知られている筈だし。この今から為される自己紹介というのには何の意味も無い。

それは彼女も分かっている筈だ。


が、話の流れを作るにはそんな雑談も必要。ここは素直に彼女の二度目の自己紹介を聞いておいても損は無い。


と。そんな安易な気持ちで彼女の言葉に耳を傾けていた。


が。彼女はそんな雑談をするつもりは無かったらしい。

彼女。

赤坂水月は俺に直球の豪速球を投げてきた。



「私は赤坂水月。別次元から来た異邦人よ。」



「・・・・・・。えっ、は?はい?」


微妙な間を開けようやく声が出た。


「あー。何も言わなくていいわ。分かってるから。今は黙って私の言葉を聞いてくれる。」


彼女は俺が何かを言う前にそう前置きを置いた。

始めに時間はあると言ったが無駄な時間は掛けたくはないようだ。仕方がない。今は黙って彼女の言うことを聞いとくとしよう。異邦人とか別次元とかは今はどこかにソッと置いて。


「分かった。話してくれ。」


「ありがとう。」


彼女は一言礼を口にすると「では。」と言って話し出した。

全ての真相。隠れた現実を。赤坂水月はいとも簡単にその名を発した。



「下川沙窪。」



と。


「…うっ。」


赤坂水月がその名を口にした瞬間にきた頭痛。開けてはならない幾数もの鎖で縛られたパンドラの箱が開けられようとしている。

無理矢理と。


「下川沙窪と私は親友だった。まぁ、私が一方的にそう思っていただけかもしれないけど。少なくとも私は沙窪の事をそう思っていた。私の唯一無二の存在。私のたった一人の友人。」


頭を押さえる俺を気遣うわけでもなく赤坂水月は話を続けた。


「私は腐っていた。早くに親を亡くした私は親戚からの厄介者でしかなかった。転々と親戚の家に預けられる日々。そんなんだから私の精神はボロボロに傷付いていた。リストカットもやっていたし寝る前には必ず睡眠薬を飲んだ。店の物も平気で盗んでいた。そんな腐っていた私を救ってくれたのが沙窪だった。」


「クッ…」


彼女の声は聞こえる。だが声だけ。内容までは点で頭に入ってこない。あるのは下川沙窪と言う名前だけ。


「あの日。当事小学三年生だった私はお腹が空いていた。私は店の中の物にふらつきながら手を掛けた。その時。その手を掴んだのが沙窪だった。何も言わずにその私が手に取った商品をレジに持っていき代金を払ってくれた。その後、沙窪は笑顔でソレを私にくれた。何を買ってくれたのか。いまではそれは覚えていないけれど沙窪の刻んだあの笑顔。あれは絶対に忘れない。」


水月はその時の情景を思い出し、静かに首を上空に上げた。

しかしそれは数秒。


「だから私は沙窪の為に命を賭けた。」


水月の顔は。声は。これまでにないほどの真剣なものだった。


「い、いのち?」


俺は突如となくきた頭痛に耐えながら頭に入ってきた言葉を復唱した。

すると彼女は頭を下にゆっくりと下げ俺に言ったのだった。


「ええ。私にとって沙窪とはそういう人物なの。沙窪のいない世界に生きている意味なんてない。」


「グッ…」


誰だ。誰だ。誰なんだよ。沙窪って!?


抵抗する力を抜けば俺は即座に暗転の中に落ちるだろう。しかしそれはしたくなかった。俺の何かがそれを拒んでいた。


「だから私はこの世界に来た。全てを失っても私は後悔はしない。下川沙窪という存在を貴方に遺すため私はこの世界に来た。」


「だ…誰なんだ?下川沙窪って奴は?」


それを聞いては確実に俺の中の現実は崩れる。だが俺は知りたかった。下川沙窪という一人の人物の事を。俺は知りたかった。


「沙窪…下川沙窪は私の友人。」


彼女はそこで一旦言葉を切った。そして続ける。




「そして貴方を愛した一人の女。」



ッ!!


