馬鹿は王子になりました
目が覚めたときのあまりのあっけなさに自分でも驚いた。
転生というからにはどんなものか少しばかり興味があったのだがこれでは拍子抜けだ。
なんのことはない。いつものように睡眠から目が覚める。
日常的に行っていた行為となんの違いも無い。
とりあえず今となっては自分の身体である『もの』がベッドから起き上がって見てみる。
「・・・・・・・・・。」
はっきり言う。
貧 弱 す ぎ る 。
え、ナニこれ?もやし?必要最低限としかいえない程度の筋肉でどうしろと?
幸いこの部屋――部調度品などが一切無い小部屋――に鏡はなかったが手や腕の肌の張りから見て自分の身体が十代後半~二十代前半ぐらい?と予想される。
若返った気がして得した気分である。
『やっほー。この声がきこえてますかー?』
頭の中でバカの声が響く。
『バカとはひどい。こんなにたった一人の人間にかまってあげる暇を持て余した神様にその言葉はないよ。ムドウよ、私は謝罪を要求する。』
あ、やばい。この声に殺意が沸々と沸いてくるのがわかる。
というか、思考を読むな。逆にこちらが謝罪を要求する。
・・・えっと、名前なんだっけ?
『ん?名前教えてなかったかい?ああ、確かにいってないね。あの悪神の名は紹介したのに。ごめん、ごめん。私もこれから長いお付き合いする予定の人にこれ以上殺意を向けられたくないからね。では、改めて自己紹介。私の名はカオス。混沌を司っている神様だ、よろしく。」
どうもこちらこそ。
でさっそくなんだが相談だ。
『いいよー。何でも聞いて頂戴な。』
これからどうするよ?
『ん?んー。どうしよ?』
え?
『この会話だって一種のテレパシーみたいなものだから君が今どこにいるのか私はわからないし、直接手を貸すなんてこともできないからね。』
薄々感づいてたがお前使えねーな。
『うわー。ソレいっちゃうかー、そんなこというんだー、私はこれでも努力してるのに。じゃあ私はもうこの相談コーナーやめていいよね?何の役にも立たない神様なんていらないよね?いや、別にいいよ?昔から私はどこでもやっかいもの扱いだったし?邪神呼ばわりされてきたし?いまさらそんなこという人が一人増えても――』
わかったから。
相談コーナーは必要だから。
頼むからいじけるな落ち込むな拗ねるな。
ここの神様が全知全能でないってことはわかっていたから。変にあんたを当てにしすぎた俺が悪かった。
俺にまかせろ。いくつか策があることもない。
『ふーん。じゃあどうすの?』
そうだな、取り敢えずあんたにいくつか質問する必要がある。
カオスさん。あんたにしかわからないことだ。
『へー。・・・うん。いいんじゃないかな?私だけね。うん、いい響きだ。でなになに?いまのカオスさんはなでも答えちゃうよ?』
・・・乗せられやすいその性格でよく神様になれたな。
まあいいや。じゃあまずこの身体なんだが――――
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クラナド王国。
この国から勇者が召喚されてから3年経つ現在。魔王討伐という人々が歓喜の声をもってして伝えられた話によって国民が昼夜関係なくお祭り騒ぎにあけくれている。
そんな中この国の象徴でもあるクラナド城では王とその臣下たちといった国のトップたる人物が厳しい表情をして集まっていた。
全員の視線の先にはくすんだ灰のような色の髪の若者に向けられていた。
「・・・ではお主は光を司る神アウラ様の慈悲によってこうして深き眠りから目覚めた、ということじゃな?」
王、リーゲルは確認するかのように告げる。
40歳とはおもえぬその瞳からは絶対強者ともいえる鋭い視線が彼に突き刺さる。
だがそんな家臣でさえも怯むであろう視線に飄々と、まるでなんの重圧も感じないといわんばかりに彼は淡々と語る。
「その通りです。わが身を犠牲にすることによって得た人間の栄光は素晴らしいものであり、そのきっかけを作り出した私に対しアウラ様は褒美としてこのような奇跡を授けられたのです。」
「うむ。お主がかの部屋から出てきたと聞いたときは何事かと思ったのだがそうか。アウラ様がか・・・・・・。」
「はい。ただ私の魂は長く身体を抜けていたせいでこれまでの記憶がほとんど・・・いえ、まったくありません。そう自分の名前すらわからないのです。」
その発言にいままで黙っていた家臣たちが声をあげ、リーゲルは目を見開いた。
「なんと!王子は記憶がないとおっしゃられるか!」
「それではご兄弟のことも・・・。」
「なんと不憫な・・・。」
そんな家臣たちの同情の声に彼はゆっくりと首を振る。
「いえ、それはご心配には及びません。私には最低限の知識や言語が残っています。そして私が着ているもの、眠っていた部屋が城の中の一室だったことから私が何者であったのかは想像がつきます。」
おお、と感嘆の声があたりに響くが、リーゲルが睨むことによって静寂が生まれる。
「では問う。お主はこれからどうするつもりだ?」
「ひとまず・・・学ぼうかと。」
「何?」
「最低限の知識があるといってもそれだけでは人の上に立つものとしては者としては失格です。この身はアウラ様から奇跡によって授けられた身。ならばこのまま何もせずに生きていいはずがありません。」
その言葉にリーゲルは黙りこくる。
いっていることは正しい。
ただ以前の彼、わが息子はこのようなこというような性格ではなかった。
内気でこのような場では緊張で何もいえなくなるはずだ。
これも記憶が失われたことが原因か?
ならば記憶がないというのも本当だろうではないのか。
「うむ、よかろう。」
とりあえず、今はこれでよい。
これからこの国は騒ぎの中心となるだろう。
なにせ勇者誕生の地だ。
ならば息子も『命を賭けて国を救おうとした奇跡の人物』としてよい宣伝ができる。
そのためにもある程度の礼儀作法など覚えてもらわねば。
「・・・・・・して、お主の名前なのだが――」
「それにはご心配及びません。」
王の発言を遮る。
それはこの場で彼以外誰も予想されなかった事態。
あってはならないこと。
「な・・・!いくら王子とて――」
「よい。」
声を荒げる家臣に対してリーゲルは静かに問う。
「名を覚えておらぬのではないのか?」
「はい。覚えておりませんが私にはあるのです。」
「・・・ほう。」
「それはおそらく神が与えてくださったものだと思います。いえ、そういうものなのです。」
有無を言わさぬ声。
それが絶対でもあるかのように。
何の根拠も無く。
ただそうであると。
それが当たり前だと。
知らしめるかのような声。
だからだろう。王であり、父でもあるリーゼルが何も反論せず先を促してしまったのも。
事実、彼は目の前のナニカに自覚無いまま気圧されてしまっていた。
「よい。申してみよ。」
誰が気づいただろう。
このとき彼は
微かに
笑みをこぼしていた。
「私の名はムドウ。ムドウと申します。」
(ハッタリに定評のあるムドウさんである。)
心の中で小さく呟く。
それに呼応するかのように。
彼の頭の中では別の誰かの哄笑が響いていた。
一応主人公は王子という立場に
まあ後からどうなるかわかりませんが