昔話~厄日~
「ンッ。ン。ン~。」
バッ!!
「暗っ!!」
目を開けたらそこは漆黒。いや、暗黙に包まれていた。どうやら、あのまま寝てしまっていたらしい。時刻はすっかり深夜。ぐらいか?
とにかく暗いので俺は灯りを点けるべく足を動かした。
パチッ。
明るい光が俺の目の中に一気に入り込み軽い明順応が起きる。
軽くなので直ぐに目が慣れ始め、数秒で俺の自室が映し出された。
俺は開け放たれたカーテンを閉め、クローゼットを開け何着かの服が掛けられている中の一つ。薄手のGジャンを手に取り、身に羽織る。
財布をズボンのポケットに突っ込み、机の上の携帯電話を手に取った。
携帯を開き画面を見る。沙窪からの電話履歴を消して、自室の電気も消した。
階段を降り、リビングへと向かう。 リビングも真っ暗である。
電気を点け、冷蔵庫からお茶の入ったペットボトルを取り、コップに注ぐ。 コップに注いだお茶を飲み終わりそれをシンクの中へ入れる。机の上にラップしてある皿に一瞥し俺は玄関に向かった。
外に出ると深夜なのか物音一つしない静寂が夜の町を支配していた。上空にはポツポツと星等が輝いている。そんな朝・昼とは変わりきった町を俺は何の感情も見せずにトボトボと歩いた。
*******
ガチャッ。
「ただいま。」
手にコンビニのレジ袋をぶら下げて俺は帰宅した。中には天津飯と箸がはいっている。
少し。いや。かなり遅いが夕飯だ。
リビングには本来の夕飯である皿がラップしてあったが正直いま母親の作ったそれを食べたくなかった。別に母親が嫌いとかそんなんではない。
何かそれを食べてしまったら、いつもと同じようで。いつもと同じ平穏を感じてしまうかのようで。嫌だった。
気持ちの問題以外の何物でもないが。
とにかく嫌だったのだ。
だが。捨てるのはさすがに勿体ないので朝にでも食べることにしていた。
自室でコンビニで買った天津飯を食べ、一息ついたところで今日の。間違い。
昨日の出来事が一気に流れ込む。
涙を流した。わんわん。泣く。
そう思った時。家に微かな違和感を感じた。 急いで短い廊下をかける。向かう場所は父・母の寝室。何の前置きもなく俺は無造作に扉を開け放った。
!!!
「何で?何処にいったんだ?」
俺は短く怯えるような声で呟いた。
いつもなら目の前の大きなダブルベットで両親共に安らかな寝息を発てている筈。
しかし。そこに両親の姿は視認出来なかった。
俺が目の前の現実を受け入れられず棒立ちしていると。ポケットに入れっぱなしだった携帯電話がブー。ブー。うるさく振動した。
俺は素早く携帯を取り出し画面を見る。
“母さん。”からの電話だ。
「母さん。今、何処にいるんだよ!」
俺は早口で母さんの声も聞かずに捲し立てた。
しかし。母さんは無言だった。
「母さん?」
数秒が流れ静かな声が返ってきた。
「流。おじいちゃんね。」
そこで嫌な予感が俺の脳裏にちらついた。次の言葉。
「もう永くないって。」
ボトッ。
携帯が床に落ちた。 母さんが尚もまだ電話越しに何かを言っている。そんなのお構いなし。
玄関に走り、愛車のマウンテンバイクに股がり全力でペダルを漕ぐ。 俺の頭には一つの思いしかなかった。
今日は何て日だ。
********
「じいちゃん!!」
スライド式のドアを勢いよく開け放つ。
その場に居合わせた人達が一斉に俺の方に振り向く。
そんなことよりもだ。
俺はじいちゃんが寝ている場所に早足で向かった。
「じいちゃん?」
もう一度小さく呟いた。
じいちゃんは目を閉じていた。
じいちゃんの年にしては太い腕には幾つもの点滴が。その横には心電図を示す機械が弱々しい音を発てている。
周りにいる親族。母さん・父さん・医者もそんなじいちゃんを悲観の目で見ていた。
死ぬの?あんなに元気だったじいちゃんが?死ぬの?