彼女の言った言葉は最後の繋がれた記憶の鎖を引きちぎった。全ての思い出が。記憶が頭に流れた。

下らない事で笑った日々。喧嘩した日々。泣いた日々。そして沙窪と最初に唇を交わしたその日。


「そうだ!そうだ!なんで!何で俺は忘れてた。何で俺はこの場所で何も思い出さなかった。何で。何で…」


思い出した。全てを。下川沙窪という一人の少女。俺の生涯で唯一愛した一人の少女のこと。思い出した。


「思い出したのね。」


赤坂水月は呟きにも似た小さな声で言った。


「あぁ。思い出した。思い出したが俺は…おれは…」


沙窪を忘れていた。思い出せなかった。

最低だ。あの時言ったのに。「永遠に忘れない。」そう言ったのに。俺はそれを破った。最低だ。


気付くと俺の頬には涙が溢れていた。それが思い出した事への嬉し泣きか、忘れていた事への悔し泣きかは分からなかったがただただ涙が頬を伝った。


「そう自分を責めない方がいいわよ。貴方は普通だったのだから。むしろ思い出した事の方が異常だわ。」


赤坂水月は立ち上がった。彼女の足が俺の目に映る。俺も立てということなのだろう。

だが、俺は立たなかった。


「そんなことじゃないっ!」


俺は叫んでいた。自分でも分かってはいた。それは逆ギレでしかないこと。俺は分かっていた。それでも俺の口は止まらず動いた。


「俺は約束したんだ。それはどんな理由があっても破っちゃ駄目だった。それなのに俺は…。」


あとは言葉にならなかった。流れる涙と嗚咽によって言葉は遮られる。女の子の前で泣き顔を見られる羞恥心。そんなのはどうでもよかった。今、そんなことを考える余裕的思考はなかった。


俺は泣いた。空に吠えるように。雄叫びを天高く上げた。


☆☆☆☆☆☆☆


「気がすんだかしら?」


時が過ぎた…のだろうか?目の前に人の気配を感じる。目が痛い。涙を流しすぎた。恐らく腫れていることだろう。


「あぁ。」


俺は真っ赤に腫れ上がった目を隠すように擦った。


「では、そろそろ話の終盤に入りたいのだけど?」


「あぁ。悪いな。」


少なくとも十数分は待たせてしまっていた筈。素直に謝罪の言葉が口から出た。


「別にそれはいいわよ。まだね。」


「そうか。ありがとう。」


彼女は最後に意味深な言葉を残したが敢えて聞かないでやった。


「なら話してくれ。まだ話す事があるならな。」


「ええ。」


赤坂水月は頷き口を開く。最後の現実。俺の知らない現実を。


「私は沙窪のコレを届けたくてここに来た。貰って欲しい。それとどうか大切に保存して貰いたい。」


そう言って彼女が差し出したのは一冊のノートだった。


「これは?」


「開けば分かるわ。」


彼女は質問には答えず代わりにノートの開放を指示した。

俺は黙ってその指示に従った。


ペラッ。


四月一日(火)晴れ


今日からこのノートに日記をつけたいと思う。と唐突なのだが今日は記念すべき日になった。まぁ、だからこの日記をつけ始めたのだが…。

今日、私は流に会いに行く。と言っても私の知らない流なんだけど。それでももう逢えないと思っていた流に逢えるのだ。記念すべき日にはかわりない。本当にめでたい日だ。

パチパチ。


…でも、私は知っている。流と私は特別な関係にはなれない。恐らく最後は最低なお別れになるだろう。それは覚悟の上。

だから私は最後に遺そうと思った。遺るかどうかは分からないけれど。この日記に私とソッチの流との思い出を遺す。


てね。日記初回なのにこんな辛気くさくなっちゃった。明日は楽しい日になるといいな。


「・・・・・・。」


ペラッ。


4月2日(水) 快晴


今日ほど緊張した日はない。なんたってこの世界に来た瞬間に流と鉢合わせになったのだから。しかも今まで友達だったかのように気軽に話掛けられたのだ。私は始めは困惑してしまったが考えたら分かった。そうだ。記憶が加算されているのだ。と。


それからは適当に話を合わしたのだけど。

…どうだっただろうか?

明日はちゃんと話せるといいな。


「・・・・・・。」


ペラッ。


4月3日(木)曇り。


ー。


ペラッ。


4月4日(金) 雨


ー。


ペラッ。ペラッ。ペラッ。


「ウッ…ゥ…。」


その幼稚な。偶に知的な文面を捲る度に眼に又も熱い液体が溜まった。

知らなかった沙窪の内情が文面を伝って俺に届く。返ってこないあの日々。そして二度と味わうことの出来ないあの感情。

それがこの一冊のノートによって再度甦る。

いや、甦ったと錯覚させられる。


沙窪が今、隣にいるような。そんな錯覚が。このノートによって産まれる。


「…ウグ…さ、さ…わ。」


手に持たれていたノートが下に落ちる。次いでに涙も。


「…ありがとう。大切にする。これは俺が肌身離さず持っている。」


下に落ちた湿ったノートを抱えるように持ち、震えた声で言った。


「ええ。それを私の親友は望んでいると思うわ。」


彼女は優しく柔らかな笑顔を刻んだ。そんな彼女の顔がボヤけた視界で見えた。


ありがとう。


俺は再度、心の中でそう言った。

これで良かったのだ。始めは忘れてはいたが赤坂によって思い出せれた 。

沙窪はもうどうしても戻ってはこないけれど俺の記憶に生きている。それで良いんだ。


そう。これで終われば。この昔話はハッピーエンドで幕を閉じれた。



「…グスッ。そう言えば赤坂の同行者は誰なんだ?」


涙を拭い発したその声が合図だったのかその時は瞬間に起きた。


ドンッ!


