馬鹿の周りはすさまじく
今回主人公はあまり活躍しません。
この世界にきて一ヶ月がたった。
その間俺こと、ムドウさんは日夜この世界について必死に勉強し、一般常識なぞなんのその王族の振る舞い方から各国の情勢までみっちりと頭に叩き込んだ。
こんなに勉強したのは久しぶりだ。
そんなわけで今は身体を休めるため暖かな日光が降り注ぐ庭園でのんびり散歩していた。
この世界にも時間があり――しかも24時間表記だ――いまは午後二時といったところか。
そんなのんびりとした時間を過ごしていると。
「あにうえ~。」
舌足らずな声とともにととと、と走ってくる少女がいる。
その顔には六歳の子供らしい、純真の塊でできている笑顔がある。
うん、実に平和的な光景である。
が、最近家庭教師に魔術がなんたるかを教わった俺にはその少女の右手にこれでもかといわんばかりの魔力が篭められたのを確認するまでも無く身体で感じ取っている。
そんなわけで。
「ていっ!」
かわいらしい声とともに体感時速60kmはある大人の拳程度の水球が飛んできたとしても俺が驚くこともないわけで。
「ん。」
首を傾けることで正確に俺の顔目掛けて飛んできた水球をかわす。
「む~。まただめだった。」
「あんなの当たるか。修行が足りん。もっと牛乳飲め、牛乳。」
「のんでるもん!」
頬を膨らまして唸っている少女、もとい幼女クラナド・セン・リリーはなにを隠そう俺の妹である。
うん、これがあなたの妹ですって紹介されたときは驚いた。
ふわふわとした金髪に白い肌。容姿はあの国王とは似ても似つかない美少女である。
あの父親の遺伝子はどこにいった?と本気で驚いた。
まあ、初対面のときも魔法をぶっ放されてさらに驚かせてもらったが。
初対面のときはまだ俺も魔術というのがよくわかっていなかったからな。
あのときに比べたら俺も随分と余裕を持ってかわせるようになったものだ。
「でもギュウニュウのんでもマジュツうまくならないもん。」
「それもそうか。なら、母親に教えてもらえればいい。」
妹リリーの母親は俺のこの身体の生みの親とは違う。
そんなわけで俺からすればあったこともない人なんだが噂は耳にしている。
なんでも魔術師の腕は国の中でも一、二を争うとか。
「ははうえにおしえてもらってるよ・・・。」
む。今のはどうやら失言だったらしい。
しかし、そうなるとどうしたもんか。
正直あんなのを顔面に受ける勇気は俺にはない。
あれを食らって無傷にいれる自信などこれっぽっちもない。
初対面のときは反射的によけてしまったが今思えばあの程度で済ましておいたほうがよかったかも知れない。
あの頃のリリーの魔術は水鉄砲に毛が生えた程度だった。
が日が経つにつれ一ヶ月もたった今ではあのような凶悪な魔術へと変化してしまった。
血の繋がりがないとはいえかわいい妹である。天使のような妹である。
さてどうしたものか・・・・・・。
「ちちうえにはうまくいったのに・・・。」
「え?上手くいったの?」
国王に?あの強面な親父に?
「ははうえが『顔は目立つからお腹にしときなさい』っていったからおなかにやったらうまくいったの。」
おい母上とやら。
それは娘の教育としてはどうなんでしょうか?
