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森喰いの核木(もりぐいのさねき)  作者: 都桜ゆう


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第五章 森返しの救出と“返す儀式”(前半)

「……下がっておれ。これより先は、人の踏み込む領域ではない」


 篝は、泥にまみれて縋り付く新藤を無造作に足蹴にして突き放した。その視線は、もはや目の前の矮小な人間にはなく、怒り狂う森の化身――森喰いの深淵へと向けられていた。

 獲物を奪われた森喰いは、全身を構成する無数の根を逆立たせ、凄まじい振動を放っていた。その振動は空気を震わせるだけでなく、周囲の杉林全体に伝播し、まるで山全体が巨大な歯軋りをしているかのような不快な音が夜を支配する。


 森喰いが動いた。今度は細い根などではない。大人三人が抱えるほどの太さがある、うねるような巨大な主根の束が、二本の巨大な腕のように篝の左右から迫る。

 それは物理的な質量を持って、篝をその場の空気ごと圧殺せんとする一撃だった。

 だが、篝は動かない。彼は懐から、これまでの赤い砂とは異なる、煤けた漆黒の袋を取り出した。中にあるのは、百年前に焼失した古寺の灰と、ある種の霊木を混ぜ合わせた鎮め灰だ。


「……返さねばならぬ。土に、根に、そして還るべき深淵へ」


 篝が短く唱えながら、その灰を頭上へと放り投げた。灰は重力を無視して宙に留まり、青白い燐光を放ちながら一瞬にして巨大な網のような結界を形成した。左右から迫った森喰いの巨根がその光に触れた瞬間――。

 ジュウ、と肉を焼くような異臭とともに、黒い樹液が沸騰し、根の先端が瞬時に炭化して崩れ落ちた。


「ギ、ギギィィィィィッ!!」


 森喰いが、これまでのような擬音ではなく、明確な苦悶の咆哮を上げた。それは、この異形に宿る無数の死者たちの魂が、一度に絶叫したかのようなおぞましい響きだった。


 篝はその隙を逃さず、地を蹴った。彼の動きは、老人のそれではない。重力の影響を感じさせない、まるで風に流れる木の葉のような鋭い踏み込み。彼は森喰いの足元から這い上がる無数の吸血根を最小限の動きで回避し、異形の懐、あの山羊の頭蓋が密集する、不気味な心臓部へと肉薄する。


「……見えたぞ。お主の『帳尻』の合わぬ場所が」


 篝の瞳が、異形の胸部にある裂け目を捉えた。そこには、周囲の黒い根とは明らかに異なる、白く冷たく発光する何かが、拍動するように埋まっていた。

 それが、核木(さねき)だ。森喰いというシステムの核であり、この怪異に意志と飢えを与えている異常増殖した細胞の塊。


 森喰いは、核木を護るように全身の根を硬化させ、篝の周囲をドーム状に包囲し始めた。外部からの光は遮断され、新藤たちのライトも届かない、完全な密室の闇が形成される。

 その闇の中で、篝の持つ「返し刃」だけが、死者の燐光を反射して青白く揺らめいていた。


「……お主は食いすぎた。森の利息を私物化し、循環を止めた。その罪、わしが清算してやる」


 篝は目を閉じた。視覚に頼れば、森喰いが見せる「かつての犠牲者の幻影」に惑わされる。彼は、音を聴き、匂いを感じ、そして「命の重み」がどこに偏っているかを探り当てた。

 闇の中で、一瞬の静寂。次の瞬間、篝は自らの指先を「返し刃」で薄く切り、その血を刃に塗りつけた。


「……返せ」


 篝が短刀を正眼に構え、渾身の力で核木へと突き出した。生きた木を割る音とは違う、何かが精神そのものを引き裂くような、高周波の破砕音が、密室となった闇の中に響き渡った。


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