「えっ…?」


「…ガッ…。」


両者が流した小さな呟き。その後。女は口・腹部から血を流し膝を折った。

一方の男は数秒理解が追い付かず目を見開き立ちすくんでいた。


ドタドタ。ドタドタ。


男の意識を呼び起こしたのはそんな無数の靴底が地を蹴る音だった。


「あかざかーーーーーーーーーー。」


俺は叫びその下で脂汗を滲ませている彼女に飛びつく。


「ウッ…おもったより…早かったわね。」


血が流れる腹部を抑えて赤坂は息と同時にそんな声を吐き出した。


「撃たれたのか?誰に?何で?アーいや。もういい。しゃべるな。今、救急車を呼んでやるから。」


完全にテンパっていた。そりゃぁ、そうだ。目の前で人が撃たれたのだ。それでも救急車を呼ぶくらいの対処方法は分かっていた。


「まって。」


携帯電話に耳を当てている俺の腕を掴んで赤坂は言った。弱々しい声だったが。しっかりと。


「あ?待てそんなこと出来るかよ!お前は俺に沙窪…。」


「待ってって言ってんのが聞こえないの!!」


俺の言葉は彼女のそんな怒号にも似た大声によって遮られる。


「それ以上は喋らないで。…お願いだから。」


「…は?なん…!?」


その時。背後に無数の重圧を感じた。俺はゆっくりと振り返る。


「だっ…れだ?アンタ等?」


俺の目の先。そこには黒のスーツに身を包んだ長身な男性が十数と立ち並んでいた。

そしてその一人が代表して前に出て口を開いた。


「安心したまえ。私達は君に危害は加えはしない。用があるのはソコにいる大罪人だけだ。」


「た、大罪人?」


「無論。禁忌を犯した大罪人だ。君は下がっていなさい。」


ここにいるのは俺と突如となく現れた黒男供。それと赤坂だ。

考えなくても分かる。その黒スーツの男が言っている大罪人。


それは赤坂水月だ。


だが。何故?赤坂が何をしたんだ?俺の云わば恩人だ。大切な欠片を呼び戻してくれた恩人だ。そんな優しい人物が禁忌を犯した大罪人?


「…あっ、あの?赤坂が何をしたんです?俺には彼女がそんな大罪人なんて呼ばれるような悪人には見えません。」


俺は必死に赤坂の訴訟を抗議する。


「ん?君はあの罪人の肩を持つのか?と言うことは君にも我々と同行を願う事になるが。」


と。黒スーツの男は俺の腕に手を伸ばした。 その時。


「オイッ!」


これまで聞いた事のない声音が空気を震わせた。


「ソイツは私が脅迫した何も知らない無知な一般人だ。この世界の案内役を無理矢理やらせた。手を出せばアンタ等も罪を被るぞ。」


なん…で?


赤坂は悪質な表情をこの場にいる全員に見せていた。


「黙れ。お前に発言権は無い。黙って歩け。」


「グッ…」


赤坂は頭を一人の男に押さえられて黙って歩いていた。


何かを言いたい。きっと彼女は何も悪くないのだ。何かうまい言い分があれば。

しかし出て来なかった。今の自分の語彙力では決して彼女を守ることはできない。

なら、俺は諦めるのか?


違う。


「あかさかーーーー。お前は悪くないんだろ?なんか言えよ!お前はただ沙窪のため…グッ。」


ドカッ。バキッ。ゴキッ。 ドカッ。


痛みが体に走っていた。殴られているのだ。一体誰に?

その答えはすぐに分かった。


「止めろっ。止めんか。コノ!」


ドンッ。


そして今日二度目の渇いた音が大きく耳に反響した。



久々の投稿です。お気に入り登録してくれている方々には申し訳ない限りです。

どんなに時間が過ぎても頭にはこの作品は完成しているのでそれを最後まで書いていきたいとは思っています。

そんな我儘をどうかお許し下さい(__)

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