俺の頭内にはそれしか流れない。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
幼い頃、公園で遊んだ。帰りに手を繋いで家に帰った。寿司や鰻やら二人だけで内緒に食べに行った。悪いことしたら全力で叱ってくれた。
沙窪の事もじいちゃんになら相談できたかもしれない。
「流?」
そんな俺を心配した母さんが声を掛ける。
その時。
流。
「じいちゃん?」
俺はじいちゃんが寝ているベットの柵を勢いよく掴んだ。
「あれ?」
「どうしたのよ?」
「どうしたんだ?」
母さんと父さんがそんな俺の行動を見て心配そうに言う。
「今。じいちゃんが流って言ったような気が。」
そんな俺の発言に両親は共に首を傾げ、母さんが口を開いた。
「疲れてるのよ。無理ないわ。少し休みなさい。」
母さんはそう言って小銭入れを渡してくれた。
これでジュースでも買って休みなさい。ってことだろう。
俺は素直にそれを受け取って病室から出ていった。
**********
カパッ。
自販機の扉を開き中のメロンソーダの入った紙コップを取り出す。本来なら面談も許可されない(時間的に)この総合病院。消灯時間はとっくに過ぎており看護センターとトイレぐらいしか灯りが点いていない。
行きはじいちゃんの事で頭一杯で何も感じなかったけども現在は違う。電気は点いているけども、今いるこの休憩所でもかなり怖い。
まぁ。だが。取り敢えずは落ち着く事が優先だ。
俺は一口。ジュースを口に含んだ。
流よ。
ブッ!!
勢いよく先刻口に含んだ液体が口から吹き出る。
「ゲホッ。ゲホッ。」
呼吸を整え、状況確認。
何だ?
じいちゃんの声。何で?
だって、じいちゃんは…。
じゃぁ。幽霊?
コンマ数秒で以上の事が導き出される。
ゾワッ。軽い悪寒が身体に走る。
深夜の病院。
シュチュエーションもバッチリだ。
一先ず。皆がいる病室に向かいたいがさっきから一向に体が動かない。金縛りとかいうやつだ。
“まぁ。そう怯えるな。流。”
間違いない。じいちゃんの声だ。幻聴でも空耳でもない。
じいちゃんの声だ。
「なんで?」
金縛りにかかっているが声は出た。
“時間が無いんじゃ。悪いがワシからは何も説明できん。一方的になるがちとワシの話を聞いてくれ。”
じいちゃん?何を言ってるんだ?
全く理解できていない。
そんな俺にお構いなしにじいちゃんは本当に一方的に語りかけてきた。
“ワシはもう永くない。自分でも分かる。しかし。もうちと生きてなきゃならん。やり残した事があるのでな。”
「や、やり残した事?」
“左様。じゃがやり残した事というのはお前さんに関係がある。昨日。沙窪と仲違いしたそうじゃないか?”
な、何でそれを?
俺の顔の体温が一気に上がる。
“何も言わず行ってくれ。沙窪は学校の中庭に居る。年寄りの最後の頼みじゃ。始めに言った。時間が無い。躊躇している時間は無い。急げ。流。”
「わっ!?」
金縛りが解けた。
ハッ!?訳わかんねぇ。沙窪?
じいちゃん。自分が死にそうなのに俺に学校に行けって?何の冗談だよ。
普通ならそう考えただろう。
だが。この時の俺は違った。
金縛りが解けるや否、一目散に学校へと向かった。
********
「ハァ。ハァ。」
息を上げ、最速で学校に到着。
夜の学校は朝とはうって変わっての雰囲気をかもし出している。
そんな学校を見ても俺には恐怖心よりも焦燥心の方が勝っていた。 何処かにいる筈だ。
「さわーーーーーー!!」
マウンテンバイクを漕ぎながら叫ぶ。
目を凝らし、あらゆる方向へ目を向ける。
クソッ。何処かにいんだよ?大体ホントにいんのかよ?
今更ながらじいちゃんの言葉に疑念を抱く。
そんな思いを裏切るようにこの校内の暗闇に人影がちらついた。
「さわっ!?」
俺は迷いなくその人影に自転車を向かわせた。
「ん?」
人影が振り向く。
「えっ!?りゅっ、流?」
半信半疑な表情と声音で間違いなく沙窪が呟いた。
「いろいろ聞きたい事はあるけどまず始めに何やってんだよ?お前ここで!?」
昼間の出来事は覚えていたが俺はいつも通りの態度で沙窪に怒鳴った。
そんな焦る俺に対して沙窪は自分のいつものリズムを乱さず、静かに告げた。
「そんなことよりも私ね。流に言いたい事があるんだ。」
「そんなことって…。まぁ、いい。なんだよ?」
自転車のスタンドを下ろし、立てながらぶっきらぼうに聞く。
覆い被さっていた雲が動き、丸く綺麗な満月がその姿を露にする。
その月光に照らされ沙窪は瞑っていた瞼を静かに上に上げた。
「私。流とはもう会えないや。」
月光に照らされた沙窪はニッコリと微笑みそう告げた。
しかし。その片目からは一滴の涙が流れていた。




