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森喰いの核木(もりぐいのさねき)  作者: 都桜ゆう


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第四章 保護派の“理想論の崩壊”(後半)

「……熱い! あ、熱いんだ! やめてくれ、離せえええええ!」


 新藤の口から漏れたのは、平和の対話でも、神への祈りでもなかった。ただ、生に執着するだけの醜い叫びだった。


 全身を縛り上げた根から、粘り気のある溶解液がドロリと染み出す。それが高級なアウトドアウェアの繊維を焼き溶かし、剥き出しになった新藤の皮膚をドロドロにふやけさせていく。その無防備になった肉へ、無数の根の先端が、まるで飢えた牙のように一斉に食い込んだ。


 それはもはや縛るという生温い段階ではない。森の器官が新藤の体内に直接根を下ろし、生きたまま接ぎ木されるように、彼の血管や神経へと強引に癒着していく。


 森喰いの巨躯が、新藤の悲鳴に応えるように大きく揺れた。中心部の裂け目が、赤黒い樹液を滴らせながら広がる。その奥には、これまで森喰いが取り込んできたパーツが、幾重にも重なって詰まっていた。

 新藤の視線が、その裂け目の奥とぶつかった。そこには、三年前に行方不明になったはずの村の少年の、ひび割れた頭蓋骨があった。骨の隙間からは細い根が神経のように伸び、少年の遺した顎の骨を、不自然にガクガクと震わせている。


(……次は、僕が、これになるのか……?)


 圧倒的な死の予感に、新藤の股間から温かい液体が漏れ出した。彼は震える手で、まだ握っていたカメラを必死に自分へ向けた。


「ミ、ミキ……助けて……! 撮影してないで、車から何か投げて……! 死ぬ、本当に死ぬんだ……!」


 しかし、新藤の悲痛な叫びに、応える者は誰もいなかった。

 皮肉にも、新藤が自尊心を満たすために解いたドアロックは、ミキに「生還のチャンス」を与える結果となった。彼が陶酔しながら外へ踏み出した一瞬の隙を突き、ミキは入れ替わるようにして車内へ滑り込んでいたのだ。


 ガチャン、という非情な金属音とともに、内側から再びロックがかけられる。

 今や安全な車内を手に入れたミキは、二度とドアを開けようとはしなかった。それどころか、新藤が自身のカメラで確認しているライブ配信のモニターには、正気を疑うような光景が映し出されていた。

 ミキもまた、自分のスマートフォンで配信を続けていたのだ。


『リーダー、衝撃の最期か!?』という煽り文句とともに、彼女のカメラは、強化ガラスの向こう側から、根に吊るし上げられ、失禁してのたうち回る新藤の姿を、最も映える角度で、冷酷なまでに鮮明に捉えていた。


『やべぇ、新藤の顔マジで絶望してるwww』


『ミキちゃん、入れ替わりで逃げ切ったの有能すぎ』


『共生とか言っってたのに一番に食われてて草』


 コメント欄の熱狂は、新藤の苦しみと比例して加速していく。新藤が命をかけて守ろうとしたフォロワーも、信頼していた仲間も、彼を助けようとはしなかった。彼らにとって新藤は、共生を謳う同志ではなく、単なる「最高級の生贄」に過ぎなかった。


「……あ、あ、ああああああっ!!」


 森喰いの口から伸びた、濡れた黒い根が、新藤の顔面を覆おうとしたその瞬間、新藤の鼓膜に破れんばかりの轟音が響いた。

 篝が撒いた赤い砂の円が爆ぜるように輝き、篝自身が弾丸のような速さで新藤と森喰いの間に割って入ったのだ。


「……自分の欲を『愛』と呼び変える、その不潔な魂。森はそれすらも、等しく肥料にしようとしておるぞ」


 篝の低い声が、新藤の耳元で響いた。篝の手にある「返し刃」が、月光を反射して青白く光る。彼は新藤を縛り上げる無数の根を、まるで豆腐を切るかのような滑らかさで断ち切っていった。

 切り離された新藤の体は、泥の中に無様に叩きつけられた。だが、彼の足首には、まだ数本の細い繊維が食い込んだまま、皮膚の下をミミズのように這い回っている。


「篝……さん、……たすけ……」


「黙っておれ。……森がこれほどまでに怒り狂うのは、お前さんたちが『持ち込んだ』ものが、あまりに歪んでいるからだ」


 篝の視線は、新藤が握りしめていたスマートフォンの、狂ったように流れ続けるコメント欄を射抜いた。


「敬意も覚悟もなく、ただ欲を満たすためだけに他者の死を覗き込む――その醜い『餓え』が、この森の穢れを呼び寄せ、そいつをここまで醜悪に肥大化させたのだ」


 篝は、切り離した根が再び蠢くのを赤い砂を巻きその動きを封じると森喰いの巨大な山羊の頭蓋骨を正面から見据えた。


「……清算の時間だ。借りすぎた分を、今すぐ返してもらうぞ」


 新藤は泥を啜りながら、篝の足元で嗚咽した。彼がこれまで築き上げてきた嘘の帝国は、森の闇に飲み込まれ、今や見る影もなかった。


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