馬鹿の義母もすさまじく
「結局のところ俺は一体何がしたかったのだろう?」
「それを私に聞かれましても・・・。」
「俺は別にあんなの教える気なんざさらさらなかった。それは間違いない。ただ現実では罠という手段を覚えた妹が近衛兵を二人、医療室送りにしている。これは母親としてどうよ?」
目の前にいる女性、クラナド・セン・マリーに問いかけてみる。
場所は俺の私室。
先程、妹の魔術の餌食になった近衛兵二人を秘密裏に介抱した後自室に何気なく戻ったら彼女がいた。
どうやらこの親子は揃いに揃って俺を驚かすのが得意らしい。
正直こんなサプライズは遠慮しておきたい。
・・・しかしあれだな。
リリーの母親ということもあって想像通り、いや想像以上の美人だ。
リリーの遺伝子の99%は彼女の血で構成されているに違いない。
「よろしいじゃないですか。娘は魔術師として一層磨きがかかり、それを知る兵達もまたさらに修練を積んでいると聞きます。まあ・・・娘はただいたずら感覚で楽しんでるだけでしょうけど。ただ最近は魔王という脅威が去ったことによってこの城内はどこか気が抜けた雰囲気がありましたからね。これはこれでよかったと思います。」
「あれは磨きがかかっているというのか?もしかして魔術師ってのは罠を張ったりするのか?」
「そんな者はごく少数でしょうね。私が言いたいのは娘に戦術を教えてくれたということです。娘は頑なに水系魔術しか覚えようとしませんでしたから。多分私が最も得意としたからですけど・・・・・・。」
「母親冥利に尽きるじゃないか。」
「しかしあの歳でたった一つのことに固執するのはあまり良い事ではありません。・・・なのであなたには感謝しています。娘にあらゆる可能性を与えてくれましたからね。」
「・・・被害を被るのが自分じゃなければ喜ばしことなんだがなあ。」
「あなたはまだ娘の魔術を受けてないと聞きましたが?」
「だからといって狙われているのには変わりないだろ?」
「ふふふ、兄妹仲がよろしいようで母親としてはうれしい限りです。」
そういって慈母の様な笑みを浮かべてみせるマリーさん。
リリーがこんな腹黒い性格にならないよう祈るばかりである。
うん。本当に勘弁してほしい。
魔術の先生がこんな人でも妹は純真なまま育つと兄は信じています。
「・・・・・・そもそも国王に魔術をお見舞いしろと娘をけしかける人だ。どんな人かは想像できたはずなんだ。」
「?どうかしましたか?」
「いえ、なんでもアリマセン。独り言デスヨ?」
やばい。今更ながら妹の将来が不安になってきた。
転生してきた身だけども、義理の妹とだけども、それでも心配してしまうというのが兄の悲しい性です。
「しかし・・・以外ですね。」
「何が?」
あなたから以外という言葉がでてきたのが以外です。
「あなたのことですよ。王子というのに言葉遣いに私に対する態度。どれも予想外のことでした。」
「・・・ああ。では少しばかり言葉を丁寧にした方がよろしいでしょうか?」
「いまさら繕ってもしょうがないでしょう?」
「・・・だよなぁ。」
そもそもこういうのに俺は慣れてない。
実は国王に謁見したときもかなり無理していたりする。
「・・・・・・記憶がなくなったからか随分と人が変わったと城内でも噂になるのもわかります。」
「何?もしかして過去の俺の事知ってたりする?」
「いえ、ただ一、二言喋っただけです。ただそのとき抱いたイメージと今のあなたではまったくの別人とうか、そもそもよくそんなに歪んでいられるなと思います。」
「・・・・・・。」
それはあれか?俺がまだ自己スキル『歪んだ精神』についてコンプレックスを抱いているのを承知で言っているのか?
ならば。
もしもスキルについて知られたのなら。
そうであるならば。
こっちの情報を知られたんじゃ仕方がない、ここらで証拠隠滅としましょうか。
いやいや別に心の傷口を抉られたかとかそんな私怨ではありませんよ?そう、これはこちらのマル秘情報が洩れている可能性を考慮した上での判断だ。
うん、そうだ。そうに違いない。
OK、一撃だ、一撃で終わらせる。
とか思っていたら、そんな俺の怪しげな視線(?)に気づいたのかはたまた気づかれてしまったのか彼女は少し慌てて。
「あなたの性格がとかそんなのではなく、ただ単純に魔力の質がそうであるというだけですよ。」
「え?」
まじで?
俺、性格だけじゃなく、自分の魔力さえ歪んでるの?
「そんなに歪んでる?」
俺の問い掛けがここまでで一番真面目だったからなのかマリーさんはしばしの間考え込む。
「・・・・・・そうですね。はっきり言わしてもらうとかなり歪んでいます。魔力の質というのは本人の精神状態と深く関わっています。本来であるならばあなたのような魔力の質は狂人の域をとうに超えて廃人となるものです。なので私と普通に会話できているのが異常なのです。」
つまり俺は傍から見れば狂人の類に間違えられるということか。
だが、魔力というものが俺の世界にはなかったものだから現にこう面と向かって異常と言われても納得できない。
何より――
「だがそんなこと指摘するのはあんただけだ。この一ヶ月俺にそんなこと言うやつは誰もいなかった。それはどうしてだ?」
それに対して彼女は微笑んだまま何も答えない。
ただ黙ったまま。
まるで、わかっているだろ?と言わんばかりに。
「そうか、スキルか。」
「その通りでございます。研鑚型スキル『魔力鑑定』。これは魔術師の中でも上位のものしか習得ができないといわれる上位スキルです。」
上位スキル。
ある程度の強さを持つことが最低条件というアレか。
他人で見たのはこれが初めてだ。
「さすがはこの国で一、二を争うといわれる魔術師様だ。上位スキルとは恐れ入った。」
「それはそうとして。説明してくれませんか?」
話をすり替え作戦失敗。
「説明っていわれても、俺が答えられることなんざ無い。むしろ今まで普通だったのが他人から異常といわれて困ってる。」
元いた世界でもこういう事は度々あったがそれは置いといて。
「アウラ様の奇跡も万能ではないということじゃないか?俺が記憶を失っているのにしたってそうだろ?」
「確かに、神も時として万能ではないことは神話でも語り継がれていることです。・・・・・・ならばあなたのその魔力は魂の一部が欠損した結果ということでしょうか?それは少しばかり困りますね。」
俺も周りから狂人扱いされるなど御免だ。
「まあ、ここに篭もっている限り安全だろ。その魔王を倒した勇者が帰ってくればどうかはわからんが。勇者は行く先々の街で歓迎されているて少なくとも後半年は帰ってこないと聞いてる。この間に何か対策を用意すればいい話だろ?」
「そうも言ってられません。あなたは二週間後、リンドン王国の女王と祝儀を上げなければならないのですから。」
「え?」
いま、この人、ナニ、イッタ、?
「あなたは三日後クラナド王国を出発し、リンドン王国を統治する女王と祝儀を上げる予定です。」
「聞いてn――」
「王と臣下達が決めたことですから。」
にっこりと笑うその顔からはまったくと言っていいほど邪気を感じさせない。
そうこれは見たことがある。
人の顔面に『ウォーターボール』を当てたときに見せる妹の笑顔。
上手くいったと、いたずらが成功したときの笑み。
「そうそう、知らないだろうから言って置きますけど。実は私、人を驚かすのが大好きなんですよ。」