どこの不良だよ。
「怒られなかったのか?」
「ほめられたよ?『良くぞここまで魔術の腕を上げた』っておかおがあおかったからだいじょうぶ?ってきいても『これしきなんともないとも』ってわらってたよ。」
「甘すぎだろう国王。」
あと、すごい見栄はってんだな。
そこまでするか。
驚き通りこしてむしろかっこいいな。
国王かっけー。
「・・・よしわかった。そんな度胸ある我が妹には兄上秘伝の技を伝授してやろう。」
「ほんと!?」
「おうとも。母上もきっと驚くこと間違いなしだ。」
「あにうえもたおせる?」
「そこは努力しだいだな。」
俺も怪我したくないので。
「すごい!どんなマジュツなの?」
俺はリリーの頭を撫でながら。
「いや、魔術じゃない。」
俺は未だに魔術とやらが使えない。
体感で相手が使用する予兆を感じれるようにまでなったが俺が使えるわけではない。
つまるところ魔術に分類されるスキルを習得していない。
だが、だ。
「魔術だけが全てじゃないんだぜ?」
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「リリー様ー。どこですかー?」
近衛兵のひとりが声を出しながら庭園に向けて歩く。
「ここにいるのか?」
もう一人の近衛兵が肩を並べながら聞いてくる。
どちらも同じ鎧に兜をつけているせいで見分けがつかない。
「確か侍女の話ではムドウ様がここで散歩しているからここらにいるはずなんだが。」
「なぜムドウ様がここで出てくる?」
「知らないのか?姫様はムドウ様を気に入ってらっしゃるのだぞ。」
「部屋から抜け出すほどに?そりゃまたどうして?」
「なんでも姫様の魔術をかわせるお人だとか。」
「あれをか・・・。」
彼の脳裏には初めてあの小さな暴君にあった頃を思い出す。
こんにちは、と舌足らずの声と天使のような笑顔。それらに油断して近づけたら最後、顔に向けて放たれる水魔術『ウォーターボール』。
あれには最初驚かされたものだ。
「国王も必死で耐えてたよな。」
「ああ。最近の姫様はムドウ様にあの水球を当てるべく、魔術を積極的に学んでいるという噂だ。そのおかげでか今の姫様が放つ『ウォーターボール』はそこらの魔術師以上とか。」
「勘弁してくれ。国王はあの日姫様のおかげで昼食を一口も口にしなかったんだぞ。それがさらに強くなるとか・・・・・・。」
二週間も前のことだ。リリーがあの日王の腹に『ウォーターボール』を当てたあの日。リリーが顔が王とは違う意味で真っ青になった侍女たちに半ば強制される形で自室へ連れ戻せれ、リリーが視界から消えた途端、王は崩れ落ち膝が地に着いた。
今となっては政務に追われ身体も少しばかり衰え始めたとはいえ、昔は国同士の戦争で華々しく活躍していた頃の王を知る臣下たちには衝撃的な光景だった。
「「王!!」」
「黙らんか。」
威厳に満ちた声で臣下達を黙らせる。
だがそれでもなお臣下の一人が声をあげる。
「ですが・・・。」
「よいのだ。我が娘とはいえまだ六歳。その若さであのような魔術を放つことを褒めることが正しく、決して叱るものではないのだ。叱るのは我ではなく母であり師匠である妻の役目。ここは父として王として威厳を示すために耐えねばならんのだ。我が誇りをかけて、な。」
誇り。
この国ではそれを人一倍重要視する流れがある。
国風というべきか。
王であるリーゼルはそれを理解したうえで先の発言のようにリリーの魔術をうけても褒めるだけだったのだが、まさか自分の妻が裏で糸を引いていたとは思っていなかったのだろう。
彼の妻もそれを見越して娘をけしかけたというのに。
後、服が濡れているのもあって第三者から見ればどこか滑稽に見えてしまうだろう。
「なんと・・・!」
「ご自身より自らの誇りを優先なさるとは・・・!」
がこの一連を見ていた臣下たちから、王はより尊敬されるようになったのは別の話である。
時を戻して。
二人が庭園の中に入って五分が立っただろうか。
「・・・ん?」
二人のうち前を進んでいた近衛兵が庭園の隅に生えている一本の木に目が止まる。
「おい、あそこ。」
「ん、なんだ?」
その木の陰から頭を半分出したリリーがこちらを覗いていた。
「あんな所になぜ?」
「大方俺たちから隠れようとしてたんだろ。」
そんな光景に微笑ましく思ってしまう。
が、そんな自分の心に活を入れる。
つい先日、部屋から逃げ出したリリーを連れ戻そうとした侍女が返り討ちに合ってしまい、全身ずぶ濡れになった話は城内では有名な話である。
そのため今回は城内の警備に勤めている近衛兵である二人がリリー姫捜索の役目を負わされたのだ。
「・・・気をつけろ。」
「わかっている。」
二人は注意を払いながら歩を進ませる。
「姫様、自室にお戻りください。」
「そうです。侍女たちも待っておいでです。・・・っつ!」
突然前を進んでいた相方の身体が傾いたのと同時にリリーからすさまじい魔力を感じた近衛兵は一瞬硬直する。
見れば相方の右足が足首まで地面に埋もれている。
「ぐぱっっ!」
前を進んでいた近衛兵の顔面に水球が直撃する。
「なっ!?」
それを見たもう一人の近衛兵は驚愕する。
これがムドウの授けたもの。
落とし穴という罠である。
といっても先程のように穴とはいえ随分と浅い。
だがリリーとっては十分。
一瞬でも動きが止まれば相手の顔面に『ウォーターボール』をヒットさせることができる。
「くっ!」
近衛兵は瞬時にこのままでは自分も『あのよう』になると判断し横に飛ぶ。
が、
「なにっ!?」
地面につくはずだった手が、膝が、そのまま地面に埋まる。
横に飛ぶことを予測したように張られた浅い落とし穴。
そして次の瞬間。
「ごぼっ!」
リリーの手から放たれた第二射が彼の顔面に直撃。
彼が意識を手放す直前。
満面の笑みを浮かべるリリーの顔がやけに印象的だった。